ママス&パパス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ママス&パパス
向かって左からミシェル、キャス、デニー、ジョン 1967年エド・サリヴァン・ショーにて
基本情報
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク
ジャンル フォークロック, サイケデリック・ロック, サンシャイン・ポップ
活動期間 1965–1968
1971–1972
レーベル Dunhill

{{{Influences}}}

ママス&パパスThe Mamas & the Papas)は、1960年代のアメリカで活躍したフォークグループ及び当グループのアルバム。代表曲は、『夢のカリフォルニア』。

1998年ロックの殿堂入りを果たした。

略歴[編集]

1960年代初め、キャス・エリオットが所属していたフォークバンド「ビッグ・スリー」と、デニー・ドハーティが所属していたバンド「ハリファックス・スリー」のメンバーが合流し、「マグワンプス」が結成された。このバンドはアルバム発表も出来ないまま解散し(一部のメンバーはラヴィン・スプーンフルを結成)、エリオットはカリフォルニア州でジャズ・シンガーとしての活動を始め、ドハーティはジョンとミッシェルのフィリップス夫妻が所属するフォークバンド「ニュージャーニーメン」に参加した。このニュージャーニーメンはやがてフォークロックへと姿勢を変換し、カリフォルニアに活動の場を動かした。そこで再びエリオットと合流し、1965年にママス&パパスは結成される。

そして、フィリップス夫妻が手掛けたデビュー・シングル『夢のカリフォルニア』が、いきなり全米4位の大ヒットとなった。次のシングル『マンデイ・マンデイ』は1位にまで昇り、ファースト・アルバム『If You Can Believe Your Eye and Ears』もロング・ヒット。だが、絶頂の最中に、ミシェル・フィリップスとデニー・ドハーティの不倫が発覚し、1966年ミシェルは夫のジョンに追い出される形でグループを脱退する。しかし、適当な代役が見つからなかったため、ミシェルは結局すぐに復帰して、ジョンと寄りを戻した。その後は、1966年発売のシングル『アイ・ソー・ハー・アゲイン』は全米5位、この曲を収録したセカンド・アルバム『The Mamas & The Papas』も全米4位まで昇った。翌1967年にはモンタレー・ポップ・フェスティバルにも出演し、サード・アルバム『Deliver』も全米2位に達するなど活動は好調だったが、ジョンとミシェルの夫婦仲は再び亀裂が生じ始めていた。そして1968年になると、グループは完全に崩壊し、各メンバーはそれぞれ個人的な活動を始めた。契約上制作しなければならなかった最後のアルバム『People Like Us』は、メンバーが各自で収録した曲をまとめて発売された。

関係者のその後[編集]

キャス・エリオットはソロ活動で大成功を収めたが、1974年のツアーの最中に心臓発作により死去。1980年代に入り、1960年代に活躍したバンドが次々に再結成する中、ママス&パパスも女性陣のメンバーを変更した上で再結成し、1994年には初来日も果たしている。来日時のオリジナル・メンバーはデニーのみで、ジョンは腰を痛めてツアーから離れていた。代わりにジョンの「ジャーニーメン」時代の同僚であり、ジョンが書き下ろした「花のサンフランシスコ」のヒットで知られるスコット・マッケンジーが参加していた。ジョンとミシェルの娘チャイナは、ブライアン・ウィルソンの2人娘カーニーとウェンディとの3人でウィルソン・フィリップスを結成、1990年1993年の活動期間に「ホールド・オン」などの大ヒットを放った。

2001年にジョン・フィリップスが心臓疾患により、2007年にはデニー・ドハーティが腎不全により死去した。ミシェル・フィリップスは、主に女優として活躍し、『デリンジャー』(1973年)や『バレンチノ』(1976年)などの代表作を持つ。

メンバー[編集]

外部リンク[編集]