小田郡

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岡山県小田郡の位置(緑:矢掛町 水色:後に他郡から編入した区域)

小田郡(おだぐん)は、岡山県備中国)の

人口14,261人、面積90.62km²、人口密度157人/km²。(2015年12月1日、推計人口

以下の1町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記1町のほか、下記の区域にあたる。

  • 笠岡市の大部分(大島中・西大島・西大島新田および用之江の一部を除く)
  • 井原市の一部(大江町・上稲木町・下稲木町・岩倉町および美星町明治・美星町黒忠を除く美星町各町)

歴史[編集]

当初の郡域には、現在の笠岡市全域と井原市の一部が含まれていた。郡制廃止後の地方事務所設置の際は、後月郡と合同の小田後月地方事務所が笠岡町(現・笠岡市)に置かれた。

近世以降の沿革[編集]

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。川面村は2ヶ所に所在。●は村内に寺社領が存在。(78村)
知行 村数 村名
幕府領 倉敷代官所 21村 ●笠岡村、西浜村、木之目村、吉浜村、生江浜村、大宜村、茂平村、用之江村、押撫村、園井村、馬飼村、広浜村、絵師村、富岡村、横島村、入江新田、神島内浦、神島外浦、北木島、真鍋島、白石島
旗本領 3村 宇戸谷村、烏頭村、高末村
一橋徳川家 29村 有田村、篠坂村、大江村、上稲木村、下稲木村、岩倉村、入田村、西大戸村、東大戸村、大河村、小平井村、新賀村、吉田村、今立村、走出村、三谷村、大倉村、麦草村、羽無村、三ヶ原村、高階村、平宇角村、宇角村、内田村、浅海村、●川面村、奥山田村、沖組[1]、山方組[2]
藩領 備中庭瀬藩 16村 山口村、小田村、宇内村、東水砂村、西水砂村、黒木村、三山村、宇戸村、土井村、上高末村、下高末村、矢掛村、●東三成村、●横谷村、中村、江良村
備中新見藩 2村 上組[3]、下組[4]
摂津麻田藩 2村 関戸村、川面村
備中岡山新田藩 1村 尾坂村
幕府領・藩領 旗本領・庭瀬藩 2村 小林村、里山田村
一橋徳川家領・庭瀬藩 2村 星田村、本堀村
  • 慶応4年5月16日1868年7月5日) - 幕府領が倉敷県の管轄となる。
  • 明治2年6月25日(1869年8月2日) - 岡山新田藩が改称して鴨方藩となる。
  • 明治3年(1870年) - この年までに旗本領・一橋徳川家領が倉敷県の管轄となる。
  • 明治4年
  • 明治5年6月5日1872年7月10日) - 小田県の管轄となる。
  • 明治7年(1874年)(74村)
    • 沖組・山方組が合併して甲弩村となる。
    • 羽無村・土井村・上高末村・下高末村が高末村に合併。
  • 明治8年(1875年12月20日 - 第2次府県統合により岡山県の管轄となる。
  • 明治9年(1876年) - 三谷村・麦草村・三ヶ原村・高階村・平宇角村が高末村に合併。(69村)
  • 明治11年(1878年9月29日 - 郡区町村編制法の岡山県での施行により、行政区画としての小田郡が発足。郡役所が笠岡村に設置。
  • 明治12年(1881年
    • 川面村(旧・一橋徳川家領)・川面村上組・川面村下組が合併して西川面村となる。(67村)
    • 川面村(旧・麻田藩領)が改称して東川面村となる。
  • 明治14年(1881年) - 高末村が分割し、一部(旧・三谷村)が内田村に合併、残部が上高末村・下高末村となる。(68村)

町村制以降の沿革[編集]

  • 明治22年(1889年6月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。(25村)
    • 笠岡村 ← 笠岡村、富岡村(現・笠岡市)
    • 金浦村 ← 西浜村、吉浜村、木之目村、大河村、生江浜村(現・笠岡市)
    • 城見村 ← 用之江村、茂平村、大宜村(現・笠岡市)
    • 陶山村 ← 押撫村、有田村、篠坂村、入田村(現・笠岡市)
    • 大江村(単独村制。現・井原市)
    • 稲倉村 ← 上稲木村、下稲木村、岩倉村(現・井原市)
    • 大井村 ← 東大戸村、西大戸村、小平井村(現・笠岡市)
    • 吉田村 ← 吉田村、関戸村、尾坂村(現・笠岡市)
    • 新山村 ← 新賀村、山口村(現・笠岡市)
    • 北川村 ← 甲弩村、走出村(現・笠岡市)
    • 小田村(単独村制。現・矢掛町)
    • 富成村 ← 黒木村、星田村、西水砂村(現・井原市)
    • 美山村 ← 三山村、大倉村、東水砂村(現・井原市)
    • 宇戸村 ← 宇戸谷村、烏頭村、宇戸村、上高末村[麦草](現・井原市)
    • 美川村 ← 上高末村[麦草を除く]、下高末村、宇角村、内田村(現・矢掛町)
    • 矢掛村 ← 矢掛村、小林村(現・矢掛町)
    • 三谷村 ← 東三成村、横谷村(現・矢掛町)
    • 山田村 ← 里山田村、奥山田村、中村(現・矢掛町)
    • 川面村 ← 東川面村、西川面村、宇内村(現・矢掛町)
    • 中川村 ← 本堀村、浅海村、江良村(現・矢掛町)
    • 今井村 ← 園井村、今立村、広浜村、馬飼村、絵師村(現・笠岡市)
    • 神島内村 ← 横島村、入江新田、神島内浦(現・笠岡市)
    • 神島外村 ← 神島外浦、白石島(現・笠岡市)
    • 北木島村(北木島が単独村制。現・笠岡市)
    • 真鍋島村(真鍋島が単独村制。現・笠岡市)
  • 明治23年(1890年6月5日 - 富成村が改称して堺村となる。
  • 明治24年(1891年10月23日 - 笠岡村が町制施行して笠岡町となる。(1町24村)
  • 明治29年(1896年2月26日 - 矢掛村が町制施行して矢掛町となる。(2町23村)
  • 明治33年(1900年4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治34年(1901年2月6日 - 金浦村が町制施行して金浦町となる。(3町22村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正14年(1925年6月1日 - 小田村が町制施行して小田町となる。(4町21村)
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和24年(1949年)4月1日 - 神島外村の一部(白石島)が分立して白石島村が発足。(4町22村)
  • 昭和26年(1951年)4月1日 - 今井村が笠岡町に編入。(4町21村)
  • 昭和27年(1952年
    • 4月1日(3町20村)
      • 笠岡町・金浦町が合併して笠岡市が発足し、郡より離脱。
      • 北木島村が町制施行して北木島町となる。
    • 7月1日 - 神島外村が町制施行して神島外町となる。(4町19村)
  • 昭和28年(1953年
  • 昭和29年(1954年
    • 5月1日 - 矢掛町・美川村・三谷村・山田村・川面村・中川村が合併し、改めて矢掛町が発足。(4町6村)
    • 6月1日 - 堺村・美山村・宇戸村が川上郡日里村が合併して美星町が発足。(5町3村)
  • 昭和30年(1955年)4月1日 - 神島外町・北木島町・真鍋島村・白石島村が笠岡市に編入された。(3町1村)
  • 昭和35年(1960年)4月1日 - 北川村が笠岡市に編入。(3町)
  • 昭和36年(1961年1月15日 - 小田町が矢掛町に編入。(2町)
  • 平成17年(2005年3月1日 - 美星町が井原市に編入。(1町)

変遷表[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 記載は甲怒村沖組。
  2. ^ 記載は甲怒村。
  3. ^ 記載は川面村上組。
  4. ^ 記載は川面村下組。

参考文献[編集]

関連項目[編集]