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宮古郡

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宮古郡(みやこぐん)は、沖縄県多良間島水納島におかれた人口1,097人、面積22km²、人口密度49.9人/km²。(2021年9月1日、推計人口

以下の1村を含む。

沖縄県宮古郡の範囲(宮古島市成立前。現在は図中の赤い部分のうち西端の多良間村のみとなる。)

沿革

行政

特記なき場合『平良町町誌』による[1]

宮古郡役所長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 岡部某 不明 不明 警部
2 石井某 不明 不明 警部役所長
3 伊王野義二介 不明 不明 警部役所長
4 吉村貞寛 明治25年(1892年)2月 明治26年(1893年)7月 警部役所長
5 大田鎌吉 明治26年(1893年)7月 明治29年(1896年)3月31日 警部役所長
島司
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 大田鎌吉 明治29年(1896年)4月1日 明治29年(1896年)7月
2 吉野幸徳 明治29年(1896年)7月 明治34年(1901年)5月
3 小野朔二郎 明治34年(1901年)5月 明治37年(1904年)10月
4 橋口軍六 明治37年(1904年)10月 明治45年(1912年)4月
5 山口源七 明治45年(1912年)4月 大正4年(1915年)4月
6 丹親欣 大正4年(1915年)4月 大正5年(1916年)6月
7 山内権次郎 大正5年(1916年)6月 大正7年(1918年)2月
8 比嘉賀学 大正7年(1918年)3月 大正7年(1918年)6月
9 高橋彦七 大正7年(1918年)6月 大正8年(1919年)1月
10 松方太次郎 大正8年(1919年)3月 大正10年(1921年)12月
11 川俣三次 大正10年(1921年)12月 大正13年(1924年)4月
12 与那原良知 大正13年(1924年)4月 大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

備考

いわゆる平成の大合併では、2005年10月1日城辺町上野村下地町伊良部町の4町村が平良市と合併し宮古島市となった。これにより宮古島と伊良部島は宮古島市1市となり、宮古地域から「町」が消滅した。沖縄県議会選挙の選挙区も"宮古郡区"が存在したが、宮古島市への合併と郡内唯一の自治体となった多良間村の人口が少ないため、2008年6月に行われる選挙からは宮古郡も含めた"宮古島市区"となっている。

脚注

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参考文献

  • 『平良町町誌』 沖縄県宮古郡平良町、1934年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1022593 
  • 角川日本地名大辞典』47 沖縄県、「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1986年6月1日。ISBN 4040014707

関連項目

外部リンク

座標: 北緯24度39分14秒 東経124度41分42秒 / 北緯24.65389度 東経124.69500度 / 24.65389; 124.69500