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英田郡

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岡山県英田郡の位置(緑:西粟倉村 薄黄:後に他郡に編入された区域 薄緑・水色:後に他郡から編入した区域)

英田郡(あいだぐん)は、岡山県美作国)の

人口1,468人、面積57.97km²、人口密度25.3人/km²。(2016年2月1日、推計人口

以下の1村を含む。

勝田郡と合わせた地域が勝英地方と呼ばれる場合がある。

郡域

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、美作市の一部(吉野川以東かつ栄町、楢原下、楢原中、楢原上、南海、芦河内、瀬戸、岩辺、大内谷以南)にあたる。

歴史

延宝元年(1674年)までは英多郡と表記した。中世に北部が分立して吉野郡となった。

近世以降の沿革

知行 村数 村名
幕府領 龍野藩預地 11村 平野村、三倉田村、楢原下村、別所村、平田村、荒木田村、上福原村、竹田村、土居村、白水村、角南村
藩領 上野沼田藩 51村 奥村、福本村、井口村、香合村、矢野原村、神田村、真木山村、小ぼき村[1]、小井原村、上山村、宮地村、横川村、南村、北村、横尾村、下倉敷村、海田村、尾谷村、北原村、大原村、山外野村、猪臥村、海内村、国貞村、万善村、鈴家村、田淵村、柿ヶ原村、蓮花寺村、日指村、田原村、山城村、大内谷村、豊野村、岩辺村、松脇村、鯰村、瀬戸村、芦河内村、吉田村、藤生村、南海村、峠村、川北村、川崎村、原村、楢原上村、楢原中村、山口村、友野村、下福原村
美作津山藩 3村 沢村、三海田村、倉敷村
  • 慶應4年(1868年)5月 - 龍野藩預地が鶴田藩領となる。
  • 明治4年
  • 明治5年(1872年) - 以下の村の統合が行われる。(57村)
    • 三保原村 ← 香合村、矢野原村
    • 真神村 ← 神田村、真木山村
    • 中川村 ← 小ぼき村[1]、小井原村
    • 滝宮村 ← 宮地村、横川村
    • 平福村 ← 下福原村、平野村
    • 朽木村 ← 別所村、荒木田村
    • 峠村が川北村に、沢村が楢原下村にそれぞれ合併。
  • 明治9年(1876年4月18日 - 第2次府県統合により岡山県の管轄となる。
  • 明治11年(1878年9月29日 - 郡区町村編制法の岡山県での施行により、行政区画としての英田郡が発足。郡役所が倉敷村に設置。

町村制以降の沿革

  • 明治22年(1889年6月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。全域が現・美作市。(8村)
    • 倉敷村 ← 倉敷村、三海田村、三倉田村、朽木村
    • 楢原村 ← 楢原上村、楢原中村、楢原下村、平福村
    • 江見村 ← 川崎村、川北村、原村、上福原村、山城村、田原村、日指村、鯰村、藤生村、吉田村、芦河内村、瀬戸村、大内谷村、松脇村、豊野村、岩辺村、南海村
    • 土居村 ← 土居村、竹田村、角南村、白水村、蓮花寺村
    • 豊田村 ← 北原村、友野村、山口村、山外野村、大原村、猪臥村、海内村、平田村、万善村、国貞村、柿ヶ原村、田淵村、鈴家村
    • 河会村 ← 北村、滝宮村、中川村、南村、横尾村、上山村
    • 巨勢村 ← 海田村、下倉敷村、尾谷村
    • 福本村 ← 福本村、奥村、井口村、三保原村、真神村
  • 明治23年(1890年6月17日 - 豊田村の一部(万善・国貞・柿ヶ原・田淵・鈴家)が分立して福山村となる。(9村)
  • 明治29年(1896年2月26日 - 倉敷村が町制施行して倉敷町となる。(1町8村)
  • 明治33年(1900年4月1日 - 郡制の施行により、英田郡・吉野郡の区域をもって、改めて英田郡が発足。西粟倉村現存)、東粟倉村大原村讃甘村大野村大吉村吉野村粟井村粟広村(現・美作市)が本郡の所属となる。(1町17村)
  • 大正7年(1918年)4月1日 - 倉敷町が改称して林野町となる。
  • 大正11年(1922年)10月1日 - 大原村が町制施行して大原町となる。(2町16村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和9年(1934年11月28日 - 江見村が町制施行して江見町となる。(3町15村)
  • 昭和24年(1949年8月1日 - 土居村が町制施行して土居町となる。(4町14村)
  • 昭和28年(1953年
  • 昭和29年(1954年
    • 3月25日 - 大原町・大吉村・大野村・讃甘村が合併し、改めて大原町が発足。(3町6村)
    • 7月1日 - 巨勢村の一部(尾谷)が福本村に編入。同日、残部(海田・下倉敷)が美作町に編入。(3町5村)
    • 11月1日 - 粟広村が分割し、一部(田殿)が美作町、残部(長谷内・馬形・宗掛)が勝田郡勝田町に編入。(3町4村)
  • 昭和30年(1955年2月1日 - 福本村・河会村が合併して英田町が発足。(4町2村)
  • 昭和31年(1956年)2月1日 - 勝田郡公文村が分割し、一部(下山・城田・中河内・鳥淵・青野)が英田町に、残部(阿蘇・岩見田)が美作町にそれぞれ編入。
  • 平成17年(2005年3月31日 - 大原町・東粟倉村・美作町・作東町・英田町が勝田郡勝田町と合併して美作市が発足し、郡より離脱。(1村)

変遷表

脚注

  1. ^ a b 「ぼき」は「山+川」。

参考文献