泉町 (鹿児島市)

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泉町
—  町丁  —
泉町に所在する十島村役場本庁舎
泉町の位置(鹿児島県内)
泉町
泉町
座標: 北緯31度35分38秒 東経130度33分35.9秒 / 北緯31.59389度 東経130.559972度 / 31.59389; 130.559972
日本の旗 日本
都道府県 鹿児島県の旗 鹿児島県
市町村 Flag of Kagoshima, Kagoshima.svg 鹿児島市
地域 中央地域
地区 中央地区
人口 (2010年(平成22年)2月末現在)
 - 計 676人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 892-0822
泉公園内にある五代友厚

泉町(いずみちょう Izumi-Chō)は、鹿児島県鹿児島市町名。旧鹿児島城下下町泉町、鹿児島府下下町泉町。また、泉町は「和泉町」とも書かれる。郵便番号は892-0822。人口は676人、世帯数は300世帯(2010年2月末現在)[1]。泉町の全域で住居表示を実施している。

地理[編集]

鹿児島市中央部に所在する。町域の北方に名山町、南方に堀江町、西方に金生町、東方に本港新町がそれぞれ隣接している。町域の北端に国道58号、南端にマイアミ通り、東端に鹿児島県道214号鹿児島港線がそれぞれ通っている。

また、町内には十島村役場本庁舎(日本でも数少ない自治体の区域外に所在する町村役場の一つ)が所在している。

地内にある泉公園には坂上政克が制作した五代友厚像がある[2]

歴史[編集]

元禄年間に白地区の海岸に新築された、新築地と称される埋立地のうちの城下町西部の下町に成立した。江戸期は鹿児島城下下町のうちであった。

1889年(明治22年)に市制が施行されたのに伴い鹿児島城下47町及び近在3村の区域より鹿児島市が成立し、江戸期からの泉町は鹿児島市の町名「泉町」となった。1956年(昭和31年)に1908年4月1日島嶼町村制が施行され、それまで中之島に役場を置いていた十島村役場が村域外の町域内に移転した[3]1965年(昭和40年)には汐見町の全域及び生産町の一部を泉町に編入した[4]

町域の変遷[編集]

実施後 実施年 実施前
泉町の一部 1965年昭和40年) 汐見町の全域
生産町の一部

人口の変遷[編集]

統計年次〔年〕 世帯数〔世帯〕 総人口〔人〕 出典
明治20年代 171
-
[4]
1908(明治41年) 152 679 [4]
1922(大正11年) 139 898 [4]
1935(昭和10年) 139 878 [4]

施設[編集]

鹿児島相互信用金庫本店の外観
公共
金融
商業

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[5]

町丁 番・番地 小学校 中学校
泉町 全域 鹿児島市立名山小学校 鹿児島市立長田中学校

交通[編集]

道路[編集]

国道
県道
市道
  • マイアミ通り

脚注[編集]

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  1. ^ 統計情報 - 鹿児島市ホームページ。
  2. ^ 五代厚友銅像 鹿児島市HP 2010年11月22日閲覧。
  3. ^ 十島村略年表(十島村役場)
  4. ^ a b c d e 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.101
  5. ^ 小・中学校の校区表”. 鹿児島市役所. 2010年7月1日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度35分38秒 東経130度33分35.9秒