鹿久居島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
鹿久居島
鹿久居島 国土画像情報(カラー空中写真)
鹿久居島の航空写真。国土交通省 「国土画像情報(カラー空中写真)」を基に作成。
座標 北緯34度43分9.5秒
東経134度18分17.1秒
面積 10.17 km²
海岸線長 28 km
最高標高 245 m
所在海域 瀬戸内海
所属国・地域 日本岡山県
地図
鹿久居島の位置(岡山県内)
鹿久居島
テンプレートを表示
鹿久居島の東部(右上)
鹿久居島の西部(日生港みなとの見える丘公園から望む)

鹿久居島(かくいじま)は、日本瀬戸内海にある有人島のひとつで、岡山県備前市に属す日生諸島である。

概要[編集]

本土と「うちわだの瀬戸」を挟んで向き合う。日生諸島のみならず岡山県内でも最大の島で、地形は山がち。島内には鹿が多い(=久しく居る)ことから鹿久居と名付けられた[1]無人島の期間が長かったが1947年昭和22年)から入植が進められ、2010年平成22年)3月末現在の人口は12人。

歴史[編集]

昔は漁民が居住して鹿久居千軒とも言われた[2]が、やがて無人島になった。1455年康正元年)には山名宗全に敗れた赤松則尚や有馬小次郎が備前国に落ち、赤松則尚は「カクイ島」で自害したという[3][4]。江戸時代に入ると、岡山藩主池田氏によって1646年正保3年)、1678年延宝6年)、1679年(延宝7年)と1680年(延宝8年)に鹿狩が行われた。

1679年(延宝7年)からは鴻島、梔島(現・前島)とともに岡山藩の牧場となり、島を開墾して飼料が育てられた。しかし、1691年元禄4年)に5頭が産まれたのが最高で1698年(元禄11年)には牧場は廃止され、島は藩の流刑地となって西南岸の現寺湾の奥に流人小屋が設けられた。1706年宝永3年)から1709年(宝永6年)まで約160人前後の流人がいて、身分を10段階に分けられて開墾や薪集めなどを行なっていた。しかし1710年(宝永7年)の時点で5~6反しか開墾できず、費用の問題などからこの年で同島への流刑は取り止めになった。

その後は無人島として狩や林産の場となったが、1770年明和7年)に禁猟になり藩の御林とされた。1820年文政3年)には寒河村に番所が設けられて山廻り役人が来た。1858年安政5年)の記録では、、肥草や落葉敷枝などが採集され、日生・寒河村から約600の運上銀が治められた。

1947年昭和22年)から入植が再開し、現在はミカン栽培が盛んである。また島の周辺は近世初頭から好漁場となっており、かつては漁業争論も起きた。1993年平成5年)には弥生時代の高床式住居などを復元した観光施設が建設され、貫頭衣の着用や赤米を含む食事が可能となっている。

2004年(平成16年)に頭島との間に頭島大橋が完成し、さらに同年には本土と鹿久居島を結ぶ橋の建設が国の事業に採択され、備前♡日生大橋として2015年(平成27年)に開通[5][6]。これにより橋を介して本土と陸続きとなった。

島内[編集]

自然[編集]

アオサギの集団繁殖地であり、1953年昭和28年)10月1日に国指定鹿久居島鳥獣保護区(集団繁殖地)に指定されている(面積 662 ha)。

旧跡[編集]

  • 鹿久居千軒遺跡

施設[編集]

  • 鹿久居中央園地
  • 古代体験の郷「まほろば」[7]

交通[編集]

備前♡日生大橋[編集]

備前♡日生大橋
基本情報
日本の旗 日本
所在地 岡山県備前市
交差物件 瀬戸内海
座標 北緯34度43分36.9秒
東経134度17分2.5秒
構造諸元
形式 エクストラドーズド形式
6径間連続箱桁橋
全長 765 m
有効幅員 6.5 m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
テンプレートを表示
2004年平成16年)11月22日に開通した頭島大橋(写真は開通翌年の2005年8月)。

備前♡日生大橋(びぜん♡ひなせおおはし)[注 1]は、本土と鹿久居島を結ぶ道路橋である。

概要[編集]

2006年平成18年)に仮称「日生大橋」として事業着手し[5]2010年(平成22年)3月に着工[6]。橋の名称は2013年(平成25年)8月から10月にかけて公募し[8]、決定[9]2014年(平成26年)10月2日には橋の連結式が行われ[10]2015年(平成27年)4月16日に開通[5][6]。区分された歩道はなく、橋の上は駐停車禁止である。また、橋の中ほどの両側に待避所がある。

橋梁データ

頭島大橋[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 備前市役所まち整備課によると絵文字の♡(ハートマーク)については特に読み方を決めておらず、自由に読んで結構とのこと[8]

出典[編集]

  1. ^ 『吉備温故秘録』
  2. ^ 『吉備温故秘録』
  3. ^ 『嘉吉記』
  4. ^ 『応仁記』
  5. ^ a b c d e まち整備課 管理係. “架橋対策”. 備前市役所. 2015年4月16日閲覧。
  6. ^ a b c “備前 - 鹿久居島間「大橋」が開通 全長765メートル、陸続き祝う”. 山陽新聞 (山陽新聞社). (2015年4月16日). http://www.sanyonews.jp/article/161338/1/ 2015年4月16日閲覧。 
  7. ^ 古代体験の郷「まほろば」
  8. ^ a b “どう読む「備前?日生大橋」 ハートかラブか、戸惑いの声も”. 山陽新聞 (山陽新聞社). (2015年4月21日). http://www.sanyonews.jp/article/163647/1/?rct=tobi 2015年5月2日閲覧。 
  9. ^ “日生諸島にかける『橋梁の名称』が決定しました。” (PDF (5,345KB)). 広報びぜん 平成26年1月号 (No.106) (備前市役所): p. 6. (2014年1月1日). http://www.city.bizen.okayama.jp/data/open/cnt/3/5998/1/1401.pdf 2014年10月21日閲覧。 
  10. ^ “備前•鹿久居島と本土結ぶ橋連結 来春開通、住民ら工事の節目祝う”. 山陽新聞 (山陽新聞社). (2014年10月2日). http://www.sanyonews.jp/article/77247/1/ 2014年10月21日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 日本歴史地名大系(オンライン版)小学館

関連項目[編集]

外部リンク[編集]