北木島

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北木島
Kitagishima-Ooura1.jpg
東岸の大浦集落
所在地 日本の旗 日本
岡山県笠岡市
所在海域 瀬戸内海
所属諸島 笠岡諸島
座標 北緯34度22分55秒 東経133度32分11秒 / 北緯34.38194度 東経133.53639度 / 34.38194; 133.53639座標: 北緯34度22分55秒 東経133度32分11秒 / 北緯34.38194度 東経133.53639度 / 34.38194; 133.53639
面積 7.49 km²
海岸線長 18.3 km
最高標高 226 m
最高峰 バックリ山
北木島の位置(岡山県内)
北木島
北木島
北木島 (岡山県)
北木島の位置(日本内)
北木島
北木島
北木島 (日本)
Project.svgプロジェクト 地形
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北木島の金風呂集落
楠海岸にあるねこ岩と重ね岩

北木島(きたぎしま)は岡山県笠岡市笠岡諸島に属する、瀬戸内海の有人笠岡港から南に約15kmの地点にある。

地勢[編集]

  • 面積:7.50 km2[1]
  • 人口:633人(2022年7月31日時点)[1]
  • 高齢化率:84.8%[1]

2019年に日本遺産に指定された笠岡諸島[2]では最大の島である。ただし、日本国内の有人島としては小さい部類に入る。島の北側に金風呂(かなふろ)と豊浦、東側に大浦の港があり、港の周辺には集落が形成されている。 島の岩盤は中生代白亜紀花崗岩[3][4]からなり、島から産出する石材北木石のブランド名で流通している。丁場と呼ぶ石切り場は良質の石を求めて地下深く掘られており、採掘をやめた丁場には水が溜まって写真(本頁下のギャラリー)のような丁場湖の景観を見せる。

丁場湖[編集]

北木島では、地表近い花崗岩は水分の影響を受け岩石中の鉄分酸化して赤みがかった錆石となっている。錆石の下には酸化されていない新鮮な花崗岩が地下深くまで続いている[5]。北木島の丁場では良質な白い花崗岩を求めて地下深くまで採掘を行い、多くの丁場で海面比マイナス数十メートルまで掘り進んだ。採掘を終えた丁場では、垂直に彫られた深い穴に水を湛えた池が残されている。

教育[編集]

令和4年10月現在、島内にある笠岡市立北木小学校の児童数は5人いる。同じく島内にある笠岡市立北木中学校は生徒数が0人のため休校中。

歴史[編集]

海の見える小高い丘の上に古墳が3箇所現存しているので、古墳時代から人が住んでいたと思われる。享徳2年1453年に書かれた、真鍋氏系図(南東にある真鍋島に由来する豪族の系図)には「柴ノ島」とあるが、戦国末期と推定される書状には「北木」と書かれており、真鍋氏の一族が住んでいた[6]。江戸時代は1619年から備後福山水野氏の領地となったが、1698年以降は幕府領となった[7]。江戸時代1834年天保郷帳では北木島の取れ高は約224とされている[8]。しかし江戸時代の検地帳では島の田畑のランクは低く、島の経済は漁業に依存していた[9]

石材の島としての北木島[編集]

北木島を含む瀬戸内海の島々は良質の花崗岩を産出している。江戸幕府豊臣氏を滅ぼした後に建造した、大阪城石垣の巨石も小豆島などから切り出した花崗岩が使われている。この大阪城の建造に際し北木島からも石垣に用いられる石材を搬出したとされる[9]。江戸時代末期の1863年には、京都異国の侵略から守るために建造された「西宮お台場砲台」の石材を供出[10]1879年には横浜正金銀行の石材を受注[11]1896年には北木島の石材を使用した日本銀行本店が竣工し、建築用石材としての北木石の名が広まる[12]1932年には靖国神社大鳥居大石灯籠の石材を積み出した[12]第二次世界大戦をはさむしばらくの期間、石材産業は一次衰退したが、戦後の復興・経済成長期には再度著しく発展した。最盛期の1957年には花崗岩を採掘する丁場の数が127箇所あった[13]

その後、中国からの安価な輸入石材に押されて石材の産出量は減少し、最盛期に127あった採石業者は2017年時点で丁場は2社に減っている[14]。 島の北木中学校に「北木石記念室」が設置されており、花崗岩の石材の見本や、かつての丁場(石切り場)で使用された機械・道具類が収蔵・展示されている。そのうち明治から昭和後期まで使われた道具類が平成26年に登録有形民俗文化財に登録された[15]。平成27年度に「北木島採石場及び採石跡地の景観と石切り文化 生活道路から見えた丁場跡」は、優れた素材・技術を活かした高い品質を持つ「かさおかブランド」として笠岡市より認定された[16]2017年4月に民間会社の採石場に、削岩などの作業風景や約70メートル下の谷底を見下ろせる展望台が設置された[注釈 1][17]

産業[編集]

島では北木石とよばれる極めて良質の花崗岩が産出し、その石を利用し大坂城福山城の石垣や明治神宮神宮橋靖国神社大鳥居などが造営されたほどの名石である。現在でも採石と漁業が主な産業である。

観光[編集]

笠岡観光協会の旅行パンフレット「またたび笠岡」に見どころが紹介されている[18]

  • 石切りの渓谷展望 - 年末年始を除く毎日12~13時の時間帯のみ展望台の見学(有料)ができるようになった。
  • 流し雛 - 旧暦3月3日に大浦の海岸で、紙雛を乗せた小舟を海に流す伝統行事。笠岡市指定重要無形民俗文化財[19]
  • 北木石記念室 - 北木中学校の一室にある。歴史を紹介しており、採石道具やパネルなどを展示している[20]

県道[編集]

ギャラリー[編集]

アクセス[編集]

 

  • 笠岡住吉港から大浦港 ※高速船 36分 大人 1430円 ※ ※各島経由 55分 大人800円 ※ 三洋汽船(注)各島経由の数便と高速船全便は楠港には寄港しません 高速船は 笠岡ー白石島ー北木島大浦港ー真鍋島本浦港を往復します
  • フェリー笠岡伏越港から豊浦港 金風呂港 約50分 大人520円(子供260円)瀬戸内クルージング金風呂丸、有限会社大福丸
    • 「住吉港」(旅客のみ)と「伏越港」(車両も可)の二つの港から乗船できる。笠岡駅-「住吉港」徒歩5分、
    • 運賃 車両5m未満 3000円 4m未満 2400円 (運転者1名の旅客運賃を含む)  往復割引有り、乗船の際船員さんにお問い合わせ下さい  
     自動二輪(750cc未満)540円+旅客運賃 原付 360円+旅客運賃
笠岡駅-「伏越港」徒歩10分

出身の人物[編集]

  • 大悟(お笑い芸人、千鳥
  • 井上理白(書道家、旧姓:小林理絵)

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 安全上の理由から観光ツアーに参加しなければ立ち入れない[17]

出典[編集]

参考文献[編集]

  • 元気ユニオンin北木 編 『ふるさと読本「北木を語る」-島と石と人の営みと』元気ユニオン in 北木、1996年。 
  • 藤井駿 編 『「岡山県の地名」日本歴史地名大系34』平凡社、1988年。ISBN 9784582490343 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]