由布島

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由布島
由布島と西表島
由布島(中央)と西表島(左)
(1977年度撮影)国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
所在地 日本の旗 日本沖縄県八重山郡竹富町
所在海域 東シナ海
所属諸島 八重山諸島
座標 北緯24度20分34秒
東経123度56分1秒
座標: 北緯24度20分34秒 東経123度56分1秒
面積 0.15 km²
海岸線長 2.0 km
最高標高 1.9 m
Project.svgプロジェクト 地形
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亜熱帯植物楽園
由布島と西表島を往来する水牛車

由布島(ゆぶじま)は、西表島の東約0.5kmに位置する八重山諸島である[1]。行政区域は、全島が沖縄県八重山郡竹富町古見に属する。

概要[編集]

西表島の東岸直近に隣接する総面積0.15km2、周囲2.0kmの小島である。島全体が「亜熱帯植物楽園」と呼ばれる植物園になっている[2][3]

昼間はピーク日で1,117人もの観光客で賑わう[注 1]一方、住民基本台帳上の人口は16人(2019年1月末時点)と住民は少ない[5]。植物園で飼養する水牛が増えた結果、住民よりも水牛の数が多くなっている[6]

歴史[編集]

近世、稲作に不適であった竹富島黒島の島民は、西表島に水田を開き舟で通って耕作を行っていた(通耕)。その際、マラリアの有病地であった西表島を避け、無病地であった由布島に田小屋と呼ばれる仮住居を置いたのが、確認されている範囲での人が住むようになった始まりとされる[6][7][8]

太平洋戦争後、1947年(昭和22年)に竹富島や黒島から移住が行われて由布島に集落が成立[9]。果樹や甘蔗が栽培され、各戸で水牛を飼養するようになった。人口も増加し、1948年(昭和23年)には学校(島分教場)が開校[6][8]。のちに由布島小中学校などに改称[6]。1964年(昭和39年)頃には島民111人、25世帯を数えた[10]。当時は石垣島との間に定期航路(春風丸)もあったほどである。往時は、竹富島由来の種子取祭が執り行われていた[6]

しかし、1969年(昭和44年)9月26日にエルシー台風(日本名・昭和44年台風11号)により島全域が水没するなど壊滅的な被害を受け、1971年(昭和46年)8月8日には11世帯が対岸の西表島へと移住して美原集落を形成し、由布島には3世帯のみが残った[6][8][9][11][注 2]

その後、由布島ではヤシの植樹などが行われ、1981年(昭和56年)4月1日に植物園が開園。徐々に施設を拡大して今日に至っている[6][11]。1990年(平成2年)には、島内の電力技術に携わっていた明電舎のCMで紹介され、知名度が向上した[6]

地理[編集]

西表島の与那良川からの堆積砂が海流により堆積して形成された島である。由布島という島名も、砂州を現地の言葉で「ユブ」と言うことが由来と考えられている[8][6]

島の全域に沖縄県八重山郡竹富町古見687番地が割り当てられている[13]

交通[編集]

由布島と西表島の間の海は、通常は大人の膝に満たないぐらいの深さしかなく、満潮時でも1mほどにしかならない。そのため、由布島と西表島間の移動手段として水牛車が利用され、島の重要な観光資源になっている。また、潮位が低く波が静かなときには、通常の自動車や徒歩で渡ることも可能である。

西表島交通が運行する西表島の東西を結ぶ路線バスが、由布島に最寄りの「由布水牛車乗場」停留所を経由する。水牛車乗場から由布島までは、水牛車で約15分、徒歩で約5分である[14]

脚注[編集]

注釈[編集]

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  1. ^ 2017年に環境省が取りまとめた資料によると、由布島への入込客の概数は年間201,600人で、ピーク日は1,117人[4]
  2. ^ 国勢調査によると、1970年(昭和45年)の人口は106人であったが、1975年(昭和50年)には8人、1975年(昭和50年)には9人、1980年(昭和55年)には6人となった[12]

出典[編集]

  1. ^ 島データ 竹富町 (PDF)”. 沖縄県. 2019年2月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月11日閲覧。
  2. ^ 亜熱帯植物楽園 由布島”. 竹富町観光協会. 2019年2月11日閲覧。
  3. ^ マップ”. 亜熱帯植物楽園. 2019年2月11日閲覧。
  4. ^ 奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島世界自然遺産候補地地域連絡会議第2回西表島部会 参考資料3 西表島における観光利用の現況と課題(現時点修正版) (PDF)”. 環境省九州地方環境事務所 (2017年2月15日). 2019年2月11日閲覧。
  5. ^ 竹富町地区別人口動態票”. 竹富町. 2019年2月11日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i 由布島ヒストリー”. 亜熱帯植物楽園. 2019年2月11日閲覧。
  7. ^ 藤井紘司「近代八重山諸島における遠距離通耕の歴史的展開」、『地理学評論 Series A』第83巻第1号、日本地理学会、2010年、 1-20頁。
  8. ^ a b c d 角川日本地名大辞典編纂委員会 (1986-07-08). “由布島”. 角川日本地名大辞典 47 沖縄県. 角川書店. p. 710. 
  9. ^ a b 沿革2(昭和13年~昭和63年)”. 竹富町. 2019年2月11日閲覧。
  10. ^ 竹富町地区別人口動態票(昭和39年~平成22年) (PDF)”. 竹富町. 2019年2月11日閲覧。
  11. ^ a b 会社概要”. 亜熱帯植物楽園. 2019年2月11日閲覧。
  12. ^ 八重山要覧(平成28年度版) 第1章 指定離島・島しょ・人口 (PDF)”. 沖縄県. 2019年2月11日閲覧。
  13. ^ 【参考資料B26】日本の主な島の住所 (PDF)”. サイエンスミュージアムネット. 国立科学博物館 (2017年7月). 2019年2月11日閲覧。
  14. ^ 由布島 離島紹介”. DOR39(沖縄県ディスカバー沖縄しま観光振興事業). 2019年2月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]