ラムシュタイン

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ラムシュタイン
2005年、ミラノでのアポカリプティカとのライブ
基本情報
出身地 ドイツ
ジャンル タンツ・メタル
インダストリアル・メタル
ノイエ・ドイチェ・ヘァテドイツ語版
活動期間 1993年
レーベル Motor Musicドイツ語版
Republic Records
Slash Records
Universal Music Group
共同作業者 Emigrate
Feeling B
公式サイト rammstein.com, rammstein.de
メンバー
ティル・リンデマン
リヒャルト・Z・クルスペ
パウル・ランダース
オリバー・リーデル
クリストフ・ドゥーム・シュナイダー
ドクトル・クリスティアン“フラケ”ローレンツ

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ラムシュタインRAMMSTEIN)は、1993年 に結成され1995年デビュー日本デビューは1998年)したドイツロックバンド。その音楽スタイル は「タンツ・メタル (Tanz-Metall)」と呼ばれ、メタルインダストリアル電子音楽テクノ)のスタイルを取り入れている。彼らの曲は、ほとんどがドイツ語で歌われる。

概要[編集]

バンド名の「ラムシュタイン」は、1988年8月28日航空ショーで事故が発生した旧西ドイツラインラント・プファルツ州の街、ラムシュタイン-ミーゼンバハ(Ramstein-Miesenbach)から取られた(彼らのバンド名にはmが一つ多い)。彼らの曲の歌詞がほとんどドイツ語であるにもかかわらず、バンドはドイツ国外でも成功している。1996年アメリカ映画監督デヴィッド・リンチPVの製作を依頼するのだが、リンチが多忙だったために実現しなかった。しかし映画を撮影BGMとして何度か聞いているうちにラムシュタインを気に入り、リンチが翌年公開の自分の最新映画ロスト・ハイウェイに『Herzeleid』収録の「マリー・ミー (Heirate Mich)」と「ラムシュタイン (Rammstein)」の2曲を起用することになり、これがアメリカに進出するきっかけとなった。1998年にはKornの主催するファミリー・ヴァリューズ・ツアー98リンプ・ビズキットインキュバスアイス・キューブオージーとともに参加。2002年に公開されたアメリカ映画トリプルX(監督:ロブ・コーエン主演ヴィン・ディーゼル)では『ムター』収録の「撃て! (Feuer frei!)」が主題歌となり、映画も彼ら自身の同曲のライブシーンから始まり銀幕デビューも果たした(ただしライブシーン自体は映画の為に撮影した擬似ライブ)。2004年のアルバム『ライゼ・ライゼ〜南船北馬〜』で、彼らは最も成功したドイツ出身バンドとなった。1995年のデビューアルバム「Herzeleid」以降すべてのアルバムがプラチナムやゴールドを得るヒットとなり、複数のエコー賞、ケラングのベスト・ライブ・アクト賞、EMAのベスト・ジャーマン・アクト賞を獲得、グラミー賞でも何度もノミネートされている。『ライゼ・ライゼ〜南船北馬〜』は世界50ヶ国以上でリリースされており、20ヶ国でアルバムチャートのTOP10入りを果たした。また、2005年のアルバム『Rosenrot』も同等の売り上げを誇っている。アルバムのワールドセールスは通算で1000万枚を突破している。

2009年10月20日には4年ぶりの最新アルバム『Liebe ist für alle da』が発売され、国内盤は同年12月16日に「最愛なる全ての物へ」の邦題で、未発売だった『ローゼンロート』の国内盤と共に発売された。

メンバーは全員が旧東ドイツ、特に東ベルリンおよびライプツィヒシュヴェリーン出身である。コンサートでは、大量の火薬や火炎放射器を使った過激な演出をすることでも知られている。

同年のアメリカでのツアー中、「ベンド・ダウン (Bück dich)」の演奏中にティルとフラケがステージで行っている、ディルドなどを使った擬似行為SM的なパフォーマンス が猥褻(わいせつ)行為にあたるとされ、二人は逮捕された。2004年発表のアルバム『ライゼ・ライゼ〜南船北馬〜』の収録曲、「俺の一部 (Mein Teil)」(ドイツ語では「一部」は性器を指す隠語 でもある)では、2001年ローテンブルク[1]で起きたアルミン・マイヴェス事件を元にしており、名誉毀損だとして犯人から告訴されている。また、同アルバムの1曲目0秒の所からさらに巻き戻すと隠しトラックとして1985年8月12日に起きた日本航空123便墜落事故ボイスレコーダー音声が収録されており、物議を醸した。後にメンバー側から「あれはプロデューサーが勝手にやった事であり、我々はあの音声について一切関与していない。事故で亡くなられた搭乗者の遺族の方には心からご冥福をお祈りすると共に、深くお詫び申し上げる」との声明が出されるに至っている。他にも近親相姦(Spiel mit mir, Tier)、子どもの性的虐待(Tier, Hallelujah)、屍姦(Heirate mich)、同性愛(Mann gegen Mann)など過激な題材を扱った曲が多い。その一方で、ゲーテの詩を題材にした曲(Dalai Lama-「魔王」, Rosenrot-「野ばら」)があるなど文学的な側面も持つ。

2011年、アメリカのHR/HM専門アワードRevolver Golden God Awardでベスト・ライヴ・バンドに選出される。

同年、ベスト盤『メイド・イン・ジャーマニー 1995-2011』をリリース。

2012年3月、Echo Awardでマリリン・マンソンと共演し「The Beautiful People」を披露。

同年、ビデオコレクション『Videos 1995-2012』をリリース。

メンバー[編集]

ティル・リンデマン
  • ティル・リンデマン(Till Lindemann、ボーカル1963年1月4日 - 、身長190cm) - ライプツィヒ生まれ。バスボーカルが特長。元水泳選手ユースチャンピオンであり、1980年のモスクワオリンピックでは控え選手にも選ばれたが、イタリアで合宿中にポルノ雑誌を買うために勝手に宿舎を抜け出すという規則違反のため出場権を剥奪された。1986年シュヴェリンにてパンクバンド「First Arsch」でドラマーを務める。1988年のソウルオリンピックにも東ドイツ代表の控え選手として選ばれた。母はジャーナリスト、父親は画家・詩人であった。パイロ技師の資格を持っている。また詩人、俳優としても活躍している。最初の妻との間に娘が二人、次の妻との間に娘が一人いる。ただし最初の妻の二人目の娘は実子でなく、彼女の父親はラムシュタインのリヒャルトである。
  • リヒャルト・Z・クルスペ(Richard Z. Kruspe、リードギター1967年6月24日 - 、身長187cm) - シュヴェリーン生まれ。イーエスピーギターを使用。11歳から17歳にかけてレスリングをやっていた。サラリーマン2年間勤務。1991年ごろ最初のバンド「Orgasm Death Gimmick (オーガズム・デス・ギミック)」を結成。リヒャルトは事実上バンドの創設者。1999年からニューヨークに移住し、自身のソロプロジェクト『エミグレイト(Emigrate)』の名前で活動を始める。2007年にファーストアルバム、『Emigrate』を完成させる。娘と息子がいる。
  • パウル・ランダース(Paul Landers、リズムギター1964年12月9日 - 、身長178cm) - ベルリン・バオムシューレンヴェーク地区生まれ。幼少の頃にピアノとクラリネットを習い、15歳でギターを手にする。 ギブソンのギターを使用。図書館ボイラーマン勤務経験あり。1983年にフラケらとFeeling Bを結成。ロシア語を流暢に話せるらしい(読み書きはできない)。娘と息子がいる。
  • オリバー・リーデル(Oliver Riedel、ベース1971年4月11日 - 、身長203cm) - シュヴェリーン生まれ。ミュージックマン・スティングレイのベースを使用。19歳のときにクラシック・ギターを手にする。1990年~1993年には東ドイツで人気があったフォークロックバンド「The Inchtabokatables」に参加。子どもが二人いるが詳細は不明。
  • クリストフ・シュナイダー(Christoph „Doom“ Schneider、通称:ドゥーム、ドラム1966年5月11日 - 、身長193cm) - ベルリン生まれ。TAMAのドラムを使用。子供のころにトランペットを習う。後に兄からアルミの缶で作ったドラムセットをもらい、ドラマーになるのを夢見るようになる。1990年にDie Firmaに加入。1991~1993年にはフラーケとパウルがいたバンドFeeling Bにも参加する。電話工事会社勤務経験あり。子供がいるが詳細は不明。
  • ドクトル・クリスティアン・ローレンツ(Doktor Christian „Flake“ Lorenz、通称:フラケ、キーボード、1966年11月16日 - 身長198cm) - ベルリン生まれ。ローランドのキーボードを使用。子供時代ピアニストになるための教育を受けていたが、向いていないと思っていた。1983年にパウル、Aljoscha Rompeと共にパンクバンドFeeling Bを結成、「ドクトル」は医者志望であったことからついたあだ名。絵画が趣味。娘がいる。

※メンバーの平均身長は191.5cm。 ※メンバー全員が離婚歴あり。

来日歴[編集]

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

  • 1995年 Herzeleid (日本盤未発売)
  • 1997年 Sehnsucht - 渇望(日本盤発売1998年、日本デビュー作)
  • 2001年 Mutter - ムター(日本盤発売2001年)
  • 2004年 Reise, Reise - ライゼ・ライゼ 〜南船北馬〜(日本盤発売2005年)
  • 2005年 Rosenrot - ローゼンロート (日本盤発売2009年)
  • 2009年 Liebe ist für alle da - 最愛なる全ての物へ (日本盤発売2009年)

ライヴ・アルバム[編集]

  • 1999年 Live aus Berlin - ベルリン・ライブ(日本盤発売2000年)
  • 2006年 Völkerball (日本盤未発売ライヴ盤)

コンピレーション[編集]

  • 1998年 Rammstein Original Single Kollektion(シングルBOX 日本盤未発売)
  • 2011年 Made in Germany 1995–2011 - メイド・イン・ジャーマニー 1995-2011(日本盤発売2011年)

シングル[編集]

(全て日本盤未発売)

  • 1995年 Du riechst so gut - スメルズ・ソー・グッド
  • 1996年 Seemann - シーマン
  • 1997年 Engel - エンジェル
  • 1997年 Du hast - ユー・ハブ(君持ってる)
  • 1997年 Das Modell[2] - ザ・モデル
  • 1998年 Du riechst so gut 98[3] - スメルズ・ソー・グッド98'
  • 1998年 Stripped[4] - ストリップド
  • 2001年 Asche zu Asche - アッシュズ・トゥ・アッシュズ
  • 2001年 Sonne - 太陽
  • 2001年 Links 2 3 4 - 前進
  • 2001年 Ich will - 欲望
  • 2002年 Mutter - 母
  • 2002年 Feuer frei! - 撃て!
  • 2004年 Mein Teil - 俺の一部
  • 2004年 Amerika - アメリカ
  • 2004年 Ohne dich - 君なしでは
  • 2005年 Keine Lust - 何もしたくない
  • 2005年 Benzin - ガソリン
  • 2005年 Rosenrot - 薔薇のような赤
  • 2006年 Mann gegen Mann - 男対男
  • 2009年 Pussy - 子猫(女性器を意味するスラングでもある。ハードコアなPVがあまりに過激なため、テレビで放送することができず、アダルトサイトで公開され、大きな話題を呼んだ。一般用のPVにはボカシがかけられている)
  • 2010年 Ich tu dir weh
  • 2010年 Haifisch
  • 2011年 Mein Land
  • 2012年 Mein Herz brennt

DVD[編集]

  • 1999年 Live Aus Berlin - ベルリン・ライヴ(日本盤発売2001年)
  • 2003年 Lichtspielhaus - ラムシュタイン的変態シネマ(日本盤発売2005年)
  • 2006年 Völkerball - (日本盤未発売)
  • 2012年 Videos 1995 - 2012 - (日本盤未発売)

サウンドトラック[編集]

参加コンピレーション[編集]

リミックス[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ドイツの観光都市として有名な、バイエルン州のローテンブルク・オプ・デア・タウバー(Rothenburg ob der Tauber、タウバー川のほとりの上のローテンブルク)ではなく、ヘッセン州に位置するローテンブルク・アン・デア・フルダ(Rotenburg an der Fulda、フルダ川沿いのローテンブルク)である。
  2. ^ クラフトワークのカバー
  3. ^ 同曲のリメイク
  4. ^ デペッシュ・モードのカバー

関連項目[編集]

外部リンク[編集]