新島 (鹿児島県)

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新島(燃島)
桜島より撮影
座標 北緯31度37分3.58秒
東経130度43分24.1秒
面積 0.1 km²
海岸線長 1.45 km
最高標高 43 m
所在海域 鹿児島湾
所属国・地域 日本鹿児島県
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新島と行政連絡船で結ばれる浦之前港と遠くに見える新島

新島(しんじま)とは、鹿児島湾の奥、桜島の北東約1.5kmの位置にあるである。燃島(もえじま)とも呼ばれる。古くは安永島祝島とも呼ばれていた。南北750メートル、東西400メートル、面積約0.1km2。2013年8月以降の定住者は無く[1]、2016年10月1日現在では人口0人、世帯数0世帯(住民基本台帳人口[2])となっている。

概要[編集]

全域が鹿児島県鹿児島市新島町の区域である。新島・新島港と桜島・浦之前港との間を行政連絡船「しんじま丸」が1日3往復・週3日運航されている[3](2014年1月時点では1日2往復・週5日であった[4])。住民は鹿児島湾の豊富な水産資源を生かし、漁業(養殖なども)で生計を立てている。かつてはサトウキビなどの栽培も行われていた。

植生は、クロマツダンチクススキなどが多く見られ、集落内にはアコウの群落がある。新島で最初に発見された植物としてモエジマシダがある[5]

地質は表層から新島シラス層・燃島貝層・燃島シラス層・燃島シルト層から成り、海面下には溶岩が冷えて固まった安山岩が認められる。燃島貝層と呼ばれる貝殻を含む地層は周囲の海岸や断崖に白い帯となって分布しており、かつて浅い海であったことを示している。

当島には鹿児島県設置の地震計がある。2011年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)では、離島以外で震源から一番遠い有感観測点となった。

形成と侵食[編集]

新島は桜島安永噴火の際に海底が隆起してできた。1780年(安永9年4月1日)、鹿児島湾海上に岩が出現し、4月8日には島となった。4月15日には同様に出現した島と一つになり東の砂島となった。一方、5月17日には海上に別の岩が出現し6月5日に島となった。この島も6月11日に別の島と一つになり西の砂島となった。7月17日から18日にかけて両島の間にさらに別の島が出現し、東の砂島と西の砂島をつなぐ形で一つの大きな島すなわち新島となった。

1781年(天明元年3月18日)に島の西側で噴火があった。1785年(天明5年)の地図によると当時の新島は現在の数倍の面積があり、南、北西、北東に岬を配する三角形を呈していた。南端の岬はスサキ、北東端の岬はカンノスと呼ばれ、カンノスの南側に入り江を挟んでシモンスと呼ばれる岬があった。カンノスとシモンスは1786年(天明6年7月16日)に襲来した台風のために消失している。

形成直後の新島は周囲1里(約4000メートル)以上あったと記録されているが、1785年(天明5年)の薩摩藩による調査では2264メートル、1810年(文化7年)の伊能忠敬による測量では2157メートル、1961年(昭和36年)の調査では1450メートルと縮小している。これは主として波による侵食を受けたためである。特に1945年(昭和20年)以降相次いだ台風の襲来や冬期の季節風によって侵食が進み建物が失われるなどの被害が深刻化した。このため1966年(昭和41年)から離島振興法の適用を受け海岸に護岸工事が施された。

歴史[編集]

2004年時点の桜島赤水町の区域。新島は地図上の右上に位置しており、赤水の集落は桜島南部に位置する。
  • 1779年 桜島火山の桜島安永噴火に伴い周辺の硫黄島、中ノ島、猪ノ子島と共に海面上に隆起[6]
  • 1800年(寛政12年)に新島に桜島の赤水村と黒神村から24名が移住し、以降赤水村に属した。町村制施行後は桜島の西側にあたる西桜島村(後の桜島町大字赤水の一部(字新島)に
  • 2004年 桜島町が鹿児島市に編入された際には桜島赤水町の一部となった。
  • 2006年2月13日に桜島赤水町の一部より分割され、新島の島域に鹿児島市の町名「新島町」が設置された[7][8]

町域の変遷[編集]

分割後 分割年月日 分割前
新島町 2006年2月13日 桜島赤水町の一部

無人島化[編集]

1951年には約250人が居住していた新島だが、1972年には桜峰小学校の分校が閉校、平成17年国勢調査(2005年10月1日現在)においては5人にまで減少した。そのうち3人は高齢者、すなわち高齢化率は60パーセントでいわゆる限界集落であった[9]。2011年には将来的に無人島化する可能性があることが南日本新聞により報道されており[9]、2013年8月までに全住民が島外へ移住したことにより、新島の定住者はゼロとなった[1](※住民基本台帳人口がゼロとなったのは2014年12月以降[10]である)。なお、行政連絡船の運航は2016年時点でも行われている[3]

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校の学区(校区)は以下の通りである[11]

町丁 番・番地 小学校 中学校
新島町 全域 鹿児島市立桜峰小学校 鹿児島市立桜島中学校

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「新島の定住者ゼロ 鹿児島湾内で唯一「有人島」でしたが…」『南日本新聞』2014年8月13日25面。
  2. ^ 年齢(5歳階級)別・町丁別住民基本台帳人口(平成27~28年) - 鹿児島市 2016年11月6日閲覧。
  3. ^ a b 桜島(浦之前港)~新島(新島港)間の行政連絡船 鹿児島市 更新日:2016年9月7日。同年11月6日閲覧。
  4. ^ 「230年前鹿児島湾に海底隆起で出現 新島を歩く」『南日本新聞』2014年1月1日第1部9面。
  5. ^ 桜島町郷土誌編さん委員会編 『桜島町郷土誌』 横山金盛(桜島町長)、1988年
  6. ^ 吉永佑一、原口強、遠田晋次、横田修一郎、火山体周辺に見られる隆起帯および 火山性活断層の形成過程 ―鹿児島県新島を例にして―活断層研究 Vol.2009 (2009) No.31 p.11-18
  7. ^ 平成17年鹿児島県告示第1871号(町の区域の設定及び変更)
  8. ^ かごしま市民のひろば2005年 (平成17年12月号) 第463号 (PDF) p.4 - 鹿児島市(鹿児島市公報デジタルアーカイブ) 2012年4月16日閲覧。
  9. ^ a b 「新島、無人化の恐れ 県内離島の人口減止まらず」『南日本新聞』2011年5月20日1面。
  10. ^ 外部リンク(鹿児島市公式サイト)の回答を参照。
  11. ^ 小・中学校の校区表”. 鹿児島市役所. 2010年7月29日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年8月31日閲覧。

参考文献[編集]

  • 桑代勲 「姶良カルデラの研究(2)新島の誕生・地形と地質・海岸浸食」 『知覧文化第7号』 1970年
  • 橋村健一 『かごしま文庫13 桜島大噴火』 春苑堂出版、1994年、ISBN 4-915093-19-0

外部リンク[編集]