坂元町 (鹿児島市)

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坂元町
—  町丁  —
坂元町の位置(鹿児島県内)
坂元町
坂元町
座標: 北緯31度37分28.6秒 東経130度33分6.8秒 / 北緯31.624611度 東経130.551889度 / 31.624611; 130.551889
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 鹿児島市
地域 中央地域
地区 上町地区
人口 (2010年(平成22年)2月末現在)
 - 計 3,887人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 892-0862

坂元町(さかもとちよう Sakamoto-Chō)は、鹿児島県鹿児島市町名。旧鹿児島郡鹿児島近在坂元村、鹿児島郡吉野村大字吉野の一部。坂元町の一部で住居表示を実施している[1]郵便番号は892-0862。人口は3,887人、世帯数は1,519世帯(2009年9月末現在)[2]

地理[編集]

鹿児島市北部、稲荷川中流域に位置している。町域の北方に東坂元、南方に下竜尾町池之上町、西方に玉里団地若葉町、東方に東坂元、飛び地との間に下伊敷町が接している。

北方と南方の飛び地で形成されている。北方の南部には県警察学校の跡地が所在している。また、町域の中央部を鹿児島県道25号鹿児島蒲生線が南北に通っており、坂元住宅入口交差点で鹿児島県道208号坂元伊敷線が北西方向に分岐している。

歴史[編集]

坂元の成立[編集]

坂元(坂本)という地名は室町期より見え、薩摩国鹿児島郡のうちであった。寛正6年の「鹿児島諏訪社祭次第」には「三番 丁亥年 坂本 谷山之福本」とあり、坂本という地名はこのころより見える[3]

近世の坂元と吉野村への編入分離[編集]

江戸期には薩摩国鹿児島郡鹿児島近在のうちであり、坂本村とも坂元村とも書かれていた。村高は「天保郷帳」では2,534石余、「旧高旧領」では948石余であった。

安永2年に島津重豪が地内に藩校造士館と武芸稽古場を設置した。明治3年に下田村を編入し(その後1881年に再び下田村として分立)、明治初期に一部を稲荷馬場町(現在の稲荷町)、春日小路町(現在の春日町)、清水馬場町(現在の清水町)に分割した。

1889年(明治22年)には町村制が施行されたのに伴い、坂元村の区域は吉野村大字吉野のうちとなった[3]

鹿児島市編入に伴う吉野からの分割以降[編集]

1920年(大正9年)に吉野村が鹿児島市に編入されたのに伴い、吉野から藩政村の坂元村の区域が分割され鹿児島市の町名「坂元町」として独立した[4]

1978年(昭和53年)に一部が玉里団地一丁目から玉里団地三丁目の一部となり[3]1983年(昭和58年)に一部が東坂元一丁目、東坂元二丁目及び西坂元町となり、1985年(昭和60年)には坂元町の一部で住居表示が実施された[5]1992年(平成4年)には一部が東坂元三丁目及び東坂元四丁目となった[1]

町(村)域の変遷[編集]

実施後 実施年 実施前
藩政村時代
鹿児島郡坂元村の一部 明治3年 鹿児島郡下田村の全域
稲荷馬場町 明治初期頃 鹿児島郡坂元村
春日小路町
清水馬場町
鹿児島郡下田村(再分立) 1881年明治14年) 鹿児島郡坂元村の一部
町村制施行以降
吉野村大字吉野の一部 1889年明治22年) 鹿児島郡坂元村(藩政村)の全域
大字吉野の一部(1889年~1920年)
鹿児島市坂元町 1920年(大正9年) 吉野村大字吉野の一部
玉里団地一丁目から三丁目の一部 1978年(昭和53年) 坂元町の一部
東坂元一丁目、東坂元二丁目、西坂元町 1983年(昭和58年) 坂元町の一部
東坂元三丁目、東坂元四丁目 1992年(平成4年) 坂元町の一部
坂元町の一部 1994年平成6年) 東坂元二丁目の一部

施設[編集]

郵便局
  • 鹿児島坂元郵便局

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[6]

町丁 番・番地 小学校 中学校
坂元町 774~ 782、 803、(805)、
1256~1270、1277~1284、
1286~1299、 1301~1304、
1327 実方
鹿児島市立清水小学校 鹿児島市立清水中学校
坂元町 1~74 住居表示地区 鹿児島市立坂元台小学校 鹿児島市立坂元中学校
坂元町 805・その他 鹿児島市立大龍小学校 鹿児島市立清水中学校

交通[編集]

道路[編集]

県道

脚注[編集]

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  1. ^ a b 都市計画関連事業 5 住居表示 - 鹿児島市HP 2010年9月25日閲覧。
  2. ^ 統計情報 - 鹿児島市ホームページ。
  3. ^ a b c 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.304
  4. ^ 鹿兒島市内大字名廢止町名改稱竝ニ區域變更(昭和9年鹿児島県告示第334号、Wikisource-logo.svg 原文
  5. ^ かごしま市民のひろば1985年 (昭和60年7月号) 第218号 (PDF) - 鹿児島市(鹿児島市広報デジタルアーカイブ) 2012年4月13日閲覧。
  6. ^ 小・中学校の校区表”. 鹿児島市役所. 2010年6月9日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度37分28.6秒 東経130度33分6.8秒