北木島

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北木島
Kitagishima-Ooura1.jpg
東岸の大浦集落
座標 北緯34度22分55秒 東経133度32分11秒 / 北緯34.38194度 東経133.53639度 / 34.38194; 133.53639座標: 北緯34度22分55秒 東経133度32分11秒 / 北緯34.38194度 東経133.53639度 / 34.38194; 133.53639
面積 7.49 km²
海岸線長 18.3 km
最高標高 226 m
最高峰 バックリ山
所在海域 瀬戸内海
所属諸島 笠岡諸島
所属国・地域

日本の旗 日本
岡山県笠岡市

北木島の位置(岡山県内)
北木島
北木島 (岡山県)
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北木島の金風呂集落
楠海岸にあるねこ岩と重ね岩

北木島(きたぎしま)は岡山県笠岡市に属する笠岡諸島の島。笠岡港から南に約15kmの地点にある。

地勢[編集]

  • 面積:7.49 km²[1]
  • 人口:1136人(2010年3月31日現在)

日本国内では小さい島の部類に入るが、どちらも笠岡諸島の中では最大である。島の北側に金風呂(かなふろ)と豊浦、東側に大浦の港があり、港の周辺には集落が形成されている。 島の岩盤は中生代白亜紀花崗岩[2][3]からなり、島から産出する石材は北木石のブランド名で流通している。丁場と呼ぶ石切り場は良質の石を求めて地下深く掘られており、採掘をやめた丁場には水が溜まって写真のような丁場湖の景観を見せる。

歴史[編集]

海の見える小高い岡の上に古墳が3箇所現存しているので、古墳時代から人が住んでいたと思われる。享徳2年1453年に書かれた、真鍋氏系図(南東にある真鍋島に由来する豪族の系図)には「柴ノ島」とあるが、戦国末期と推定される書状には「北木」と書かれており、真鍋氏の一族が住んでいた[4]。江戸時代は1619年から備後福山水野氏の領地となったが、1698年以降幕府領となった[5]。江戸時代1834年の天保郷帳では北木島の取れ高は約224石とされている[6]。しかし江戸時代の検地帳では島の田畑のランクは低く、島の経済は漁業に依存していた[7]

石材の島としての北木島[編集]

北木島を含む瀬戸内海の島々は良質の花崗岩を産出している。江戸幕府が豊臣氏を滅ぼした後に建造した、大阪城の石垣の巨石も小豆島などから切り出した花崗岩が使われている。この大阪城の建造に際し北木島からも石垣に用いられる石材を搬出したとされる[8]。江戸時代末の1863年には、京都を異国の侵略から守るために建造された「西宮お台場砲台」の石材を供出[9]1879年には横浜正金銀行の石材を受注[10]1896年には北木島の石材を使用した日本銀行本店が竣工し、建築用石材としての北木石の名が広まる[11]1932年には靖国神社の大鳥居と大石灯籠の石材を積み出した[12]。第二次字世界大戦をはさむしばらくの期間、石材産業は一次衰退したが、戦後の復興・経済成長期には再度著しく発展した。最盛期の1957年には花崗岩を採掘する丁場の数が127箇所あった[13]

その後、安価な輸入石材におされて石材の産出量は減少し、2015年現在は帳場は2箇所に減っている。 島の北木中学校に「北木石記念室」が設置されており、花崗岩の石材の見本や、かつての丁場(石切り場)で使用された機械・道具類が収蔵・展示されている。そのうち明治から昭和後期まで使われた道具類が平成26年に登録有形民俗文化財に登録された。[14]

島内を走る県道[編集]

(ただし、本路線は北木島の北~東岸に沿って通っている路線であるために、島内一周道路にはなっていない。)

Quarry lakes(丁場湖)[編集]

北木島では、地表近い花崗岩は水分の影響を受け岩石中の鉄分が酸化して赤みがかった錆石となっている。錆石の下には酸化されていない新鮮な花崗岩が地下深くまで続いている[15]。北木島の丁場では良質な白い花崗岩を求めて地下深くまで採掘を行い、多くの丁場で海面比マイナス数十メートルまで掘り進んだ。採掘を終えた丁場では、垂直に彫られた深い穴に水を湛えた池が残され、興味ある風景となっている。このような採掘現場跡の池は英語でQuarry lakeと呼ばれている。

Quarry lakes 01[編集]

北緯34度23分26秒 東経133度31分55秒 / 北緯34.390598度 東経133.531981度 / 34.390598; 133.531981

Quarry lakes 02[編集]

北緯34度23分27秒 東経133度31分17秒 / 北緯34.390722度 東経133.521401度 / 34.390722; 133.521401

Quarry lakes 03[編集]

北緯34度23分29秒 東経133度31分58秒 / 北緯34.391355度 東経133.532731度 / 34.391355; 133.532731

Quarry lakes 04[編集]

北緯34度23分29秒 東経133度32分00秒 / 北緯34.391363度 東経133.533310度 / 34.391363; 133.533310

Quarry lakes 05[編集]

北緯34度23分10秒 東経133度32分53秒 / 北緯34.386102度 東経133.547982度 / 34.386102; 133.547982

Quarry lakes 06[編集]

北緯34度23分48秒 東経133度32分16秒 / 北緯34.396640度 東経133.537784度 / 34.396640; 133.537784

産業[編集]

島では北木石とよばれる極めて良質の花崗岩が産出し、その石を利用し大坂城福山城の石垣や明治神宮神宮橋、靖国神社の大鳥居などが造営されたほどの名石である。現在でも採石と漁業が主な産業である。

アクセス[編集]

・笠岡港〜金風呂港または、豊浦港

  • 笠岡港から最速30分、大人770円
  • フェリー笠岡伏越港 約50分 大人520円(子供260円)瀬戸内クルージング金風呂丸、有限会社大福丸、有限会社えびすフェリー(廃業)

出身の芸能人[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ 岡山県ホームページより
  2. ^ 北木を語る p81
  3. ^ 200万分の一日本地質図第5版 独立行政法人産業技術研究所 地質調査総合センター
  4. ^ 「日本歴史地名大全34」 p826
  5. ^ 「日本歴史地名大全34」 p826-827
  6. ^ 「日本歴史地名大全34」 p1011
  7. ^ 「日本歴史地名大全34」 p827
  8. ^ 「日本歴史地名大全34」 p827
  9. ^ 「北木を語る」p135
  10. ^ 「北木を語る」p136
  11. ^ 「北木を語る」p137
  12. ^ 「北木を語る」p137
  13. ^ 「北木を語る」p178
  14. ^ 岡山県ホームページ [1]
  15. ^ 「北木を語る」p152

参考文献[編集]

  •  ふるさと読本「北木を語る」-島と石と人の営みと- 1996年 元気ユニオン in 北木
  •  「岡山県の地名」日本歴史地名大系34 平凡社 1988年

外部リンク[編集]