百島 (広島県)
| 百島 | |
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| 所在地 | 日本(広島県) |
| 所在海域 | 瀬戸内海 |
| 座標 | 北緯34度22分10秒 東経133度15分56秒 / 北緯34.36944度 東経133.26556度 |
| 面積 | 3.08 km2 |
| 海岸線長 | 11.9 km |
| 最高標高 | 184.1 m |
地理
[編集]2017年(平成29年)8月末時点の人口は298世帯489人。郵便番号は722-0061(尾道郵便局管区)。芸予諸島内の北方の天辺に浮かび、尾道港から鞆の浦の海道中間にある。山陽道筋のほぼ中央に位置する。
人口
[編集]歴史
[編集]島名の由来
[編集]かつて桃樹が多く、「桃島」と表記されたが、いつの頃からか「百」の字が充てられるようになったとされる。また、かつて磯島と五十島の二島があって、それが一島になって百島に改めたという説もある。さらに一説として、尾道から今治までの芸予諸島が百にも及び、その天辺に位置し、その百諸島を代表する島として百島と名づけられたともいう。
中世
[編集]室町時代になるまで百島の歴史資料は殆ど皆無だが、菅原道真が大宰府に流される途中、百島に立ち寄り一袖残したという伝説もあり、百島町福田地区に天満宮がある。
また嘉吉元年(1441年)、嘉吉の乱で敗れた赤松満祐の一族が百島に逃れて住み着いて、以来追っ手の襲来に備えた弓の稽古が由来の「お弓神事」が今尚毎年1月11日に催しされている。これは、百島村上水軍との関連が強いと言われている。
永正元年(1504年)、村上喜兵衛義高が百島茶臼山城を築城した。天正7年(1579年)、村上喜兵衛高吉が曹洞宗の萬松山西林寺を建立した。文禄元年(1592年)、村上喜兵衛高吉が小早川隆景の命を受けて朝鮮に出兵し、毛利氏より感状を貰った。
近世
[編集]元禄13年(1700年)の福山藩内での御検地水帳が資料として残存している。屋敷所有者、屋敷借用者、本百姓、水呑百姓、石高、耕地数などが記録されている。
近代
[編集]1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行によって沼隈郡百島村が発足した。1895年(明治28年)の百島の人口は2,127人だったが、このうち12%に相当する59世帯255人(12%)が北海道の茂世丑(現・岩見沢市栗沢町茂世丑地区)に入植開拓した。1913年(大正2年)の人口は403世帯2,358人だった。
耕地面積が小さかったことで島民の人口を養えず、この頃には北海道、関東、四国、九州の国内四方への移住が進んだ。さらに、北米、南米、ハワイ、豪州、マニラ、朝鮮、台湾などへの移住も進んだ。『沼隈郡誌』には、「百島の者、一般に質朴勤勉にして徳義を重んじ、信義を守り、克く難苦に堪え、忍耐力強気を以て、至るところに成功者を出し、土地開拓に或いは商業に漁業、運送業に大規模の経営を競る者、その数少なからず」云々とある。1923年(大正12年)の『沼隈郡誌』による「百島村人文誌」には、「人情敦煌にして懇切掬べきものあり、殊に女子の勤労と男子の海外発展には特筆に価す。又敬神崇佛の念一段深く、貯蓄心に富み、納税成績良好なり」と記されている。
現代
[編集]1945年(昭和20年)の終戦後、日本軍軍人の復員などで百島の人口はピークとなった。1955年(昭和30年)4月1日、百島村は尾道市に編入された[1]。1983年(昭和58年)3月31日、海岸が自然海浜保全地区に指定された[2]。
- 1986年(昭和61年) - 百島泊港で撮影された映画『犬死にせしもの』が公開。監督は井筒和幸、出演者は真田広之など。
- 1997年(平成9年) - NHK制作ドラマ「極楽遊園地」の舞台となる。泊地区の高台には、主演の千秋実の最後の出演ドラマとなった。また、出演した藤村俊二の直筆の記念石碑が置かれている。尾道市出身の大林宣彦監督作品の映画『あした』のロケ地もある。
- 2000年(平成12年) - 百島幼稚園と百島小・中学校が統合・併設された。
- 2001年(平成13年)11月25日 - タレントの間寛平・関西テレビ企画・放映による「百島アミーゴマラソン」が行われた。メキシコオリンピック銀メダリスト君原健二をはじめとして、元ボクシング世界チャンピオン、芸能人多数、また全国からのマラソン愛好者が百島に集った。
- 2005年(平成17年)12月24日 - 定年後、百島に帰島した藤田氏が、故郷の百島活性化のためイチゴ栽培経営に乗り出した。その物語が、テレビ朝日系列番組「人生の楽園」で紹介された。
- 2006年(平成18年) - 百島小・中学校の総合学習を取材した中国放送製作のドキュメンタリー番組「いきいき!夢キラリ ボクらの島をドキュメント!」が民間放送教育協会から文部科学大臣賞を受賞している。
- 2007年(平成19年)1月11日 - NHKの夜7時の全国ニュースで「百島の弓取り神事」が報道・紹介された。
- 2011年(平成23年)3月27日 - 5年ぶりに百島診療所がオープン。
- 2012年(平成24年)11月4日 - アート・ベース百島(廃校となった百島中学校を再利用したもの)が発信。
- 2013年(平成25年)1月16日 - フジテレビ系列番組「おじゃマップ」で百島診療所が取り上げられる。訪問出演者:香取慎吾、山崎弘也(アンタッチャブル)、小池栄子、川越達也、世良公則。
- 2022年(令和4年)10月10日 - NHKのテレビ番組「鶴瓶の家族に乾杯」で笑福亭鶴瓶が訪れる。
経済
[編集]かつてはあさりと百島大根が特産品として知られていた。[要出典]
現在の代表的な農業産物は、イチゴ、きぬさやエンドウ、玉ねぎ、キャベツ、ブロッコリー、ぶどう、ささげ、みかん、でこぽん、ポンカン、ハッサク、甘夏、冬橙、らっきょう、ゆず、レモン、ネーブルなどである。[要出典]
交通
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海上交通
[編集]百島には福田港がある。尾道市の尾道港、福山市の常石港との間に、フェリーと旅客船が運航されている。
- 尾道〜戸崎〜歌〜満越〜福田(百島)〜常石
陸上交通
[編集]施設
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- 尾道市立百島小中学校
- 百島みんなの家 - 尾道市役所百島支所や百島簡易郵便局を内包する施設。2017年(平成29年)に伊東豊雄建築設計事務所の設計で完成[3]。
- 国立研究開発法人水産研究・教育機構百島庁舎
- 百島診療所
- 百島町メガソーラー(百島太陽光発電所)
- 尾道市立百島小中学校
- 国立研究開発法人水産研究・教育機構百島庁舎
- 百島診療所
- 百島町メガソーラー(百島太陽光発電所)
名所・旧跡・観光スポット
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- 西林寺 - 曹洞宗の寺院。1579年(天正7年)創建。「地蔵菩薩半迦像」が尾道市指定文化財[4]。
- 百島八幡神社 - 尾道市指定民俗文化財の「百島の弓取り神事」(百島お弓神事)を伝える神社[4]。
- アートベース百島 - 尾道市立百島中学校の校舎を活用した現代アートセンター。
- 旧百島支所 - 尾道市役所百島支所(旧百島村役場)を用いたイベントスペース。1954年(昭和29年)竣工[5]。2022年(令和4年)に登録有形文化財に登録された[6]。
- 日章館 - 映画館の百島東映劇場を用いたアートスペース。1961年(昭和36年)頃竣工。
- 百島八幡神社
- アートベース百島
- 旧百島支所
- 日章館
出身者
[編集]脚注
[編集]- ↑ 市域の変遷図 尾道市 (2022年7月24日閲覧)
- ↑ “(11) 百島自然海浜保全地区”. 広島県 (2023年6月1日). 2024年12月26日閲覧。
- ↑ 「『百島みんなの家』内覧会」『MONTHLY 建築士 HIROSHIMA』公益社団法人広島県建築士会、127号、2017年11月、2022年7月24日閲覧
- 1 2 尾道市指定文化財 尾道市
- ↑ 「旧尾道市役所百島支所庁舎、益田の新比惠家住宅主屋など登録有形文化財へ」『中国新聞』2022年7月24日閲覧
- ↑ 「生活支え「島の財産」旧尾道市百島支所、国登録文化財へ」『中国新聞』2022年7月24日閲覧
参考文献
[編集]- 『ふるさと百島 人 文化 行事 学校』百島ふるさと文化史研究会、2006年
