ken
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| ken | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1968年11月28日(41歳) |
| 血液型 | AB型 |
| 学歴 | 名古屋工業大学工学部建築学科卒業 |
| ジャンル | ロック |
| 職業 | ギタリスト ヴォーカリスト 作詞家 作曲家 |
| 担当楽器 | ギター ヴォーカル |
| 活動期間 | 2006年(ソロ) |
| レーベル | DANGER CRUE RECORDS |
| 事務所 | マーヴェリック |
| 共同作業者 | L'Arc〜en〜Ciel SONS OF ALL PUSSYS |
| 公式サイト | www.ken-curlyhair.com/ |
ken(ケン、1968年11月28日 - )は日本のギタリスト、シンガーソングライター。
L'Arc〜en〜Cielのギタリスト、SONS OF ALL PUSSYSのヴォーカリスト・ギタリストとして活動している。
また、P'UNK〜EN〜CIELではKEN P'UNKとしてドラムを担当。
なお、SONS OF ALL PUSSYS・ソロではKen名義を用いて活動している。
滋賀県立彦根東高等学校、名古屋工業大学工学部建築学科卒業。
血液型AB型。身長178cm体重60kg。
愛称は「kenちゃん」。
目次 |
[編集] 来歴
kenがギターを手にしたのは中学生の頃で、本人は「姉のフォークギターが落ちていたので弾いてみたら音色に惹かれた」と語っている。その後エレキギターに持ち替え幼なじみのtetsuyaらと共に楽器を手に遊ぶようになる。初めてのステージは中学校の文化祭でオジー・オズボーンのコピーバンドだったという。kenはこのときヴォーカルとして所属していた。
高校に入学してもギターは弾いていたものの特定のバンドに所属することはなかった。しかし高校3年の時にtetsuyaに誘われギタリストの脱退したByston-Wellに参加する。
大学受験のため、Byston-Wellには僅かな期間しか在籍しなかった。tetsuya曰く「kenちゃんは当時からいい曲を書いていた」という。その後、大学へ進学。 1992年、大学4年次の時にtetsuyaからL'Arc〜en〜Cielに加入するよう依頼を受ける。就職先が決まりかけていたkenはどちらを選ぶか1週間考えた後、L'Arc〜en〜Cielが当時活動場所としていた大阪行きを決定する。この時、大学は退学せず休学としていて、大学はその後、1997年に卒業している。(これは、元ドラマーのsakuraの逮捕で活動休止になってしまったため、この合間に休学していた大学に通っていた。)
sakuraが脱退した頃から喫煙を始める。ラルク活動開始当初はtetsuyaと共にタバコを吸わないメンバーであったが、大ブレイクのタイミングで喫煙を始めたために、「ken=タバコ」というイメージが出来上がっている。ギター、ドラムを問わず喫煙しながら演奏するほどのヘビースモーカーで、『Pieces』や『READY STEADY GO』などのプロモーションビデオ内では喫煙を、『自由への招待』でのジャケットのP'UNK〜EN〜CIELメンバー紹介ではタバコをくわえている姿が見て取れる。また、東京ドームでは場内禁煙・火気禁止になっているものの、彼の場合は演出として許可されているとテレビ番組で語っていた(煙草状の小道具をくわえているという説もある)。ただし、NHK紅白歌合戦出場の際には喫煙演奏を自粛している。タバコの銘柄はマールボロ・ライト(金マル)。ヘビースモーカーであるが酒は苦手としている。しかし最近では、ライブDVD『TOUR 2007-2008 THEATER OF KISS』内で確認できるように、タバコにフィルターを装着して喫煙したり、雑誌等で禁煙したい旨の発言を行ったりしている。
2003年からはL'Arc〜en〜Cielの元ドラマーsakuraなどとSONS OF ALL PUSSYSを結成。ライヴハウスでのライヴなどで活動している。また、2006年8月にソロアーティストとしてもデビューした。
影響を受けたギタリストとして、ゲイリー・ムーア、マイケル・シェンカー、イングヴェイ・マルムスティーンなどのハードロックギタリストをよく挙げている。
L'Arc〜en〜Ciel内ではギター以外にコーラスも担当している。tetsuyaはヴォーカルのhydeと共に歌ってコーラスをする合唱タイプなのに対し、彼のコーラスはヴォーカルラインから独立し、自分のコーラスパートを1人で、特に英語の歌詞を歌うことが多い。『花葬』では、英語の部分の作詞を行い、そのパートを朗読している。(CD音源ではhydeが朗読をしている。)
[編集] エピソード
- 初めて買ったレコードは、アントニオ猪木のテーマ(『炎のファイター』)。
- 名古屋工業大学建築学科卒業という経歴から、建築物に関して深い造詣を持ち、特にダムに関しては「ダムマニア」を自称するほど詳しい。オフの日は、よくダム観光の旅に出掛けるほどである。『タモリ倶楽部』で、ダムが特集された際にゲスト出演した際には、ダムの良さについて切々と語るなど、ステージでは全く見せる事の無い興奮振りを見せていた。
- 中学時代は、生徒会長を務めていた。
- 大学時代は、頻繁に教授に質問をすることで有名で、そこからも彼の勉学への熱意が感じられる。1995年に、テレビ番組の企画で、kenが母校の大学を訪れ教授と再会した際、教授はkenに大学院へ入るよう何度も勧めたことをしみじみと語っている。
- 1995年頃に「エリザベス」という名前の猫を飼っていた。その猫は、ライブビデオ『heavenly 〜films〜』のオープニングに出演している。kenモデルのギターの12フレット目には、その猫のインレイがある。猫が描かれたインレイが入ったギターは、多くのPVやライブDVDでも確認できる。トカゲやL'Arc〜en〜Cielのロゴのインレイが入ったギターも存在する。そして現在は、“Ken”と筆記体で記されたインレイのギターを、ライブで使用中。
- 飽きっぽい性格であると、音楽番組でhydeに言われた事がある。BMXを買ったが、ギア変速がついていない為に一度しか使用しなかったり、一時期写真を趣味としていたが、「現像に行った時に名前等を書くのが恥ずかしい」という理由で撮らなくなったり、など。
- 自身が作曲した作品では、『花葬』『NEO UNIVERSE』がミリオンを突破。また、初期のシングルは、kenが作曲したものが多い。
[編集] バンド遍歴
- DOBERMAN
- Byston-Well
- THE CLARE
- L'Arc〜en〜Ciel
- SONS OF ALL PUSSYS
[編集] 使用機材
- 主にライヴでは、フェルナンデスが製造している自身のシグネイチャーモデルを使用している。
- 2007年現在では、自身のモデルからLD(LOVE DRIVER)シリーズ(ストラトタイプ・21フレット)をメインギターとして使用しており、その他に、LAシリーズ(24フレット)・LVシリーズ(フライングVタイプ)などが存在、現在までにカラーやスペックの異なる様々なバリエーションの物が製作されている。
- 近年、ライブでは多くの楽曲が上記のストラトタイプのモデルで演奏されるようになり、ギター交換時の感覚的な違和感を回避する為、本来24フレット仕様のLAシリーズから、新たに21フレット仕様のモデルが開発された。
- レコーディングではFenderのストラトを使用しているが、最近ではライブでも使用している。
- フェルナンデスのミュージシャン・モデルシリーズから、自身のモデルギターが各種発売されている。
- 2007年現在、アンプは、主にロッカフォルテ(Levant Series Hi-Gain 100)と、豹柄にカスタムされたマーシャルスピーカー(1960BX)の組み合わせを使用しており、ライブでもメインの機材として用いられている。
- 初めて購入したコンパクトエフェクターはBOSSのDS-1である。
- 近年はコンパクトのコンプレッサーとProvidence社のSonic Drive(初期型)等のオーバードライブペダルをデジタルディレイにループ接続してソロの音色をつくっている。
[編集] 作品
[編集] シングル
[編集] アルバム
[編集] DVD
[編集] 参加作品
- 「唯一遠くへ」にギターで参加。
[編集] プロデュース作品
[編集] ライヴ
[編集] 交友関係
- SKKIN USAのデザイナー・ジェブラン・ジャウニと深い交流関係にある。
- 清春とは、バンド同士での付き合いも古く、また、彼のファーストソロアルバム『poetry』には、ゲスト・ギタリストとして参加している。
- タモリとは、Kenが出演した「笑っていいとも!」で、お互いがダム愛好者であることを認知し、意気投合。「タモリ倶楽部」のダムに関するクイズコーナーや紙飛行機選手権、鉄道麻雀のコーナー、クレーン学校一日体験など、年に1回程度でタモリ倶楽部に出演している。
- 2008年からは、事務所の後輩バンドにあたるムックの楽曲プロデュースも担当している。
[編集] 書籍
[編集] 関連書籍
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 参考文献
- L’Arc~en~Ciel ken GUITAR WORKS (宝島社、1999年1月8日)ISBN 4-7966-1447-8
- 『月刊ギグス』 2007年12月号 (シンコーミュージック・エンタテイメント、2007年12月1日)