日生諸島
ナビゲーションに移動
検索に移動
日生諸島(ひなせしょとう)は、瀬戸内海の諸島。岡山県の東部および一部は兵庫県南西部に位置する。
概要[編集]
カキの養殖が盛ん
備前市日生町を中心に、瀬戸内市邑久町、兵庫県赤穂市にまたがる約14の島から構成される。瀬戸内海国立公園の一部。海産資源が豊富で、カキの養殖も盛んである。
日生町の西部と「うずあいの瀬戸」を挟んで曽島があり、その南に鴻島、更にその南に瀬戸内市の長島がある。また日生町東部と「うちわだの瀬戸」を挟み鹿久居島、その西南部に頭島、東南部に鶴島があり、鹿久居島と鶴島の間には首切島、明神島、鴎島、猿子島などの小島がある。頭島の南、長島の東には大多府島、鹿久居島の東の兵庫県との県境には取揚島がある。
主な島[編集]
日生諸島のランドサット画像
2006年現在、居住者がいるのは頭島、大多府島、鹿久居島、鴻島、長島の5島である。
有人島[編集]
- 大多府島:古くから風待ちの港町として栄えた島。
- 鹿久居島: 名の通り野生の鹿が棲息する、諸島内で最大の島。
- 頭島:ペンションや民宿が多い。頭島大橋で鹿久居島と接続されている。
- 鴻島: リゾート開発が盛んな観光の島。
- 長島:日本初の国立ハンセン病療養所が設けられ、現在も元患者らが住む。
無人島[編集]
歴史[編集]
古来より好漁場として知られ、海上交通の風待地でもあった。鹿久居島周辺では近世初頭から漁業争論が起きた。大多府島は元禄11年(1698年)に岡山藩の船番所として開かれた。鴻島は梔島(現・前島)、鹿久居島とともに延宝7年(1679年)に岡山藩によって軍用馬の放牧場となったが、宝永年間に閉鎖された。頭島は19世紀前半から移住が進み、開墾が進められている。鶴島は流刑地として知られ、浦上四番崩れで捕らえられた長崎のキリスト教徒117名が明治元年(1868年)に移されて改宗を強要された。島内には墓地などが残る。
大生汽船MISHIMA.Ⅲと頭島港
諸島への交通[編集]
長島とは邑久長島大橋で本土と結ばれ、その他の島とは日生港より大生汽船によるフェリーが出ている。
また2004年(平成16年)11月に鹿久居島と頭島を結ぶ「頭島大橋」が、2015年(平成27年)4月に本土(日生)と鹿久居島を結ぶ「備前♡日生大橋」が完成し、本土と鹿久居島・頭島が橋で結ばれた。
空撮画像[編集]
参考文献[編集]
- 『角川日本地名大辞典 33.岡山県』 角川書店、1986年