男木島

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男木島
男木島.jpg
男木島の航空写真。国土交通省 「国土画像情報(カラー空中写真)」を基に作成。
座標 北緯34度25分42.2566秒 東経134度3分39.6547秒 / 北緯34.428404611度 東経134.061015194度 / 34.428404611; 134.061015194座標: 北緯34度25分42.2566秒 東経134度3分39.6547秒 / 北緯34.428404611度 東経134.061015194度 / 34.428404611; 134.061015194
面積 1.34[1] km²
海岸線長 7.29[2] km
最高標高 212.8 m
最高峰 コミ山
所在海域 瀬戸内海備讃瀬戸
所属諸島 直島諸島
所属国・地域 日本の旗 日本香川県高松市
地図
男木島の位置(香川県内)
男木島
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男木町
おぎちょう
日章旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 香川県
自治体 高松市
郵便番号 760-0091
世帯数
96世帯
総人口
111
住民基本台帳人口、2017年6月1日)
高松市役所男木出張所
所在地 〒760-0091
香川県高松市男木町字大井134番地
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男木島(おぎじま、おぎしま[注 1])は瀬戸内海中部の備讃瀬戸に位置する、面積1.34km2の島である。人口は2017年6月1日現在で111人[6]。世帯数は2010年10月1日現在で96世帯[2]。行政上は香川県高松市男木町に属する。隣島である女木島とは、雌雄島(しゆうじま)の関係にある[7]

地理[編集]

沖から見る男木島の集落

高松港北方10.1キロメートル、フェリーで約40分の地点に位置しており、「加茂ヶ瀬戸(かもがせと)」と呼ばれる瀬戸を挟み、夫婦島である女木島と接している[8][9][10][注 2]。島の最高峰はコミ山で、標高は212.8メートルである。また、島中央部のピークはズッコノ山と呼ばれ、標高は185メートルである。

温暖、小雨の典型的な瀬戸内式気候であり、冬期の積雪はほとんど見られない[8]クロマツ林、クロマツ混合林でおおわれ、鳥類が多く、各種海浜植物の群落もある[11]。島内には平坦地が少ないことから、急勾配の傾斜地に堅牢な石垣を積むことで宅地が造られており、こうして作られた路地空間には独特の風情が感じられる[12][12]。地学者の金尾宗平はこの景観を「奇景」であると評している[13]

地質[編集]

タンク岩と岩海
ジイの穴

花崗岩上に凝灰角礫岩をはさみ、讃岐岩玄武岩を載せる開析された円錐型の溶岩台地であり、島の背梁北端の標高約180メートルの地点には讃岐岩質玄武岩の柱状節理と、その崩壊物からなる岩海がある[14][15]。岩海のほぼ中央からは長さ4メートル、横3メートル前後の、戦車のような形をしていることから「タンク岩」と呼ばれる柱状節理が突出している。玄武岩の柱状節理という地形は香川県内ではまれであるため、「男木島の柱状節理及び岩海」は1976年(昭和51年)に市指定の天然記念物に認定された[14][15]

コミ山西斜面にある展望台の上方斜面にあるジイの穴は、玄武岩質火山礫凝灰岩を採掘した跡であるとされる[14]。坑口の崖では火山礫凝灰岩が讃岐岩質玄武岩に覆われているが、この讃岐岩質玄武岩の基底は角礫状に破砕されており、これは溶岩流基底のクリンカー(破砕部)に相当するものである[14]。また、火山礫凝灰岩は黄褐色になっており、長期間陸上で風化したことを示している[14]。ジイの穴は、桃太郎伝説において鬼の副大将が逃げ込んだ場所だといわれている[16] 。洞窟の奥には湧水が湧いており、飲むと不老長寿になるという言い伝えがある[16]

歴史[編集]

鎌倉時代には四国本土の豪族、香西氏の領地であった。室町時代の末から江戸時代の初期は香西氏の一族、直島の高原氏が所有していたが、1672年(寛文12年)に幕府の直轄地(天領)となった[7]

天領の時代は直島・男木島・女木島を「直島三か島」と称し、備中松山藩預地倉敷代官所支配・大坂城代支配・高松藩預地など、たびたび支配者が変わるが、幕末は備中倉敷代官の支配下にあった。明治維新後の廃藩置県(1872年・明治4年)で、香川県香川郡へ編入された[7]

島名の由来[編集]

男木島と女木島を男女に見立て、名付けられたものであると考えられている。「ギ」は、木の多い「木島」、防御地の「城島」との説がある[17]源平合戦屋島の戦いで、那須与一が射た扇が流れ着いたことから「おぎ(おおぎ)」という島名がつけられたとする伝承も存在する[16]

沿革[編集]

  • 1890年(明治23年) - 自然村の男木島と女木島が町村制を施行し、行政村の香川県香川郡雌雄島村が成立。雌雄島村大字男木島になる。
  • 1895年(明治28年) - 男木島灯台が点灯、供用開始となる。
  • 1956年(昭和31年) - 雌雄島村は高松市に合併する。男木島は、高松市男木町となる。男木出張所が開所し、小・中学校も市立に改称する。
  • 1957年(昭和32年) - 離島振興法の指定を受ける。                                 
  • 1960年(昭和35年) - 四国電力の電力供給で点灯する。
  • 1976年(昭和51年) - 簡易水道が完成し、給水船による水輸送を開始する。
  • 1976年(昭和51年) - 日本電信電話公社のダイヤル電話が即時通話となる。
  • 1990年(平成2年) - 大井海岸に海水浴施設が完成する。
  • 1991年(平成3年) - 浦の浜に男木漁港が完成する。
  • 1997年(平成9年) - 海底移水管が完成し、本土と水道網が直結する。
  • 2003年(平成15年) - 男木島遊歩道が完成する。
  • 2010年(平成22年)7月19日~10月31日 - 「瀬戸内国際芸術祭 2010」が開催された[18]。男木島の来場者数は96.503人[19]
  • 2013年(平成25年)春・夏・秋 - 「瀬戸内国際芸術祭 2013」が開催された[20]。男木島の来場者数は49.712人[21]
  • 2016年(平成28年)春・夏・秋 - 「瀬戸内国際芸術祭 2016」を開催中[22]

瀬戸内国際芸術祭[編集]

現代美術の祭典、第一回瀬戸内国際芸術祭は、2010年7月19日から同年10月31日までの105日間、高松港周辺と男木島や女木島直島豊島小豆島大島犬島を舞台に行われた。人口約200人の過疎の小島に空前の方々が訪れ、島内は鑑賞者で賑わった[23]。下部のギャラリーは、「瀬戸内国際芸術祭 2013」の終了後の、過去開催の恒久作品の一部である。

人口の推移[編集]

2000年 299人
2001年 288人
2002年 282人
2003年 273人
2004年 262人
2005年 236人
2006年 228人
2007年 220人
2008年 209人
2009年 210人
2010年 202人
2011年 195人
2012年 190人
2013年 180人
2014年 187人
2015年 181人
高松市 / 登録人口10月1日時点)

生活[編集]

男木島の島民

昔から男木島の島民性は開放的なことで知られており、「島」という語感から連想されがちな閉鎖性とは逆に、島に来た人を歓迎する気質が強いとされる[24]。また、男木島は小さな島であり、利用できる生活資源が限られていることから島民の相互扶助の意識や一体感は強く、社会学者の中島正博は「男木島の島民は全体としていわば「大きな家族」のようなものである」と記している[24]。また中島は、男木島の島民がお互いを苗字ではなく名前で呼び合うため、知り合いでも姓を知らないことがある、ということにも注目している[24]

教育[編集]

市立の小・中学校に通学する場合は、高松市立男木小学校および男木中学校の学区となる[25]。男木小学校、男木中学校は1884年(明治17年)に設立された男木弘文小学校を前身としており、1941年(昭和16年)度には186名もの児童が在籍していたものの、島の過疎化のため、2008年(平成20年)には小学校、2011年(平成23年)には中学校がそれぞれ休校となった[26]

しかし2013年(平成25年)の瀬戸内国際芸術祭を機にUターン者や移住者が増えはじめ、同年秋には未就学児から中学1年生までの子ども11人のいる4世帯が小中学校の再開を求める署名活動を始めた[27]。結果、881名の署名と学校再開の要望書が提出され、翌年から小中学校が再開されることが決定された[27]。このことによって男木島小中学校は6年ぶりに、小学生4人、中学生2人ののべ6人を生徒として迎えることとなった[27]。従来の校舎は耐震性が不十分であったため生徒らは2年間、港近くの仮設校舎で授業を受けてきたが、2016年4月8日には鉄骨2階建ての新校舎が落成、同年5月6日には保育所も再開された[28][29]。2016年度現在、男木小学校、男木中学校にはそれぞれ4人の生徒が在籍している[30][31]

医療・福祉[編集]

国民健康保険診療所が設置されており、医師1人、看護師3人が週4回、診療に当たっているが、高度又は専門的な医療が必要な場合は、陸地部の病院で診療を受ける必要がある[32]

また高松市では、離島部からの傷病者輸送に備え、2010年(平成22年)度より救急艇「せとのあかり」が運用されており、運用開始後1年間で男木島および女木島の傷病者、のべ36人の搬送に活用された[33][32]。また、両島での地域保健活動については、地区担当保健師と保健委員会が協働して、健康相談や訪問指導等の各保健事業を実施している[32]

男木島及び女木島の2012度時点における介護保険要介護認定者数は59人で、要介護認定率は25.21%と、高松市全体の認定率21.35%を上回っている[34]。そのため両島では、島民が介護サービスを支障なく受けられるように旅客運賃等の助成が行われている[34]。介護保険サービス事業者の指定については、介護保険法に基づく人員、設備等の基準を満たす必要があるが、男木島のような離島ではそのようなサービスを確保することが著しく困難であるため、高松市の判断によって通所介護・短期入所生活介護事業所が相当サービス事業者として指定されている[34]

交通[編集]

男木港

男木島の道路は概して幅員が狭く、急坂であるため、車両の通行が一部に限られている[35]。それゆえ島内の移動は主に徒歩または原付バイクでなされ、さらには乳母車や改造耕運機の使用もみられる[36]。買出しや荷物の運搬、高台の憩いの場や災害時の港の近くの避難場所までを徒歩で移動しなければいけない現在の状況は、高齢化の進む男木島では問題であるとされる[36]

島の西南部には、高松市の管理する港湾である男木港が存在している[37]。民間事業者である雌雄島海運が男木島・女木島・高松間を結ぶフェリーを運行しており、通年で往航・復航ともに1日6便の運航回数が確保されている[38]

男木港は島の玄関港としての役割を果たすとともに、島内で営まれる消費、生産等諸活動に要する物資の取扱港及び、小型船舶の避難港として重要な役割を果たしている[37]。同港は1928年(昭和3年)までにはほぼ現在の形に整備されたが、1951年(昭和26年)、1954年(昭和29年)の台風により大半の施設が被災し、1956年(昭和31年)までその復旧が行われたほか、現在も随時、局部的な改修工事が行われている[37]

施設[編集]

男木交流館

公民館生涯学習の場として整備されていたが、2006年(平成18年)度にはコミュニティセンターとなった[39]。地域住民によるまちづくり活動、生涯学習及び地域福祉の推進など諸活動の場となっている[39]。施設の維持管理等の業務は、各地域のコミュニティ協議会が指定管理者としての選定を受け、自主的に管理運営を行っている[39]。また、2010年(平成22年)度の芸術祭の開催に合わせて男木港に整備した男木交流館は、建物自体が芸術作品であり、芸術祭の主要なアート作品の一つとして来島者やアーティストと島民の交流の場となるとともに、島の新たなシンボルとして、地域の活性化や観光振興に寄与している。

また、2016年(平成28年)2月14日には移住者のひとりであるウェブデザイナーの福井順子らによって、私設図書館である男木島図書館が開設された[40]。図書館は島内にある築80年の空き家を改修して造られたもので、1階には本棚だけではなくギャラリーも設けられた[40]。海外文学や文庫類、児童書写真集など開設時点で約3500冊が並び、蔵書の中には男木島出身の小説家の本もある[40]

その他インフラ[編集]

男木島の一部地域では民間事業者による超高速無線サービスが提供されているが、2016年現在で光ファイバー等の超高速ブロードバンド基盤の整備は行われていない[9]。ごみ処理については、平成12年からステーション方式により、容器包装リサイクル法に対応した分別収集が実施されているほか、廃棄物の再資源化および減量の取り組みのため、堆肥化容器の購入補助が行われている[41]。男木島には下水道が存在しないため、合併処理浄化槽を設置する世帯に補助を行い、浄化槽の設置を促進することによって、生活排水による水質の汚濁を防止する対策が行われている[41]し尿及び浄化槽汚泥は、収集業者が船舶などを用いて定期的に収集している[41]

産業[編集]

男木島には平野がほとんど存在しないため、農業は山裾から海に向かう急斜面に階段状につくられた畑地帯で行われる零細なものにとどまっているほか、従事者自体の高齢化も進んでいる[42]水田はごく限られた場所にしかない[43]。かつては、牛を飼育し、春秋の農繁期に「借耕牛」として高松方面に貸し出し、対価に米を得る家庭も多かった[22]

水産業については、不況や消費の減少などによる魚価の低迷、従事者の高齢化、後継者不足等の問題を抱えているが、香川県全体で取り組まれている種苗放流及び資源管理により、激減していたサワラの漁獲量が回復傾向にあるのを始め、放流事業に取り組んでいる魚種は安定して漁獲されている[42]。男木島の漁業組合である男木島漁業協同組合は、2013年(平成25年)1月に女木島漁業協同組合と合併し、東瀬戸漁業協同組合として再発足した[42]

香川県高松市男木町の職業別(大分類)就業者数(2010年)[44]
項目名 単位(人)
総数(職業) 55
管理的職業従事者 1
専門的・技術的職業従事者 3
事務従事者 2
販売従事者 7
サービス職業従事者 6
保安職業従事者 3
農林漁業従事者 20
生産工程従事者 1
輸送・機械運転従事者 2
建設・採掘従事者 1
運搬・清掃・包装等従事者 9

男木漁港[編集]

男木漁港(おぎぎょこう)は男木島東南部に位置する第1種漁港[注 3]である。1982年(昭和57年)3月12日に漁港として指定された[45]。男木島は古くから漁業の島として知られ、男木港を中心に漁業活動を行ってきたが漁船の大型化により港が狭くなってきたため、1965年(昭和40年)頃からは現在この港がある地点に桟橋を設け、漁業を行っていた[45]。1982年の漁港指定を受け、高松市の第7次、第8次漁港整備長期計画に基づき整備が行われた[45]

観光[編集]

男木島の猫

全域が瀬戸内海国立公園に指定されており、豊かな自然や美しい砂浜を活用した海水浴を目的に、日帰りレクリエーション客が数多く訪れている[46]。また男木島では、ジイの穴とタンク岩及び灯台資料館(後述)とを結ぶ遊歩道が整備されたほか、2004年(平成16年)度から地元住民を中心に 12000m2の敷地に水仙の球根を植えて水仙の島にしようとする動きが広がった[47]。この敷地は、「水仙郷」として毎年ウォーキングイベントが開催され、約300人の観光客が島を訪れている[46]

男木島は瀬戸内国際芸術祭の会場となり、芸術祭の終了後も一部の作品が展示されつづけているなど、島民が芸術文化に触れる機会が増加するとともに、島の文化が見直される機運が高まっている[47]。また、男木島では芸術祭を契機に繋がりが生まれた県内外のアーティストや、NPOなどの市民活動団体を中心とした地域との交流促進活動が行われており、島ではNPO団体が様々な交流イベントの様子をホームページで紹介しているほか、島民自らによるインターネットを活用した島外との交流を促進するなど、交流人口の拡大を図っている[46]

男木島は2013年(平成25年)に瀬戸内国際芸術祭が開催されたこと、また同年に著名な動物写真家である岩合光昭が撮影に訪れ、同島の猫たちを紹介したこときっかけに「猫の島」としての知名度が高まった[48][49]。男木島の存在は愛猫家のネットワークに瞬時に広がり、2014年(平成26年)度に訪れた観光客は約5200人と、島民の30倍近い人数に上った[49]。しかしその反面、増え続ける猫に農作物が荒らされる被害や、猫の糞尿による悪臭の苦情が相次いだほか、島に生息する猫の健康状態が目に見えて悪くなっていったことから、2016年(平成28年)5月30日から6月3日にかけ、兵庫県芦屋市を拠点とする公益財団法人、「どうぶつ基金」の主導のもと島内の猫のべ117頭に、去勢手術が施された[48][50]

文化・名勝など[編集]

男木島灯台[編集]

男木島灯台

男木島灯台(おぎじまとうだい[51]、おぎしまとうだい[52])は男木島北端部に位置する、高さ14.17メートル、御影石積みの灯台である[53]日清戦争直後の海運助成策の推進により、瀬戸内海の海上交通量が増加したことから日本政府によって建設された。総工費は当時の金額で10820円25銭2厘を要したといわれている[53]

当時の灯台の光源は石油であったから昼夜を通しての管理が必要であり、灯台完成後は、職員2名が家族とともにこの地に住み、孤立した厳しい環境下で灯台の管理を行った[51][53]。灯台は1987年(昭和62年)に無人化され、その後灯台に隣接する官舎は改築され、灯台の歴史をテーマとする資料館として再利用されている[53]

また、男木島灯台は1957年(昭和32年)に公開された木下惠介監督の映画、『喜びも悲しみも幾歳月』の舞台のひとつとしても知られている[51]

ゆかりの人物[編集]

男木島が舞台となった作品[編集]

映画
ドラマ
小説
ドキュメンタリー

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 島の読みを「おぎじま」とするか「おぎしま」とするかについては、資料によって若干の揺れが生じている。国土地理院の『地名集日本』、平凡社の『日本歴史地名大系』、日本離島センターの『日本の島事典』などでは「おぎじま」の表記が採用されているのに対し[3]海上保安庁の『しまっぷ』、大辞泉などでは「おぎしま」の表記が採用されている[4][5]ノート:男木島#「おぎしま」か「おぎじま」かも参照。
  2. ^ 金尾(1927年)では「鴨峡」および「加茂瀬戸」という表記が紹介されているほか、氏家(1967年)では「加茂の瀬戸」と表記されている。
  3. ^ 主に地元の漁業にのみ活用されている漁港のことを指す。

出典[編集]

  1. ^ 国土地理院. “平成28年全国都道府県市区町村別面積調 島面積”. 2017年6月24日閲覧。
  2. ^ a b 香川県高松市男木町 - 人口総数及び世帯総数 | 人口統計ラボ”. 2017年6月24日閲覧。
  3. ^ 国土地理院. “地名集日本”. 2017年6月24日閲覧。
  4. ^ 第六管区海上保安本部. “しまっぷ統合版”. 2017年6月24日閲覧。
  5. ^ おぎしま【男木島】の意味 - goo国語辞書”. 2017年6月24日閲覧。
  6. ^ 高松市. “登録人口(平成29年6月1日現在)”. 2017年6月24日閲覧。
  7. ^ a b c 高松市史編修室編(1964年)、675頁。
  8. ^ a b 香川県(2016年)、48頁。
  9. ^ a b 香川県(2016年)、51頁。
  10. ^ 第六管区海上保安本部. “「瀬戸内海の瀬戸について」(その2---瀬戸内海東部)”. 2017年6月25日閲覧。
  11. ^ 男木島(おぎじま)とは - コトバンク”. コトバンク. 2017年6月25日閲覧。
  12. ^ a b 藤井(2016年)、249頁。
  13. ^ 金尾(1927年)、214頁。
  14. ^ a b c d e 長谷川修一. “讃岐ジオサイト(11) 女木島と男木島”. 香川大学. 2017年6月24日閲覧。
  15. ^ a b 高松市. “男木島(おぎじま)の柱状節理(ちゅうじょうせつり)及び岩海(がんかい)”. 2017年6月25日閲覧。
  16. ^ a b c 香川県. “灯台と豊かな自然の島(男木島)|さぬき 瀬戸しまネッ島”. 2017年6月25日閲覧。
  17. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典 37 香川県』、角川書店、1985年9月、189頁。
  18. ^ 『瀬戸内国際芸術祭 2010 公式ガイドブック』、美術出版社、2010年、98・99頁。
  19. ^ 島内の基準施設、二か所の合計数。『瀬戸内国際芸術祭 2010 総括報告』、香川県、2010、10頁。
  20. ^ 『瀬戸内国際芸術祭 2013 公式ガイドブック』、美術出版社、2013年、82頁。
  21. ^ 島内の基準施設、二か所の合計数。『瀬戸内国際芸術祭 2013 総括報告』、香川県、2013年、13頁。
  22. ^ a b 北川フラム 監修 永峰美佳 他 編 『瀬戸内国際芸術祭 2016 公式ガイドブック』、現代企画室、2016年、7・103頁。
  23. ^ 93万8246人が来場/瀬戸内国際芸術祭、四国新聞、2010年11月2日閲覧。
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  51. ^ a b c 上野淳人. “総御影石造りの灯台・男木島灯台”. 一般社団法人建設コンサルタンツ協会. 2017年6月25日閲覧。
  52. ^ 航路標識管理所 『燈台要覧』 江南写真店、1904年、24頁http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/847167/51 
  53. ^ a b c d 土木学会. “男木島灯台の解説シート | 土木学会 選奨土木遺産”. 2017年6月25日閲覧。

参考資料[編集]

外部リンク[編集]