鶴園哲夫

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鶴園 哲夫(つるぞの てつお、1915年5月28日 - 2006年4月11日)は、昭和中期から後期(1950年代後半~1970年代後半)の政治家日本社会党参議院議員

来歴[編集]

鹿児島県知覧町(現南九州市)出身。鹿児島県立第一鹿児島中学校 (旧制)第七高等学校造士館 (旧制)東京帝国大学農学部農業経済学科を卒業[1]1940年農林省(現農水省)入省。全農林委員長を経て1959年、参院全国区に出馬し初当選。1971年に鹿児島地方区に回り、当選3回。この間、決算委員長や公害対策環境保全特別委員長などを歴任した。

2006年4月11日、呼吸不全のため東京都内の病院で死去。90歳没。

人物[編集]

新東京国際空港(現・成田国際空港)の一坪共有地の名義人の1人であった[2]

脚注[編集]

  1. ^ 南日本新聞社『郷土人系 上』(春苑堂書店、1969年)p217
  2. ^ 第065回国会 予算委員会 第7号”. 国会会議録検索システム. 国立国会図書館. 2019年2月4日閲覧。