下地島
| 下地島 | |
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| 所在地 |
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| 所在海域 | 東シナ海 |
| 所属諸島 | 宮古列島 |
| 座標 |
北緯24度48分58秒 東経125度09分25秒座標: 北緯24度48分58秒 東経125度09分25秒 |
| 面積 | 9.54 km² |
| 海岸線長 | 17.5 km |
| 最高標高 | 21.6 m |
下地島(しもじしま)は、宮古列島の島のひとつである。全島が沖縄県宮古島市に属する。
目次
概要[編集]
2005年に宮古島等の自治体と合併して宮古島市になったが、それ以前は、東側に隣接する伊良部島とともに宮古郡伊良部町を形成していた。日本で唯一、パイロット訓練用空港として造られた下地島空港がある。
地理[編集]
面積9.54平方キロメートル[1]、周囲17.5キロメートル[2]、人口48人。
サンゴ礁の隆起が成因の隆起サンゴ礁の島で、島全体が第四紀更新世の多孔質の琉球石灰岩で覆われている。形状は非常に平たんで、標高は最大で21.6メートル、
河川はない。伊良部島との間には幅数十mの狭い水路が約3キロメートルにわたって続く。水路が狭いため、航空写真などでは伊良部島とひとつの島に見えるが、両島は地続きではない別の島である。この水路には、6本の橋が架かっている。
島の南側は単調な海岸で、西側は険しい海食崖が続く。北海岸は下地島空港の滑走路が海に突出し、小さな入り江がある。
歴史[編集]
15世紀後半に朝鮮の船が宮古島に漂着した記録の中に下地島に比定される「時麻子島」の記述があり、宮古島と下地島など近隣の5島の島民は互いに往来していたという[3]。遺跡は見つかっていないが、当時人が住んでいたことがうかがえる。また、古琉球の頃には伊良部島の佐和田にキドマリ村(木泊村)があったとされ、村跡が残る。この村は古琉球の間に津波で壊滅したとされるが、16世紀の嘉靖年間に喜屋泊与人に関する記述があり、この喜屋泊が木泊とするならば当時まで村が存在したと考えられる[4]。
近世初頭に伊良部村の伊安姓国仲与人が八重山で牡牛・牝牛を2匹購入してきて放牧したといい[5]、以降は牛や馬の牧場があった。1767年に与世山親方は、馬が風雨や寒暑をしのぐためにアダンや諸木を植えるよう指示している[6]。1769年に伊良部島との間に佐和田矼(ナカユニ橋)が築かれた[7]が、1771年の八重山地震にともなう明和の大津波により一部が破壊された。この津波では平坦なため放牧地や畑が水没し、馬や牛、羊などが溺死している[8]。下地島に13丈(約40m)もの高さの大波が打寄せ、西岸の帯岩などが打上げられたとされる。ただし、近年の研究によって、先島諸島では周期的に津波が発生したことが明らかになっており、帯岩はより以前の津波によって移動したとする説もある。
交通[編集]
空路[編集]
航路[編集]
道路[編集]
- 沖縄県道90号下地島空港佐良浜線(沖縄県道252号平良下地島空港線重複)
- 伊良部島との間の水路には、南(渡口の浜側)から北(佐和田の浜側)の順に以下の橋が架かっている。国仲橋のみが県道で、他は市道の一部[15]。
- 乗瀬橋(ぬーしはし) - 1976年3月に下地島空港建設に伴い工事用道路の一部として架橋。名称は近くにある乗瀬御嶽にちなむ。老朽化のため2009年から通行止めとなって、2013年1月に取り壊された[16]。その後、架け替えが行われ、2019年3月16日に新しい橋の供用が開始された[15][17][18][19]。
- 伊良部橋 - 老朽化のために2005年から通行止めとなっていたが、現在の橋が2010年に竣工[20]、2011年に開通した[21]。
- 仲地橋 - 1919年架橋[22]。現在の橋は1981年頃竣工[20]。
- 国仲橋 - 1912年架橋[22]。現在の橋は1983年竣工[23]。県道90号の橋[15]。
- たいこ橋 - 現在の橋は1997年竣工[20]。
- なかよね橋 - 現在の橋は1994年竣工[20]。
交通機関[編集]
- 下地島空港よりレンタカー[24]およびバスの利用が可能。宮古協栄バスと中央交通が宮古島内と下地島空港の間に空港連絡バスを運行している。橋で繋がる伊良部島や宮古島で営業しているタクシー、レンタカーの利用も可能。
- 上記2社の空港連絡バスは下地島空港以外の下地島内では停車しない。宮古島平良港から伊良部島まで共和バスが定期バスを運行しており、橋に近い停留所から徒歩10分前後で下地島に入ることができる。
名所・旧跡・観光スポット[編集]
- 通り池
- サーモクラインによって色が変わって見え、古くから神話が伝わる幻想的な池。中央に天然の石橋が架かり、2つに分かれているように見えるが水中で繋がっており、さらに海にも通じている。このため、絶好のダイビングスポットとして知られる。国の名勝及び天然記念物。周辺にはカルスト地形のカレンフェルトが発達している。
- 帯岩
- 1771年(明和8年)に起きた八重山地震またはそれ以前の津波の際に打ち上げられたとされる巨岩。人が帯を締めているように見えることから、この名称がついたとされる。現在は島の信仰の中心[25]。
- 下地島空港
- 周辺の海の美しさで知られる[26]。かつてはジェット機のタッチアンドゴー(離着陸訓練)が行われていたが、2014年4月以降は琉球エアーコミューター(RAC)や海上保安庁等の小型機の訓練のみが行われている[27]。新ターミナル開業に伴い、周辺道路は2019年3月23日から車両全面通行止め[28]。
- 中の島ビーチ
- シュノーケリングに適したビーチ[29][30]。地元ではカヤッファと呼ばれる[31]。
下地島を舞台とする作品[編集]
脚注[編集]
- ^ 島面積 (PDF) 国土交通省 国土地理院
- ^ 島のデータ 沖縄県企画部地域・離島課
- ^ 『李朝実録』 世祖8年(1463年)
- ^ 『伊安氏正統家譜』
- ^ 『宮古島記事』
- ^ 『与世山親方宮古島規模帳』
- ^ 『白川氏支流家譜』
- ^ 『御問合書』 伊佐家文書
- ^ “下地島空港旅客ターミナル施設開業日決定 ジェットスター・ジャパン 成田=下地島路線開設” (プレスリリース), 三菱地所株式会社、下地島エアポートマネジメント株式会社、ジェットスター・ジャパン株式会社、成田国際空港株式会社、沖縄県、宮古島市、一般社団法人宮古島観光協会, (2018年10月15日)
- ^ “下地島―成田便就航へ 来年3月ターミナル開業 沖縄県宮古島市”. 琉球新報. (2018年10月16日)
- ^ “片道385円、午後3時から限定販売 下地島-関空、ジェットスター7月就航”. 琉球新報. (2019年3月13日)
- ^ “下地島-香港にLCC定期便、7月から”. 日本経済新聞. (2019年2月21日)
- ^ “長山港 (PDF)”. 沖縄県. 2019年3月7日閲覧。
- ^ “浮き桟橋 4月に供用開始へ/伊良部島-下地島間”. 宮古毎日新聞. (2015年3月4日) 2019年3月7日閲覧。
- ^ a b c “乗瀬橋 架け替え工事着工/伊良部-下地島”. 宮古毎日新聞. (2015年3月9日)
- ^ “業務概要 道路事業 (PDF)”. 沖縄県土木建築部 宮古土木事務所. 2016年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年6月28日閲覧。
- ^ “橋梁設置工事が本格化 伊良部島と下地島結ぶ乗瀬橋”. 宮古毎日新聞. (2017年6月15日)
- ^ “新年度予算14億円超/宮古土木事務所 主事業に下地島空港線/伊良部乗瀬橋、継続整備”. 宮古毎日新聞. (2018年5月3日)
- ^ “乗瀬橋16日供用開始/伊良部島-下地島”. 宮古毎日新聞. (2019年3月9日)
- ^ a b c d 橋梁点検結果 (PDF) 宮古島市
- ^ 伊良部橋、6年ぶり通行再開へ上部工事 宮古新報、2010年6月19日
- ^ a b 宮古毎日新聞
- ^ しまじまクイズ 知・旅・住 離島総合情報サイト 沖縄のしまじま
- ^ “下地島空港、レンタカーカウンターに出店する3ブランドが決定”. FlyTeam. (2019年2月7日)
- ^ 史跡1~25|観光・イベント情報 宮古島市
- ^ 伊良部島・下地島特集 下地島空港周辺海岸 美ら島物語(日本トランスオーシャン航空)
- ^ 今月のタッチアンドゴー(訓練計画) 沖縄県土木建設部、2014年3月17日
- ^ “来月23日から通行止め 下地島の滑走路周辺通路/開業控え”. 宮古毎日新聞. (2019年2月20日)
- ^ ビーチ特集 中ノ島 美ら島物語(日本トランスオーシャン航空)
- ^ 伊良部島・下地島特集 中の島海岸 美ら島物語(日本トランスオーシャン航空)
- ^ “サンゴ礁保全モデル事業/海はみんなで守ろう”. 宮古毎日新聞社. (2009年12月27日)
参考文献[編集]
- 日本歴史地名大系(オンライン版) 小学館(『日本歴史地名大系』 平凡社、1979年-2002年 を基にしたデータベース)
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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