国語国字問題

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国語国字問題(こくごこくじもんだい)は、国語の表記をめぐって議論となる事柄をいう。本項では、国語としての日本語の表記法である漢字仮名交じり文とそれを構成する漢字仮名遣いの在り方、改変に関わる近現代の言語政策(公的決定)と議論について、第二次世界大戦後の「国語改革」以降のものを中心に取り上げる。

日本における主な政策の歴史[編集]

第二次世界大戦以前[編集]

識字率引き上げや欧化主義、また逆に国粋主義などさまざまな理由から、表記の表音化や漢字の制限は、明治時代から政府の内外で議論されていた。

1900年明治33年)、感動詞や字音語の長音を長音符「ー」で書き表す棒引き仮名遣いを小学校教科書で用いることが小学校令施行規則に定められた。字音仮名遣では「かうちやう」となる「校長」は、これに従うと「こーちょー」と表記する。1908年(明治41年)に文部省令で廃止された。

1922年大正11年)11月、臨時国語調査会(のちの国語審議会の前身)が常用漢字1962字を選定、可決。当用漢字表を経て現在の常用漢字へと至る。

1923年(大正12年)12月、臨時国語調査会が仮名遣改定案を可決。現代仮名遣いの原型となる。

国語改革[編集]

第二次世界大戦後の一時期には、漢字使用を制限し、日本語表記を単純化しようとする動きが強まった。1946年(昭和21年)4月、志賀直哉は雑誌『改造』に「国語問題」を発表し、「日本語を廃止して、世界中で一番美しい言語であるフランス語を採用することにしたらどうか」という旨の提案をした。11月12日、読売報知(今の読売新聞)は「漢字を廃止せよ」と題した社説を掲載した。同じ年の3月、連合国軍総司令部 (GHQ/SCAP) が招いた第一次アメリカ教育使節団が3月31日に第一次アメリカ教育使節団報告書を提出、学校教育における漢字の弊害とローマ字の便を指摘した。同様の動きは識字率の向上に取り組んでいた朝鮮や中国においても見られ、北朝鮮では漢字が全廃され、韓国でも漢字教育が基本的に行なわれなくなり、また中国では漢字を全廃して全ての文字表記をピンインとする動きもあったが、最終的には簡体字が導入された。

当時の国語審議会委員にも、日本語改革論者が多数就任し、漢字廃止やローマ字化など極論は見送られたものの、彼らが関与した「国語改革」が戦後の日本語に与えた影響は大きい。こうした動きを背景として、戦前から温められてきた常用漢字や仮名遣改定案を流用・修正した上で当用漢字現代かなづかいが制定された。

当用漢字表[編集]

当用漢字とは、狭義には1946年(昭和21年)11月16日に内閣から告示された漢字を制限するための表に掲載された1850字の漢字を指す。広義には、関連するいくつかの告示を総称する。同表では、日常使用しないとされた漢字は制限され、公用文書や一般社会で使用する漢字の範囲が示された。

従来、複雑であったり多様であったりした字体の簡素化も、一部の文字で行われた。漢字の構成要素ごとに体系的に変更を行う方式は採らず、慣用を参考に個別の文字を部分的に簡略化しただけであった。

漢字の読みも制限したが、当初の当用漢字音訓表は「魚」の読みを「ギョ」と「うお」に制限し「さかな」の読みが認められなくなるなどの不合理が散見され、1972年(昭和47年)6月28日に改定されている。

交ぜ書き」の問題も、同表に端を発する問題である。同表によれば、当用漢字で書けない言葉は言い換えて表現することになっていたが、実際には漢字を仮名で書いただけで元の言葉が使われ続ける例が多々あり、漢字と仮名の「交ぜ書き」が多数生ずることとなった。顕著な例としては「改ざん」「けん引」「ばい煙」「漏えい」などがある(「交ぜ書き」せずに全て漢字で表記した場合はそれぞれ「改」「引」「煙」「漏」〈ろうせつ=漏泄〉となる)。これら「交ぜ書き」はその使用が強制されているわけではなく、随筆小説などの文学作品ではほとんど用いないが、新聞社通信社放送局などの報道機関は、日本新聞協会取り決めなどによりこうした「交ぜ書き」表現や後述する「書き換え」による代用表記を多用した。マスコミがこうした表記を使用する主な理由としては、活版印刷ではルビを振ると組版コストが増大するため、漢字制限がコスト低減に役立つという理由があった。新聞各社は当用漢字の実施と同時にルビを廃止している。漢字の字数も読みも制限されていれば、振り仮名は不要である、という理屈である。

国語審議会1956年(昭和31年)7月5日、当用漢字の適用を円滑にするためとして、当用漢字表にない漢字を含む漢語を同音の別字(異体字関係にあるものを含む)に書き換えてもよいとして「同音の漢字による書きかえ」として報告した。

従来複数の書き方が存在したものを一本化する方向で例示したものには、次のようなものがある(括弧内が当用漢字表にない漢字を含む書き方)。

  • 注文(註文)
  • 遺跡(遺蹟)[1]
  • 更生[2](甦生: 本来の読みは「そせい」→蘇生)
  • 知恵(智慧)
  • 略奪(掠奪)
  • 妨害(妨碍、妨礙)
  • 意向(意嚮)
  • 講和(媾和)
  • 格闘(挌闘)
  • 書簡(書翰)

一般には複数の書き方があったものの、専門用語としては当用漢字表にない漢字を含む書き方をしていたものについて、当用漢字表内の漢字に書き換えることを認めたものには、次のようなものがある(括弧内が当用漢字表実施以前の書き方)。

  • 骨格(骨骼) :医学用語
  • 奇形(畸形) :医学用語

その語においては使われることのなかった当用漢字表内の漢字に書き換えることを認めたものには、次のようなものがある(括弧内が当用漢字表実施以前の書き方)。

  • 防御(防禦)
  • 扇動(煽動)
  • 英知(叡智)
  • 混交(混淆)
  • 激高(激昂)

これらの「交ぜ書き」「書き換え」には、熟語本来の意味が不明瞭になってしまうという問題点がある。漢字は「音」と「意」で成り立っており、熟語はそれを組み合わせ、意味を表したものである。例えば「破たん」という熟語で、「破」は「やぶれる」という意味であるが、「たん」の意味を問われたとして、平仮名の「たん」では何の意味をなすことができない。「沈澱」の書き換えである「沈殿」だと、「殿」の意味を問われたとしても、「殿が沈む」など全く意味を履き違えてしまう可能性がある。「書き換え」の中には支障の少ないものもあるが(「掩護」→「援護」など)、大抵は音を仮借しただけのものであり、こうしたことから、「交ぜ書き」「書き換え」は、「自ら日本語文化、熟語の成り立ちを破棄しているに等しい行為である」とか、「乱れた日本語表現を合理化主義の中で合法化してしまった」などと批判されることがある。

日本新聞協会加盟社をはじめとして、マスメディアでは「交ぜ書き」を減らし、ルビを併用するなどして表外字を使用する事例が増加してきた。これはコンピュータの普及に伴い表外字に触れる機会が増大したことで、漢字表記が見直されてきたためであるともいわれている(表外漢字字体表の項で詳述)。

当用漢字別表と人名用漢字別表[編集]

当用漢字のうち881字は、小学校教育期間中に習得すべき漢字として、1948年(昭和23年)2月16日に当用漢字別表という形でまとめられた。いわゆる「教育漢字」である。

人名については、1948年(昭和23年)施行の戸籍法第50条には「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない」とある。この範囲は当初は法務省令によって平仮名、片仮名、当用漢字であるとされており、当用漢字以外の漢字は新生児戸籍の届出の際に使用することができなかった。1951年(昭和26年)には人名用漢字別表として92字を内閣から告示され、当用漢字外の漢字も一部認められることになった。この人名用漢字別表は数度の改定を経て1997年、285字を含むものとなった。

札幌高等裁判所で、「常用平易な文字」であるのに人名用漢字別表に含まれないために子供の名として使用できなかったことを不服とした裁判で訴えが認められたことも要因の一つか、2004年9月27日付で488文字が追加された。当初は578文字の追加が見込まれていたが、世論を受けて、人名にふさわしくない漢字(怨・痔・屍など)が削除された。

漢字廃止批判と漢字仮名交じり前提論[編集]

当用漢字は漢字全廃を目的としたものとしてしばしば批判されている。1958年から雑誌『聲』に連載された『私の國語教室』で福田恆存は、既に漢字制限は不可能であることが明らかになっている、と指摘した。1961年には表音主義者が多数を占め、毎回同じ委員が選出される構造となっていた国語審議会の総会から、舟橋聖一塩田良平宇野精一山岸徳平ら、改革反対派の委員が退場する事件となった。

1962年、国語審議会の委員に選出された吉田富三は、審議する立場を「国語は、漢字仮名交りを以て、その表記の正則とする。国語審議会は、この前提の下に、国語の改善を審議するものである」と規定することを提案した。

1965年森戸辰男・国語審議会会長は記者会見で、「漢字かなまじり文が審議の前提。漢字全廃は考えられない」と述べた。

1966年、総会の際中村梅吉文部大臣は「当然のことながら国語の表記は、漢字かなまじり文によることを前提と」すると挨拶した。

現代かなづかい、現代仮名遣い[編集]

歴史的仮名遣を基に、1946年(昭和21年)11月16日に告示され現代の音韻に基づいて改変したのが「現代かなづかい」である。

「現代かなづかい」は、元々、表音式仮名遣いへ移行するまでの繋ぎとして考えられていた。しかし仮名遣いの完全な表音化は不可能であり、「現代かなづかい」はそのまま定着した。1986年(昭和61年)7月1日に内閣から告示された「現代仮名遣い」はそうした状況の追認であると言ってよい。従って、現在の「現代仮名遣い」は、中途半端な形のまま、さまざまな矛盾を抱えている。

  • 助詞の「」「」「」において歴史的仮名遣いの原則が維持されている事はよく知られている。
  • 和語においては、「鼻血」は「はな」と「」の合成語であるので形態素を意識した「はな」と表記する。
  • 漢語においてはすべて「」「」を用い、「」「」は用いない。「融通」を「ゆうう」と表記するのもそのためである。また「地面」を「めん」とするのが正則なのは、「地」は元々濁った「じ」の音読みを持っており、「地(ち)」が連濁しているわけではないからである。

常用漢字とJIS[編集]

常用漢字は、1981年に内閣から告示された漢字表に掲載された漢字1945字(常用漢字一覧参照)を指す。同表は当用漢字表を基に制定されたものである。常用漢字は、当用漢字と比べて制限の緩い「目安」という位置付けになっている。

漢字をめぐるこうした政府の動きと前後して、日本工業規格 (JIS) も、コンピュータなどで用いる漢字について、その漢字の種類(文字集合)と、各漢字をデータとして処理する際の数値表現(文字コード)の規格を独自に定める試みを続けてきた。

この内、前者「文字集合」は、常用漢字などと同じく、おびただしい数の漢字の中から一定数の漢字を取り出したもので、俗にJIS漢字と呼ばれる。2012年までに4回の改正が行われている。

最初のものは1978年JIS C 6226-1978で指定された6802字の文字群である。この規格は「78JIS」などと呼ばれる。1983年には常用漢字の制定を受けて、JIS C 6226 の大幅改正が行われ、6877字の文字(非漢字を含む)が指定された。「83JIS」などと呼ばれる。1987年に「JIS X 0208」と改称され、1990年には細かい例示字形変更と2字の追加が行われた。以降、1997年と2010年にもJIS X 0208の細かい改定が行われたが、これは直接「文字集合」の変更をするものではなかった。(以上の内容についてはJIS X 0208に詳しい)

83JISへの移行によって、300字近くもの例示字形が変更された。78JIS準拠の機器で作成された文書が、83JIS移行のJIS準拠の機器で字体が変わってしまうといった問題が指摘された。特に問題とされたのは伝統的字体(いわゆる康熙字典体)から簡略字体に変更されたものであった。78JISで「鷗、蠟」と示された文字が「鴎、蝋」となり、前者の字形は83JIS以降のJIS X 0208の範囲では事実上扱えなくなった。檜と桧、藪と薮など22組の符号位置が交換された。

JISの文字集合では、「包摂」の考え方によって新旧の字体を区別せず、一つの文字として扱っているものがあり、両者を区別したい場合にも区別できないという問題がある。その一方、「剣」「劒」「劍」や「鉄」「鐵」「銕」「鐡」のように、異体字にそれぞれ割り当てられている字もある。

表外漢字字体表[編集]

1980年代半ば以降、かな漢字変換を実現したワードプロセッサやコンピュータといった情報機器の普及は、それまで専ら手書きに頼っていた日本語の記述に大きな変化をもたらした。手書きと違って情報機器の漢字変換機能においては画数の少ない漢字も多い漢字も、記す手間は同じであり、使用者がその文字を知っていれば使えるようになった。例えば「驚愕」「愕然」「吃驚」「仰天」「びっくり」のいずれも、情報機器で記す手間は手書きほどの違いはない。それにより、常用漢字外の漢字の使用環境が改善され、それまで減少の一途をたどっていた漢字の使用率が、平衡、あるいは増加に転じるようになった。

常用漢字表に示される簡略化された字体を、常用漢字表外の漢字に適用するかどうか、国語審議会答申の常用漢字表前文では「当面、特定の方向を示さず、各分野における慎重な検討にまつこととした」とし、「国語審議会としての判断を保留」した。前述の「83JIS」は簡略字体を常用漢字表外の漢字へと拡張しており(拡張新字体)、一般の書籍における漢字字体と情報機器の出力字体との間で乖離を生んでいた。また一部には「83JIS」の字体を積極的に採用する動きも出版界にあり、常用漢字表外の漢字字体に混乱が生じているとして、国語審議会が「字体選択のよりどころ」として一定の方針を示すことになったのが、「表外漢字字体表」(2000年12月最終答申)[1]である。

表外漢字字体表では実際の印刷物に使われている表外漢字を調査し、その結果、表外漢字の代表的なものとして1022字を挙げ、それらについておおむねいわゆる康熙字典体に準じた「印刷標準字体」を示した。うち、22字については俗字体・略字体等を「簡易慣用字体」とし、示偏食偏之繞(しんにょう)の略字体(礻・飠・)を許容字体とした(3部首許容)が、常用漢字表外の漢字については、伝統的な字体(𩙿)を本則とする方針が示された。

表外漢字字体表では常用漢字のほかに2000年時点での人名用漢字についても対象外となっており、その時点の人名用漢字別表の字体を標準とすることになっている。また、1990年に人名用漢字に追加された「(つくりの者に点がない)曙」や「(1点しんにょう〈〉の)蓮」についても同じ理由でそのままの字体が標準となり、「(つくりの者に点がある)」や「(2点しんにょう〈〉の)」は標準とはなっていない。これらの漢字は2004年JIS X 0213改正でもそのままになっている。一方、2004年に人名用漢字に追加された「」や「」は表外漢字字体表の対象となっている漢字なので、それぞれつくりが者の中に点があるものと2点しんにょうのものが印刷標準字体となっており、2004年のJIS X 0213改正でも例示字形が印刷標準字体に整合するように改正されている。字体を検討する上で注意を要する。

かつて新聞各社は漢字制限に積極的であったが、表外漢字字体表と前後して、新聞用語懇談会において交ぜ書きの減少が検討された。その後刊行された『記者ハンドブック 新聞用字用語集』では使用する漢字が増やされる傾向にあり、それまで交ぜ書きにされていた「危(きぐ)」、「起」、「福」などが漢字書きされるようになっている。ルビを復活させた新聞もあり、漢字の使用が増える傾向が全体的に見られる。この傾向は新聞以外のマスメディアでも同様であり、NHKでも『NHK新用字用語辞典』において、交ぜ書きを減らしている。

JIS X 0213:2004[編集]

表外漢字字体表は一部においてJIS漢字の例示字形とはなはだしい異同があったが、2004年にJIS X 0213が改正され、例示字形を表外漢字字体表に整合させた。これによりコンピュータについても、印刷標準字体に沿った字形を標準とする環境に移行しつつある。

2007年には各種オペレーティングシステムで使われるフォントが相次いでJIS X 0213:2004例示字形に対応した。マイクロソフトが発売したWindows Vistaでは、標準搭載日本語フォント(メイリオMS ゴシックMS 明朝)の字形をJIS X 0213:2004の例示字形とした。Vistaと後継のWindows 7には、旧来の字形を採用した「JIS90 互換 MS ゴシック・明朝フォントパッケージ」が用意されている。アップルは、Mac OS X v10.5発売に際して、JIS X 0213:2004の例示字形を標準とした日本語フォントヒラギノ ProN/StdNを新たに追加した。引き続き従来のヒラギノ Pro/Stdも附属する。情報処理推進機構は、無償公開しているIPAフォントの字形をVer.2からJIS X 0213:2004準拠とした。IPAフォントはLinuxなどオープンソースソフトウェアを含めプラットフォームを問わず誰でも無償で利用できる公共フォントと位置付けられている。

2004年の人名漢字追加[編集]

上記、JIS X 0213:2004の改正と前後して、法務省が2004年に行った人名用漢字の変更(追加等)もおおむね印刷標準字体によって行われた(「芦」「阪」「堺」など例外もある)。

2010年の常用漢字改定[編集]

上記述べてきたさまざまな問題を解決することも目的として、2010年に常用漢字が改定された。特徴としては、漢字の廃止や節減という動きと決別するように多くの漢字が追加されたこと、実際には初等教育から読み書きする必要があるにもかかわらずこれまで含まれていなかった都道府県名などに使われる漢字や、代名詞などで幅広く使われていた漢字、一般名詞で多く使われている漢字を追加したこと、前述の交ぜ書きを防ぐための漢字も追加したことが挙げられる。字形については、前述の表外漢字字体表の字形を参照し、JIS X 0213:2004の例示字形に合わせた文字を追加した。

主な政策論議の歴史[編集]

日本語の表記法として漢字を用いることの是非は、少なくとも幕末以来たびたび議論の対象となってきた。従来は、以下のような根拠によって、漢字の使用が批判されてきた。(漢字廃止論も参照)

  • 漢字は数が多く、読み方、書き方とも覚えることが容易ではない。
  • 国際的によく使われる文字はラテン文字であり、漢字を使用すれば世界から取り残されることになる。タイプライター、コンピュータの出現によって、機械化の観点からも批判が行われるようになった。
  • コンピュータなどでは、数が多い漢字の処理に時間がかかる。
  • 仮名のみ、ローマ字のみによる文書作成に比べて、漢字仮名交じり文による文書作成は、いわゆる「かな漢字変換」作業を必要とするため、非効率である。

そして、政策によって使用する漢字を削減したり、あるいは漢字を全廃することは国益にかなうという主張が生じた。

漢字廃止論の先駆けとしてしばしば言及されるのが、1866年慶応2年)、前島来輔(密)が、時の将軍徳川慶喜に提出した「漢字御廃止之議」と呼ばれる報告、提言(建白書)である。漢字の習得は非効率であるため漢字を廃止すべきである、との議論であった。なおこの建白書の存在をめぐっては、否定的にみる見解や指摘が示され、その再検討を試みたものに阿久澤佳之『前島来輔『漢字御廃止之議』の成立問題』がある(阿久澤論文の要旨については近代語研究会編『日本近代語研究5 近代語研究会25周年記念』〈ひつじ書房、2009年10月〉に、阿久澤佳之「前島来輔『漢字御廃止之議』の成立問題」〈37ページから54ページ〉として収録されている)。

ほかに、次のような論者が知られている。

関連団体とその活動[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「本」のように、”迹”から”跡”に書き換えるものもある。
  2. ^ 似たような同音異義語に更がある。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]