日本語の表記体系

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日本語の表記体系
Heibon-pp.10-11.jpg
漢字仮名交じり文で書かれた小説漢字には振り仮名が振られている。1908年
類型: 表語文字漢字)と音節文字平仮名片仮名)の併用
言語: 日本語
時期: 4世紀-現在
親の文字体系:
漢字 - 万葉仮名
  • 日本語の表記体系
Unicode範囲: 漢字の範囲(漢字)
U+3040–U+309F(平仮名)
U+30A0–U+30FF(片仮名)
ISO 15924 コード: Jpan
注意: このページはUnicodeで書かれた国際音声記号(IPA)を含む場合があります。

日本語の表記体系(にほんごのひょうきたいけい)では、日本語文章等を文字によって表記するための系統的な方法について解説する。本項目では現代日本語表記体系とその歴史を扱っている。日本語の概略に関しては日本語を参照。

概要[編集]

現代の日本語では、主に以下の3種類の文字体系が用いられる。

漢字 中国起源とする表語文字である。国字と呼ばれる日本で造られた漢字も追加されている。
平仮名(ひらがな) 漢字の草書体より日本で作られた表音文字音節文字)である。
片仮名(カタカナ) 漢字の一部を省略表記して日本で作られた表音文字(音節文字)である。

これらの文字を併用して表記された文章が仮名交(かなまじり)または仮名交文(かなまじりぶん)と呼ばれる、現在の日本での標準的な文章である。これは、「それまで公式とされた漢文に、仮名じっている」という意味だが、漢字とかなの併用が標準となった現代ではかえって読みにくく、また意味が掴みにくい。そのため、送り仮名をつけた「仮名交じり文」や更に漢字との併用であることを明記した「漢字仮名交じり文」といった表現で示される場合がある。

ローマ由来のアルファベットラテン文字)を用いて日本語を表記することもでき、日本ではローマ字と呼ばれる。個々のラテン文字を、イニシャルや略号として、漢字・かなと併用して記すことは普通に行われているが、母語話者が文章全体をローマ字で記すことは稀である。

一例として朝日新聞のニュース記事(2004年4月19日)のヘッドラインを次に示す。ここでは上記4種類の文字システムがすべて用いられている。漢字太字オレンジひらがなカタカナ斜体緑ローマ字アラビア数字下線灰色で示す:

ラドクリフマラソン五輪代表1m出場にも

日本語で書かれた単語の例を以下にいくつか示す:

文字 ローマ字転写
ヘボン式
漢字 ひらがな カタカナ
語種 大和言葉 わたし ワタシ watashi
漢語 金魚 きんぎょ キンギョ kingyo
外来語 煙草 たばこ タバコ tabako

日本語辞典(いわゆる国語辞典)での単語の配列法は第一に漢字ではなく、表音文字である仮名を基盤とする。ローマ字で書かれる単語も例外ではなく、その場合見出しは片仮名による。仮名の配列には「五十音順」と「いろは順」の2種類がある。後者は古式でありこれに従う辞典はかつて存在したが、現在ではもはや存在しない。ここで同音異義語である漢語の配列が問題になる。この点、漢字は総画数、部首によって配列されている。

他方、漢和辞典では漢字は部首画数の順に配列されており、漢字ごとにその字で始まる漢語が、漢字を見出しとして、その読み方の五十音順に配列されている。詳しくは該当項目を参照。

文字種の使い分け[編集]

ひらがな表
カタカナ表

大部分の日本語文は漢字とひらがなで書かれ、一部にカタカナが混在して使用される。

漢字が使われる事例[編集]

等である。

ひらがなが使われる事例[編集]

  • 形容詞動詞活用語尾(送り仮名)
  • 助詞
  • 漢字を持たない、あるいは漢字では読みづらい日本語の単語
  • 漢字の読み方の指示(振り仮名)

等である。

カタカナが使われる事例[編集]

  • 外国の単語、名前
  • 擬態語
  • 強調。英語ではイタリック体で書くような場面
  • 技術、科学用語(生物の名前。「ヒト」、「ネコ」等)

等である。生物名のカタカナ表記の起源については和名を参照。

ローマ字が使われる事例[編集]

  • アクロニムイニシャル。例えばNATO(「北大西洋条約機構 North Atlantic Treaty Organisation」のアクロニム)など。
  • 日本国外で通用するように意図した場合。例えば名刺やパスポートの名前など。
  • 会社名、ブランド名、製品名等。日本国内外問わず用いられる。
  • 日本語の文脈中にいきなり外国の単語やフレーズを挿入する場合。日本人向け民生品の宣伝など。

等である。ローマ字で日本語の単語を表記する例はない。あるように見えるのは転写にすぎない。

例外[編集]

上記の規則には多くの例外がある。例えば日本人の名前には漢字、ひらがな、カタカナの全てが用いられることがある。姓についても、大和民族の姓は漢字がほとんどであるが、「一ノ瀬」などのように一部カタカナが含まれる姓もある。帰化した外国人などは、姓の全てがカタカナ表記ということもある。

加えて、横書きの文書ではアラビア数字が普通は用いられる。ラテン文字はアクロニムや国際単位系の単位等に用いられる。

文字種の意図的な選択[編集]

ひらがな、カタカナのいずれでも、全ての日本語の単語を表記することができる。ローマ字でも"書く"ことは客観的に可能であるが、あくまでも音写でしかない。また、ほとんどの単語には漢字表記がある。どの文字種を用いるかは多くの要因によって決まる。

漢字表記によって異なる意味を表す場合もある(「熱い」「厚い」、「好み」「木の実」等)。場合によっては漢字の書き分けが難しく、「誤記するよりまし」という事でひらがなで表記する人もいる。

表記する方向[編集]

伝統的には日本語は「縦書き」で書かれた。文書は縦行に分かれ、各縦行は上から下に、縦行の間では右から左に書かれる。ある縦行の最下部まで読み進んだら、次は左隣の縦行の最上部に移動することになる。これは中国の文と同じ順序である。

現代の日本語は他の方法も採用している。「横書き」といわれるもので、英語などのヨーロッパ諸語と同一の方法である。左から右に書かれた横向きの行が上から下に並んでいる。

初期の日本語表記系[編集]

日本書紀』 平安時代の写本。その構文や表記のありかたは、中国の古典文である「漢文」に則っている。
地獄草紙 平安時代末に成立したと見られる絵巻物。現代と余り変わらない字体の、漢字と仮名で書かれている。
『機巧図彙』 寛政9年(1796年)に刊行された和時計からくりについての図入り解説書。その文章は行書体の漢字にかなを交じえて記されている。

現在の日本語表記の源流は、中国の古典文語である漢文の書き方が伝えられた4世紀あたりにまで遡る。ただし漢字が伝わる以前に、神代文字と称する更に古い表記法があったともいわれている。それらは絵文字の様だったり、ルーン文字に似ていたり、ハングルに酷似していたりする。これらの内で真正なものと結論づけられたものは一つもなく、漢字の伝来以前に日本に文字があった証拠は存在しない。たとえそのようなものがあったとしても、書記のための文字として体系づけられる前に、漢字の導入により霧散したものと見られる。

中国から伝わった漢字を前にして、日本人はとりあえず、個々の漢字の意味を日本語に当てはめた。たとえば「山」、「川」、「村」、「人」、「森」、「酒」などを意味する日本語として「やま」、「かは」、「むら」、「ひと」、「もり」、「さけ」という言葉を当てはめていった。和語に相当する意味を持つ漢字がない場合には、独自に漢字を創造している。峠(とうげ)、辻(つじ)、柊(ひいらぎ)、鰯(いわし)などで、これを国字という。その国独自の漢字は、中国文化の影響を受けた朝鮮半島ベトナムでも作られた。文化15年(1818年)以前に成立していた『国字考』(伴直方著)には、日本で作られた国字125字が収録されている。

借字と漢字文[編集]

しかし日本語の固有名詞を発音通りに書き記す場合には、漢字をそのまま使っても書き表すことが出来ない。そのために使われたのが借字(しゃくじ)である。これは漢字を表意文字ではなく表音文字として(中国音から音を得て)用いる。この借字は4500首あまりの和歌を収めた『万葉集』にも使われる表記なので「万葉仮名」とも呼ばれるが、べつに『万葉集』に限った表記法というわけではない。この借字の字体を草書よりも崩したものから平仮名が、また漢籍や経典の読み下しを助けるために横に付した符号のうち、発音記号として使った借字から片仮名が誕生した。

やがて文章の構文も中国語に沿った「漢文」のものではなく、日本語の構文に沿って語を並べた文章が綴られるようになった。『古事記』の本文は漢字だけで記されているが「漢文」ではない「漢字文」である。借字による和語の文を交え、日本語の語順に従って記されている部分があるからである。またその本文冒頭には、

天地初発之時…

とあり、「あめつちはじめてひらけしとき…」とふつうには訓読されている部分であるが、「初」は「はじめて」でも「はじめに」でもどちらにも読める。実際にどう発音して読んだかというより、要はその文字を追っていけば内容を理解できるという文である。

漢字かな交じり文の成立[編集]

文章を綴るための文字としての仮名(平仮名)の出現は、都が平城京から平安京に移って以後、すなわち平安時代に入ってからのことである。漢字に仮名を交えて書く「漢字かな交じり文」は、その当時すでに始まっている。当時の仮名の文も和語だけで記されていたわけではなく漢語も交えており、それはたいていの場合漢字で記すよう慣習づけられていたからである。また和語であっても文章を読み取りやすくするため、今のように漢字を当てて記すこともされていた。ただし和歌は漢語を使わずに詠み、また仮名だけで書くよう慣習づけられていた。その後、訓読文の影響も受けながら「漢字かな交じり文」は発達してゆく。

伊勢物語』、『源氏物語』、『今昔物語』、『平家物語』、『方丈記』、『徒然草』、『奥の細道』、『雨月物語』など、日本古典文学の重要な作品は全て「漢字かな交じり文」で書かれており、現在まで1100年以上に渡って日本語の標準的な書き言葉となっている。

音読みと訓読み[編集]

一つの漢字には、複数の「音読み」(漢字音)と「訓読み」(和訓)があることが多い。まず音読みについては、日本に様々な時代の、様々な地域の中国語の発音が並行して伝えられたことにより、一つの漢字に複数の音読みが行われることになった。呉音漢音唐音といったものである。こうした現象は、特定の時代の特定の地域では通常一つの発音しか認めてこなかった中国や朝鮮半島など、他の漢字を受容した地域では、ほとんど観察されない。例えば「行」は二字熟語の「行列」では「ぎょう」であり、「銀行」では「こう」、「行灯」では「あん」である。一つの漢字「行」に「ぎょう」、「こう」、「あん」の三通りの音読みがあるのはそれぞれ「呉音」「漢音」「唐音」に対応している。

訓読みでは「山」や「人」のように、「やま」「ひと」というほぼ一種類の訓読みが伝わっているものもあるが、「行」は「ゆく」(または「いく」)ともまた「おこなう」とも読み、「主」という漢字では「おも」、「ぬし」、「あるじ」といった複数の訓読みが当てられているといった例があげられる。一つの漢字の持つ意味の広がりが複数の和語の概念にまたがっていることにより、複数の読みかたが生じた。逆に「取る」・「採る」・「捕る」などのように、一つの和語に複数の漢字が割り当てられる場合もある。

日本語としての漢語[編集]

日本語には語源を異にした多くの同義語がある。中国起源のものと日本起源のものとである。また、中国起源の単語はより厳密さが求められる説明的な文脈で用いられる傾向があり、これはヨーロッパ言語を用いる国や地域の人々がラテン語由来の単語をしばしば上流の証として用いるのと似ている。 近代では日本人が漢語を造語する例もあり、英語のphilosophy、ドイツ語のPhilosophieを指す用語として、明治時代の啓蒙家西周が、「哲学」と造語している。これらは和製漢語と呼ばれるもので、現在では漢語の本家である中国語圏に逆輸入されている例も多い。

漢字かな交じり文の意義[編集]

古い時代の日本に中国大陸より漢字と漢文が伝わり、その漢文を日本語として理解するために漢文訓読という方法が講じられた。現在の漢字かな交じり文はこの漢文訓読が源流のひとつになっている。その漢字かな交じり文に必要な仮名が世に現れる以前には、文の表記についていろいろな試みや工夫があった。

『万葉集』はその原文を見ればわかるように、本来全て漢字で記されており、基本としては詞書が「漢文」であり肝心の和歌は借字を用いた表記になっているが、その和歌のなかには今でいう「訓読み」を交えたものがある。その本文は見た目には漢字の羅列である。使われている漢字が借字なのか、または「訓読み」として読めばいいのかを区別するための手がかりは、韻文である和歌の五音や七音の音数律に拠ることになる。

『万葉集』巻第一(元暦校本)より。

熟田津尓舩乗世武登月待者潮毛可奈比沼今者許藝乞菜

これは『万葉集』で「にきたつに ふなのりせむと つきまてば しほもかなひぬ いまはこぎいでな」と現在訓読されている和歌の原文である。この文では「熟田津」「舩(船)乗」「月待」「潮」「今」が訓読みで、それ以外が借字で記されているが、もしこの24字の漢字の羅列が和歌であることを前もって知らなければ、何が書いてあるのかわからないし、当然訓読みと借字の区別もつかない。和歌なら五七五七七と句が分かれているので、それに当てはめてみて何とか内容を読むことができる。しかし散文では五音や七音に語句を当てはめることは出来ないので、こころみに散文で借字に「訓読み」を交えた文を書いたとしても、はじめてそれを読まされる側にとっては、内容を読んで理解することは不可能に近い。そうした困難を避けるために作られたのが「宣命書き」である。これは漢字の語句の間に、助詞や送り仮名などを小さい借字で書き添えるという形式である。また『古事記』には文中に、「この文字は借字として読め」という意味の割注を付けて読ませる方法が見られる。

仮名(平仮名・片仮名)の登場は、そのような状況を一変させた。仮名は借字である漢字から作られたものであるが、もともとの漢字の字形を草書よりももっと崩したりまたは略したりすることによって、そこに漢字を加えても仮名と区別が出来るようになった。平安時代以降、仮名で記された文学作品が多く作られるようになるが、上でも述べたようにそれらはすべてを仮名で記していたわけではなく、ある程度漢語や漢字を交えて書くようになっていた。それができたのも漢字と仮名が見た目の上で区別できたからであり、これは漢字片仮名交じりの文の場合でも同様である。そして時代が下ると『平家物語』などのように、漢語を多用する漢文訓読ふうの文も綴られるようになった。

仮名の登場によって日本語の繊細な表現を記すことができるようになったといわれるが、漢字と仮名の区別が漢字かな交じり文の成立を可能にさせ、その漢字かな交じり文の発達が、明治以降の和製漢語を生む土壌を作った。漢字かな交じり文は現在でも日本語の表記体系のなかで重要な地位を占めている。

日本語表記法の変化[編集]

明治時代[編集]

大日本帝国憲法「上諭」2頁目
1938年10月頃の天王寺駅。左横書きが多いが一部に右横書きも残っている。

明治の大変革はしばらくの間、日本語の表記には影響を与えなかった。しかし教育制度の変化に伴い、大量の新語が現れ、また文字を読み書きできる国民が増加してくると言語そのものに変化が現れた。大量の新語は他の言語から持ち込まれたものもあれば、新しく作られたものもあった。言文一致運動が完勝を収め、歴史的ないし古典的な文体(文語体)にとってかわって口語体が広く用いられるようになった。日本語の書きづらさについて議論があり、1800年代の終わりには表記に用いる漢字の数を制限しようという意見が見られるようになった。外国語との接触によって、漢字を廃止してカナまたはローマ字のみを用いるようにしようという主張もあったが、これは支持されなかった。西洋語風の句読点が用いられるようになったのもこの頃である(Twine, 1991)。

1900年に、文部省は日本語表記教育の改善を狙って3つの改革を行った:

  • ひらがなの字体を標準化し、それ以外を変体仮名として排除しようとした。
  • 漢字の字母数制限。初等教育では1200字に絞った。
  • 実際の発音に合わなくなっていた漢語のかな表現(字音かな遣い)の改革

最初の2つは次第に広く受け入れられたが、最後の項目は保守層を中心に激しい反発を呼び、1908年に取り下げられることとなった(Seeley, 1991)。

第二次世界大戦前[編集]

1900年の改革が部分的に失敗したこととナショナリズムの勃興とが合わさり、日本語表記法の改良は進まなかった。漢字の制限については多くの要求があり、いくつかの新聞は自主的に漢字を減らして送り仮名を増やしたが、公的な支持はなく反対も多かった。

第二次世界大戦後[編集]

日本国憲法原本「上諭」(1ページ目)
屋台の右側面 ズーチ(チーズ

終戦直後、大きな改革が行われた。一部にはGHQの影響もあったが、重要な部分のほとんどは保守主義者が教育制度の管理機構から排除されたことに起因しており、以前は着手されなかった改革を進めることができた[要出典]

大きな点は:

ある時期、GHQ内の一部の方針としてローマ字表記への変更が要請されたことがあるが、他の専門家の反対によって沙汰止みとなった(Unger, 1996)。日本の文化人の中にも、ローマ字表記を主張し試行する者がいたが、全かな表記と同様、漢字を表記しないと意味識別が困難であり、実用化されなかった。韓国北朝鮮で漢字混在表記を廃止してハングル(チョソングル)一元表記に実際に変更した結果として漢字文化の伝統が若い世代に伝わらず、問題となっていることと対照的であるとも言える(参考:ハングルおよび六十年文字戦争)。ベトナムも独立後に漢字を全廃し、アルファベットを使ったクオック・グーに変更したため、韓国・北朝鮮と同様に漢字文化の伝統が若い世代に伝わらなくなっている。

加えて、横書き時の右横書き(右から左へ)は殆ど姿を消し、左横書きに事実上一本化された。戦前から左横書きはある程度普及しており、終戦によって一度に置き換わったわけではなく、その速度が加速したとも言える。「縦書きと横書き」の項も参照。

とはいえ、世界の書字体系では例えば古代エジプトヒエログリフの書字システムなどのように、横書きで、左から右と、右から左が、両方とも可能なものがある。日本語での右書きも、縦書きの変種ではなく、純粋に横書きと考えられるものもある。実際、このような表記法は現在でも商用車や船舶の右側面に見られ、乗り物の前方から後方に向かって配置されるようになっている(トラックの左側面に「ヰキ商会」、右側面に「会商キヰ」と書くなど)。

ヒエログリフの場合、右書きか左書きかは、人や動物など、「顔の向き」のある文字で、顔の向いている方向でどちらの方向に読むかが決まっていたように、乗り物の側面のように、「進行方向から後ろ」へという読み方の方向性が自然に決まる場合は、右書き・左書きと両方用いられる。

1963年に国語審議会で、吉田富三が「国語は漢字かな交じり文をもって表記の正則とする。国語審議会はこの前提の下に、国語の改善を審議するものとする」という提案を行い、1965年には認められた。この吉田提案は「現状の姿が最も正しい形であり、漢字が多すぎる等というのは誤りである」と主張している。これが日本で漢字かな交じり文が公的に認められた最初である。それまでの制限的な色合いが大幅に緩和され、1981年、当用漢字を元にしつつも、緩やかな目安である常用漢字1945字が内閣から告示され、当用漢字は廃止された。

2004年には、法務省の手で人名用漢字が大量に追加された。

戦後の日本語表記に関して、ごく簡略に言えば「名詞・用言の語幹を漢字で、用言の活用語尾・付属語をひらがなで表記する」という書き分けの原則が存在する(詳細は上記文字種の使い分けの項参照)わかち書きを行わない日本語の表記では、この原則が語と語の切れ目を表示する機能を担っている。

公文書などは当用漢字常用漢字のみをもって記述すべきとの方針が示され、新聞などもこれに倣ったため、まぜ書き(例:拿捕→だ捕)や漢語の仮名表記(例:軋轢→あつれき)が頻繁に見られるようになった。漢字制限の理念に沿うものだが、上記のような事情があるため語と語の切れ目が見えにくくなり、かえって読みづらいとの批判がある。見苦しい、文化破壊である、といった批判も根強い。

これらの流れについては「国語国字問題」の項も参照されたい。

ニュアンスを伝える日本語表記系[編集]

他の言語では説明を追加したり単語自体を変更したりしなければならない情報でも、日本語の表記システムを用いれば同じ単語の表記を変えるだけで伝えることができる場合がある。例えば英語の「 I 」、ドイツ語の「 ich 」、ロシア語の「 Я 」に相当する「私」は男女兼用でフォーマルな文章にしばしば用いられる。ひらがなで書いた「わたし」は、口語的なニュアンスを帯びており優しい感じがするので、男女ともにインフォーマルな場や、親しみやすさを表現したい場合に使用される。例えば、女性が日記や友人への手紙で用いるなどは、その典型である。

カタカナの「ワタシ」は通常はほとんど用いられず、あえて一人称を強調する時や、外国人が片言で話すニュアンスを出す場合に用いられることがある程度である。転写にすぎないローマ字の「watashi」は、出現することは滅多になく、言語学暗号などなにかの意図を含める場合にしか出現しない。ただし言語学の場合で問題になっているのは単語の意味ではなく単語それ自体である。暗号の場合は表記を隠す意図による。

文体上の狙いで漢字の複合語を恣意的に読ませることもできる。例えば夏目漱石は短編『十五夜』の中で名詞の「接続」を動詞的に活用した「接続って」を「つながって」と読ませている。これは通常ならば「繋がって」「つながって」と書くものである。なお、このような複数の漢字を、それに意味的対応する日本語のかな読みする例は、「天皇」を「すめらみこと・すめろぎ」、「日本」を「やまと」と読ませるなど、古くから存在している。

ローマ字転写[編集]

日本語をローマ字で転写する方法にはいくつかある。英語利用者向けに開発されたヘボン式は、実用的な標準の表記法として、日本国内の外ラテン文字圏で用いられている。訓令式はカナとの対応が良く日本語話者には学びやすい。文部省がこれを公式に支持しているが、日本国外で用いられることは稀である。国際規格としてISO 3602があり、他にも日本式JSLワープロ式がある。

キリル文字アラビア文字デーヴァナーガリーによる転写もある。

参考文献[編集]

  • 伴直方 『国字考』〈『国語学大系』第八巻〉 厚生閣、1940年
  • Christopher Seeley 『The Japanese Script since 1900』 Visible Language, XVIII 3, 267-302, 1984
  • Yaeko Sato Habein 『The History of the Japanese Written Language』 University of Tokyo Press, 1984 ISBN 0-86008-347-0
  • Nanette Twine 『Language and the Modern State - The Reform of Written Japanese』 Routledge, 1991 ISBN 0-4150-0990-1
  • Christopher Seeley 『A History of Writing in Japan』 University of Hawai'i Press, 1991 ISBN 0-8248-2217-X
  • Nanette Gottlieb 『Kanji Politics - Language Policy and Japanese Script』 Kegan Paul, 1996 ISBN 0-7103-0512-5
  • J. Marshall Unger 『Literacy and Script Reform in Occupation Japan: Reading Between the Lines』 OUP, 1996 ISBN 0-1951-0166-9
  • 小松英雄 『日本語書記史原論』 笠間書院、1998年
  • 山口仲美 『日本語の歴史』〈『岩波新書』〉 岩波書店、2006年

関連項目[編集]

文字の書体[編集]

仮名の異体[編集]

外部リンク[編集]