福島 (長崎県)
| 福島 | |
|---|---|
| 所在地 | 日本(長崎県) |
| 所在海域 | 伊万里湾 |
| 座標 | 北緯33度22分50秒 東経129度49分40秒 / 北緯33.38056度 東経129.82778度座標: 北緯33度22分50秒 東経129度49分40秒 / 北緯33.38056度 東経129.82778度 |
| 面積 | 16.94[1] km2 |
地理
[編集]概要
[編集]新第三紀砂岩層[2]を基盤としその上に玄武岩の溶岩台地が載る形となっており、北隣の鷹島とほぼ同じ構成であるが、鷹島に比べ台地部の平均標高が150mと高くなっている。島内の白岳南西には柱状節理がある。
歴史
[編集]江戸時代までは、岡家が庄屋として治めていた。
1889年(明治22年)4月1日の町村制施行により北松浦郡福島村として発足、1951年(昭和26年)1月21日に町制を施行し福島町となった。平成の大合併期の2006年(平成18年)1月1日に松浦市および北松浦郡鷹島町と合併し、新市制による松浦市の一部となった。
産業
[編集]福島は明治時代中期より北松炭田に属する炭鉱が多く、産炭地として栄えた。1972年(昭和47年)までにすべての炭鉱が閉山し、現在は農業・漁業を中心とした産業構造へと移行している。
島内は平坦地が少ないため棚田が多く作られており、特に北西部の土谷(どや)地区にある棚田は、沈む夕陽に映える美しい景観で広く知られている。この「土谷棚田」は日本の棚田百選にも選定されており、地域の重要な観光資源となっている。
福島の石炭鉱業と中興鉱業の発展
[編集]島内最大の産業であった石炭鉱業は、1920年(大正9年)に村井鉱業株式会社が開坑したことに始まる。その後、1927年(昭和2年)に野上鉱業株式会社、1935年(昭和10年)に沖ノ山炭鉱株式会社(のちの宇部興産、現・UBE)、1944年(昭和19年)には「筑豊御三家」と称された中島徳松が経営する中島鉱業株式会社へと次々に買収された。
一方、のちに中興鉱業株式会社の創業者となる木曾重義は、1937年(昭和12年)に木曾鉱業株式会社を創業していた。戦後の1955年(昭和30年)、ストライキなどにより経営不振に陥っていた中島鉱業を救済する目的で吸収合併を行い、社名を「中興鉱業株式会社」へと改名。この社名には、中島鉱業が再び“復興”することへの願いが込められていた。 経営の効率化に成功した中興鉱業は、福島内に3つの鉱業所(鯛ノ鼻鉱業所、徳義鉱業所、福島鉱業所)を設置して操業を行った。
福島第1立坑櫓の建築的価値と現状
[編集]中興鉱業は、福島鉱業所に最新鋭の「福島第1立坑」を掘削・建設した。この立坑櫓は、櫓の上部に捲揚機を設置する「塔櫓捲(タワーマシン/ワインディングタワー)形式」であり、外周をコンクリート壁などで覆った最新鋭の「後期型・密閉ビルディングタワー形」であった。
日本国内に建設された塔櫓捲形式の立坑櫓は、その形状から新旧2つのタイプに分類される。
- 初期型(ハンマーコップフ形): 下部が脚のみで頭部が肥大化した形状。
- 後期型(密閉ビルディングタワー形): 全体がビル状に密閉された近代的形状。
福島の福島第1立坑櫓は惜しくも解体されてしまったため、現在国内に残る塔櫓捲形式は、初期型の「志免立坑櫓」と、後期型の「羽幌運搬立坑櫓」の新旧各1基のみとなっている。
しかし、福島第1立坑櫓の姿は完全に失われたわけではない。当時、中興鉱業が社員教育用として日立製作所に製造させた、極めて精密な「福島第1立坑櫓の模型」が現存している。この貴重な模型はのちに寄付され、現在は福岡県直方市の「直方市石炭記念館(旧・直方市石炭資料館)」にて展示・公開されており、当時の最新鋭技術の粋を今に伝えている。
交通
[編集]島へのアクセス等
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1967年(昭和42年)に佐賀県伊万里市波多津町と島の東部喜内瀬免を結んで福島大橋(全長225m)が架橋され、同橋を経由しての自家用自動車でのアクセスが一般的になっている。路線バスは、西肥バス(西肥自動車㈱)が伊万里駅前から福島支所前(福島港)まで伊万里-波多津-福島線を運行している。
また、伊万里市浦ノ崎港(最寄り駅は松浦鉄道福島口駅)から福島港まで金子廻漕店の定期船が運航されている。浦ノ崎港は伊万里湾の西側に立地しており、福島大橋とは伊万里湾を挟んで反対側となる。松浦市の本土部との間を移動する場合はこの定期船を利用するほうがバスより移動距離が短い。
なお、松浦市本土部と直結する交通機関や道路は一切ない。
佐賀県教育委員会は、「地理的に自県高校通学が困難な者」と認めれば、隣県居住者の佐賀県立高校の志願を認めている。
島内交通
[編集]2023年3月31日限りで西肥バスの島内循環線が廃止されたため、代替として予約制乗合タクシーを運行している。運行時刻は西肥バスの福島支所前到着・出発時刻に合わせて設定されている。登録制ではなく松浦市民以外の利用も可能。
名所・観光スポット
[編集]- 土谷の棚田
- 大山展望台(標高160m)
- 白岳展望所 - いろは島眺望
- 松浦市福島歴史民俗資料館(松浦市福島図書館2階併設)ー 北松浦郡福島町の頃盛んであった石炭鉱山の資料を始め、福島の歴史の資料を展示する資料館。西肥バス(西肥自動車㈱)伊万里-波多津-福島線、福島福祉センター前停留所降車徒歩1分。
ギャラリー
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 42 長崎県』1987年 ISBN 9784040014203
- 中興鉱業㈱『躍進するビルド鉱中興鉱業』1969年。企業案内パンフレット
- 日立製作所㈱『中興鉱業㈱福島第1立坑櫓銘板』1961年
- 山田大隆、長渡隆一、大石道義『羽幌炭礦鉄道㈱羽幌運搬立坑櫓、中興鉱業㈱福島第1立坑櫓のワインディングタワー形式立坑櫓調査ー志免立坑櫓との比較において』2004年度産業考古学会28回船の科学館総会論文集
- 杉尾政博『石炭一代 木曾重義』1979年。西日本新聞社
- 羽幌炭礦鉄道㈱『羽幌立坑』1964年羽幌炭礦鉄道㈱

