徳之島

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徳之島
Tokunoshima zenkei.jpg
所在地 日本の旗 日本鹿児島県
所在海域 太平洋東シナ海フィリピン海
所属諸島 奄美群島
座標 北緯27度49分12秒 東経128度55分56秒 / 北緯27.82000度 東経128.93222度 / 27.82000; 128.93222座標: 北緯27度49分12秒 東経128度55分56秒 / 北緯27.82000度 東経128.93222度 / 27.82000; 128.93222
面積 247.77 km²
海岸線長 80 km
最高標高 645 m
最高峰 井之川岳(いのかわだけ)
人口 21,873人(2022年7月1日)
最大都市 徳之島町
徳之島の位置(鹿児島県内)
徳之島
徳之島
徳之島 (鹿児島県)
徳之島の位置(日本内)
徳之島
徳之島
徳之島 (日本)
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徳之島(とくのしま)は、南西諸島奄美群島のほぼ中央にある離島の1つ。鹿児島県大島郡に属し、徳之島町伊仙町天城町の3町で構成される。石灰岩性のカルスト地形が発達した島で、天然の海蝕洞や波食によって生じた海蝕台等の独特な景観が見られる。希少固有種の宝庫として知られ、2021年7月26日に動植物の多様性が認められ奄美大島沖縄島北部及び西表島と共に世界自然遺産に登録された。

概要[編集]

鹿児島市の南南西約468km、沖縄本島の北北東約257kmに位置する。奄美群島奄美大島を中心とする奄美地方という地域に含まれ、徳之島奄美大島は元々ユーラシア大陸揚子江プレートの一部であったが沖縄プレートと共に南東へ移動した結果、200万年前に大陸と切り離され島毎に残留し独自に進化した固有種亜種が多く生息していることから「東洋のガラパゴス」とも称される。多様な表情を持つ海岸線に、白い砂浜とサンゴ礁エメラルドグリーンコバルトブルーの海に囲まれ、観光地化されていない手付かずの照葉樹林の自然が残る。

奄美群島内では奄美大島の次に大きな島で、面積は約247.77km2、周囲89.2km。日本の島では14番目の面積を持ち[1]北方領土色丹島よりやや小さく、オセアニアの島国ニウエ[2]大阪市よりやや狭いが、東京都山手線内の面積の約3.8倍に相当する。 年間平均気温21.9℃・年間平均降水量1,920mm。

直近(2022年7月1日現在)の推計人口は約21,873人(徳之島町9,887人・伊仙町6,372人・天城町5,614人)。奄美群島外からの入域来島者は、2010年以降8万人を超え、2019年は8万7311人と増加傾向にあったが、2020年は新型コロナウイルス感染症の影響により4万6737人となった。

奄美群島(薩南諸島南部)
徳之島の地形図

長寿大国日本の中でも「長寿の島」として名高い。 「子宝の島」・「結(ゆい)の島」として有名で、合計特殊出生率も高い。背景には、奄美全域に今なお受け継がれる「結(ゆい)の精神」による地域の助け合いが子育てにも反映され、他人の子であっても分け隔てなく、子は宝として地域全体で育てふれあうという古き良き風習があり、自治体の子育て支援も充実している。 2005年国勢調査(5年毎)では徳之島の3町が1位から3位を占め、その後も島内3町は上位入りしている。反面、若者の転出も多く人口は減少している。

闘牛の島」としても有名で、と牛を戦わせる徳之島の闘牛の歴史は古く藩政時代以前から、400年以上続くとされている。 毎年、初場所(1月)・春場所(5月)・秋場所(10月)の年3回で6場所の「本場所」と呼ばれる全島大会が開催され、徳之島町伊仙町天城町の各町の協会が持ち回りで主催している。更にこの本場所に加え「準場所」と呼ばれる大会(全島大会と前後した日やお盆等に開催)に牛主同士が出資し、島内13ケ所ある闘牛場で全島持ち回りの大会が行われ、年間20回を超えて開催される。

主要な産業はサトウキビジャガイモ生姜、果樹等の農業キハダマグロソデイカカツオイセエビ類などの近海漁業黒糖を原料とした菓子黒糖焼酎製造など。最近では国内で数少ない高品質なコーヒー豆の生産地として2023年に本格的な市販化を目指し、新たな産業創出に積極的に挑戦している。

地形[編集]

石炭岩性の島であり、カルスト地形が発達。 犬の門蓋(いんのじょうふた)は天然の海蝕洞、ムシロ瀬は波食によって生じた海蝕台で独特の景観が見られる。

島の中央には井之川岳(645m)を中心とした山塊が、北部には天城岳(533m)を中心とした山塊がある。 北部の天城岳を中心とした山塊は、横から見ると女の人の寝た姿に見えることから「寝姿山」とも言われる。 そしてこれら2つの山塊は一部途切れているようにも見えるが、おおむね一本の線のごとく山脈状を呈している。

全体的には照葉樹林に覆われている。山塊の周囲は平地となっており、奄美群島では最大の耕地面積を有している。

また南部の伊仙町は石灰岩地域が広く、数多くの鍾乳洞を有する。最大のものは銀河洞で全長2052mである。

気候[編集]

気候は沖縄諸島などと同じく亜熱帯性気候に属する。年間の平均気温は21.9℃と本土に比べれば1年を通して暖かい。 沖縄諸島[注 1]と比べると冬は幾分寒くなり、寒い日の日中の気温はおおむね13度くらいで、最低気温が10℃を割り込む日も冬季月において月に数日程度はあり、珍しくはない。 冬でも暖かい日は20℃を超えるが、そのような日でも沖縄諸島よりは3℃程度低い傾向にある。

一方で夏は「猛暑(35℃以上)」となる事は滅多になく、比較的風も通るので東京などの大都市よりもしのぎやすい。

梅雨は例年ゴールデンウィーク明けくらいに入り6月下旬に明ける。梅雨時の雨の降り方は、熱帯的なスコールとなる場合が多く、特に集中豪雨が起きやすいのは6月中旬頃であり、山間ではどこかで土砂崩れが起きる。 入梅は不明瞭な場合が多いのに対し、梅雨明けはかなり明瞭である場合が多い。梅雨明け後は10日かそれ以上安定した晴れの天気が続くが、一方で台風シーズンも到来する。 台風の通り道として知られており、接近数は沖縄・南九州とほぼ同じである。通常年の接近数はおおむね3個程度であり、2004年の接近数は8個と特に多かったが、この数は鹿児島県本土の10個よりも少なかった。 ただし徳之島付近にいるときの台風は、勢力が非常に強い状態(最大風速40m/sや50m/sが普通)であるのと、この付近で方向を変えるために速度が遅いことが多く、暴風域がまる1日以上続くことが多い為、台風が直撃した後は停電になるなど被害が大きい。 ただし「台風慣れ」しているためか台風対策がしっかりしていて、大きな被害が出る割には死傷者は少ない。

動植物[編集]

南西諸島における「固有動植物の宝庫の島」の一つであり、奄美大島沖縄本島との関連が大きく、中でも隣島奄美大島との関連が一番大きい。

動物[編集]

井之川岳(畦プリンスビーチから)
さとうきび畑と寝姿山

ハブが多いことで有名であるが、その一方で貴重な動物も数多く、アマミノクロウサギを筆頭にケナガネズミトクノシマトゲネズミアマミヤマシギリュウキュウイノシシオビトカゲモドキイボイモリウンブキアナゴなど。

島内に生息するアマミノクロウサギは、島の南部と北部に分かれて集団を形成している。2018年国立環境研究所の発表によると、島内南北それぞれの個体の糞からDNAを抽出して調べたところ、2集団は異なる遺伝的特徴を持ち、数千年以上前から遺伝子の違いがあったと推定されることが判明した。同じ種類の生物でも遺伝子の違いで形模様、生態が異なる。二つの生息地は最短で約1キロ程度しか離れていないにもかかわらず、遺伝子タイプが違うことについて同研究所は「高い移動性を有するウサギ類で極めて意外な結果」としている。

また、徳之島固有亜種であるオビトカゲモドキについては、全般的に奄美大島との関連が濃い徳之島の生物相の中にあって、むしろ沖縄本島との関連を示唆する存在であるが[注 2]、これについて徳之島の爬虫類相全体を見ても、例えばコブラの仲間であるハイは奄美大島のヒャンとは亜種を異にし、沖縄本島と亜種を同じくしている事など特異的な面が見られる。但し陸生カメ類は分布しないなど、徳之島の爬虫類相が完全に沖縄的であるわけではない。

この点について高等動物以上に奄美大島系と沖縄本島系の影響の差が顕れやすい昆虫を見ていくと、徳之島産の昆虫は「アマミ○○」と名付けられる種の方が比較的多いのに対し、南隣の沖永良部島から「オキナワ○○」「リュウキュウ○○」と名付けられる種の方が比較的多くなってくる。

このように徳之島の生物相を鳥瞰すると、徳之島と沖永良部島との間の境界線が比較的明瞭に現れるように感じられ、「奄美系」と概括することができるが、その一方で「沖縄の色が見える」ことが徳之島の生物相の特徴ということができよう。

植物[編集]

鹿児島県、徳之島3町で希少種条令に指定されている植物が多種存在する。

法令・条令別捕獲・採取禁止リスト[編集]

法令・条令 種の保存法 指定天然記念物 希少種条令
分類 種名(和名) 鹿児島県 天城町 鹿児島県 徳之島三町
哺乳類 アマミノクロウサギ        
ケナガネズミ        
トゲネズミ          
トクノシマトゲネズミ          
リュウキュウテングコウモリ          
ヤンバルホオヒゲコウモリ          
リュウキュウユビナガコウモリ          
オリイコキクガシラコウモリ          
鳥類 アマミヤマシギ          
アカヒゲ        
クロツラヘラサギ          
カラスバト          
魚類 ウンブキアナゴ          
タメトモハゼ          
キバラヨシノボリ          
甲殻類 オカヤドカリ          
ヤシガニ          
リュウキュウサワガニ          
爬虫類 オビトカゲモドキ        
バーバートカゲ          
両生類 イボイモリ        
アマミハナサキガエル          
昆虫類 フチトリゲンゴロウ          
ヒメフチトリゲンゴロウ          
ヤマトサビクワガタ          
アマミシカクワガタ          
アマミマルバネクワガタ          
マルダイコクコガネ          
陸産貝類 トクノシマビロウドマイマイ          
トクネニヤダマシギセル          
植物 コモチナナバケシダ        
トクノシマテンナンショウ        
タイワンアマクサシダ        
ハツシマカンアオイ          
テンノウメ          
ウケユリ          
シコウラン          
レンギョウエビネ          
オナガエビネ          
カンラン          
フウラン          
カクチョウラン          
ナゴラン          
アキザキナギラン          
アコウネッタイラン          
アツイタ          
アマミアオネカズラ          
アマミテンナンショウ          
オオアマミテンナンショウ          
オオシロショウジョウバカマ          
オオナギラン          
オオバカンアオイ          
コショウジョウンバカマ          
タイワンショウキラン          
ダイサギソウ          
タニムラアオイ          
チケイラン          
トクノシマエビネ          
トクノシマカンアオイ          
ナギラン          
ナンバンキンギンソウ          
ハマトラノオ          
ヒメスイカズラ          
ヒメトケンラン          
ホウザンツヅラフジ          
ヤクシマネッタイラン          
リュウキュウヒモラン          

(令和4年2月現在)

産業[編集]

一面に広がるさとうきび畑

交通[編集]

徳之島子宝空港
徳之島空港のJAL機
亀徳港

空路[編集]

徳之島空港(天城町)

航路[編集]

亀徳港(徳之島町)
平土野港に停泊するフェリーあまみ
鹿児島港(新港区・第二待合所) - 名瀬港(新港地区) - 亀徳港(徳之島) - 和泊港(沖永良部島) - 与論港(与論島) - 本部港沖縄本島) - 那覇港(那覇ふ頭)
平土野港(天城町)
  • 鹿児島・喜界・知名航路
    • 奄美海運(フェリーあまみ・フェリーきかい)
鹿児島港(本港区北埠頭) - 湾港(喜界島) - 名瀬港(新港地区) - 古仁屋港奄美大島) - 平土野港(徳之島) - 知名港(沖永良部島)

島内の公共交通移動[編集]

教習所[編集]

文化[編集]

島内開催の闘牛(伊藤観光ドーム)
闘牛(松原闘牛場)

方言は琉球語(琉球方言)の1つ奄美徳之島諸方言(徳之島方言)で、民謡島唄)も三線(サンシン)を使ったものが多くあるなど、奄美大島よりも沖縄県への文化的近似性を伺わせる。

牛同士を戦わせる闘牛が盛んで、シーズンには島全体が熱気に包まれる。また、選挙でも有名な島である。

代表的な年中行事に以下のようなものがある。

  • 「むちたぼれ(餅もらい)」=稲作儀礼の行事で、衣装を着て「餅たぼれ、餅たぼれ」と唄い踊りながら各家々を回る。
  • 「浜下り」=旧暦7月の盆の後の3日間。昼は浜で酒を酌み交わし、夜は踊り明かす。昔、トゥール墓(洞窟墓)の下で先祖の霊を供養したのが始まり
  • 「夏目踊り」=8月17日に行う豊年祭。早朝8時頃から踊り始める

方言[編集]

地元では島口(すぃまぐつぃ)と呼ぶ。昭和中期まで島内の道路整備がすすんでいなかったため、集落毎の語彙アクセントの差異が大きい。

奄美方言の内、奄美大島と徳之島及び喜界島の一部の方言には、標準日本語の5つの母音(あ、い、う、え、お)以外の母音が存在している。

徳之島では、aiueoの他に、ɪɘがあり、それぞれに長音も存在する。

後の2母音の正式な表記法は決まっていないが、それぞれ「ぃ(ィ)」または「ゐ(ヰ)」と「ぇ(ェ)」または「ゑ(ヱ)」を小さく添える表記法を提案する話者もいる[5]

また、頭音に声門破裂音があり、意味の区別に使われるため、「’」などを付けて区別する表記もある。

民謡[編集]

  • ワイド節 – 坪山豊作曲。闘牛の時に歌われる。牛に対するかけ声「ワイド、ワイド」で始まる。
  • 六調 – 他の奄美諸島と同じく、宴会などに歌われる。速めのテンポにあわせて踊る。
  • ちゅっきゃり節 – 「ちゅっきゃり」とは「一切」の意味。多方面、多歌詞で唄われる。

料理[編集]

豚肉料理

薩摩料理の影響を受けた豚骨沖縄料理の影響をうけた油そうめん豚足、両者に共通する豚味噌などが有名。

全般に甘く、濃い味付けとなっている。海水魚は刺身、煮付けの他、唐揚げによくされる。魚汁もいったん揚げた魚を使う場合がある。

普通のおにぎり海苔の部分に海苔の代わりに薄く焼いた卵焼きを巻いた「たまごおにぎり」[注 3]を入れる「冷やしおかゆ」は徳之島で日常的にたべられている特徴的な主食のひとつである。

島かまぼこ入り油そうめん
島内のコンビニ等で販売されている「たまごおにぎり」
鹿児島県立徳之島高等学校

教育[編集]

インフラ[編集]

鹿児島県のテレビ・ラジオ放送が受信できるほか、一部の地域では沖縄県のテレビ・ラジオ放送が受信可能。(テレビの場合は受信ブースターを使用)

当然ながら、電力やインターネット・携帯電話等の使用可能地域である。その他、スーパーやコンビニ・ファミレス・100円ショップ等、おおよそ整備されている。

パチンコ店も島内各所に8店舗点在する。

テレビ[編集]

島内には基幹局となる徳之島中継局のほか、4か所に中継局がある。(NHKのみ、MBC・KTSは3か所、KKB・KYTは徳之島局と山局のみ)

なお2006年に開始された地上デジタル放送については、NHKと民放4社が2008年11月に本放送開始している。

  • NHK鹿児島放送局
    • 総合テレビ(徳之島中継局9ch、他中継局46ch)地デジ周波数 15CH リモコン番号 3
    • 教育テレビ(徳之島中継局11ch、他中継局48ch)地デジ周波数 13CH リモコン番号 2
  • MBC南日本放送(TBS系列、徳之島中継局60ch・他中継局50ch)地デジ周波数 16CH リモコン番号 1
  • KTS鹿児島テレビ放送(フジテレビ系列、徳之島中継局58ch・他中継局44ch)地デジ周波数 18CH リモコン番号 8
  • KKB鹿児島放送(テレビ朝日系列、徳之島中継局のみ62ch)地デジ周波数 14CH リモコン番号 10
  • KYT鹿児島読売テレビ(日本テレビ系列、徳之島中継局のみ56ch)地デジ周波数 17CH リモコン番号 4
    MBCはクロージングには徳之島局と山局が、ホームページは徳之島4局が紹介されている。
    KTSはホームページには徳之島4局(徳之島、山、天城、面縄)のチャンネルが載っている。

CATV[編集]

  • ユイの里テレビ<AYT>(天城町のみ)地域情報限定

ラジオ[編集]

NHKのみ島内に中継局がある。(AM・FMとも)

なお民放は南日本放送(MBC)は鹿児島本局・名瀬中継局(1107 kHz・1449 kHz)から直接受信可能だが、FM鹿児島薩南諸島全域に中継局がないため受信不可であり、radiko等を利用する。

インターネット[編集]

プロバイダが数社あり光接続も可能。

無料の公衆無線LAN徳之島空港徳洲会病院・ホテルレクストン徳之島・民宿平和の森などに限定され、観光化に向け更なる整備が望まれる。

  • NTT
  • 徳之島ビジョン株式会社
  • 株式会社シナプス
  • CATV ユイの里テレビ<AYT>(天城町のみ)

携帯電話[編集]

docomo・au・SoftBankの3社は概ね全島をカバーする。

  • ドコモショップ徳之島店
  • auショップ徳之島
  • SoftBankショップ(以前はあったが,現在は取扱店はない。但し,携帯電話は使用可能である。)

コンビニエンスストア[編集]

ファストフード[編集]

  • 弁当
    • ほっかほっか亭 徳之島店
    • ほっともっと
      • 徳之島店
      • 徳之島天城店
    • 本家かまどや 亀津店
    • なの花
    • かわばた弁当
  • ハンバーガー
    • サンバーガー
    • leaf
  • その他
    • ピザマックス 亀津店
    • 紀江たこ焼屋
    • Rise(クレープ)

ファミリーレストラン[編集]

レンタルショップ[編集]

100円ショップ[編集]

スポーツ[編集]

与名間ビーチ(トライアスロンスイム会場)
  • トライアスロンin徳之島大会(毎年6月開催)
    • 2020年(第33回)は11月15日(日)に延期し、開催予定だったが8月20日の実施検討会にてコロナウイルス感染拡大防止の観点から中止が決定した。
    • 2021年(第34回)は6月27日(日)に開催予定だったが3月29日の実行委員会主催総会にて2年連続中止が決定した。
    • 2022年(第35回)は3年ぶりに7月3日(日)に開催された。
    • 2023年(第36回)は6月25日(日)に開催予定。

合宿(実績)[編集]

学校・企業・実業団・プロ選手(自主トレ)の合宿地としての実績があり、通年利用可能な「天城町総合運動公園」には全天候型陸上競技場を完備し、周囲の宿泊施設や食事等のサポート環境等インフラが整い、テニスコート・野球場・体育館・武道場を施設内に擁し、陸上・野球・テニス・バレーボール・柔道・剣道・ゲートボール・レスリング等、対応種目も多岐にわたる。

また、「徳之島町総合運動公園」も、陸上競技場・野球場・弓道場・テニスコート・多目的広場(サッカー1面・ソフトボール2面)・屋内運動場・競技用プールなどを備え、スポーツ合宿に適した環境が整備されている。

徳之島合宿が盛んになったのは、サンセットリゾートを経営する宮田益明が「徳之島こそ最適」と島外に出向き直接広報し、1998年に陸上競技3チームが合宿したことが始まりである。

後に、合宿に参加していた小出義雄監督率いる高橋尚子選手が、2000年シドニーオリンピックで金メダルを獲得し話題になった。

年間平均気温21.9℃という温暖ながら強い風が吹く気候に加え、海と山の距離が近く起伏の激しいコースはアスリートに最適な合宿地として近年注目されている。

観光[編集]

ムシロ瀬、水平線中央はトンバラ岩、その左は奄美大島
犬田布岬にある戦艦大和慰霊塔

奄美群島国立公園に属し[6]世界自然遺産奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の範囲を含んでいる[7]

観光・物産[編集]

「”とくの島” 観光・物産フェア in 東京」(入場無料)を毎年定期的に行っている。

直近は、2020年2月23日(日)に代々木公園(イベント広場+野外ステージ)にて開催された。

主催は、関東徳州会(徳之島三町郷友会)。

後援は、天城町徳之島町伊仙町JAあまみ徳之島事業本部・JAあまみ天城事業本部・徳之島観光連盟。

観光スポット[編集]

  • ムシロ瀬・天城町
    • 花崗岩がまるでムシロを敷いたように広がり、奇観を呈している。
  • 畔(あぜ)プリンスビーチ・徳之島町
    • 1972年(昭和47年)、当時の皇太子明仁皇后美智子が訪れたことから「プリンスビーチ」と名付けられた。約1.5キロ続く真っ白なビーチと、水平線が見渡せるコバルトブルーの海。際立つ美しさを持つ地域である。毎年5月に公園内の多目的広場で行われる「黒糖まつり」では、牛とサタグンマ(砂糖車)を使った、昔ながらの黒糖作りの様子が再現される。
  • 犬の門蓋(いんのじょうふた)・天城町
    • 東シナ海に面し、隆起サンゴ礁の長年にわたる浸食で奇岩や断崖があり、通称「めがね岩」と言われる洞門状の奇岩も存在し、洞窟、ビーチロックなど変化に富んだ景観。その昔、大飢饉のとき、人畜を襲う野犬を海中に投じたという逸話が名前の由来となる。
  • 犬田布岬(いぬたぶみさき)・伊仙町
    • 夕日の名所。徳之島沖合で撃沈された戦艦大和の慰霊碑がある(実際の大和は長崎県男女群島女島南方176キロ、水深345mの地点に沈没している)。
  • 金見(かなみ)ソテツトンネル・徳之島町
    • 数百メートルにわたりソテツトンネル状に群生している。トンネルの先に展望台があり、奄美大島を眺めることができる。
  • カムィヤキ遺跡・伊仙町
    • カムィヤキ(亀焼)は義名山付近から山手にかけての国有林一体で中世の大規模な陶器窯跡群や、大量の皿、壷、甕、鉢などの出土品も出たことで南島考古学史上最大の発見といわれ、2007年に「徳之島カムィヤキ陶器窯跡」の名称で国の史跡に指定された。
  • 300年ガジュマル・伊仙町
    • 伊仙町の阿権集落にある、樹齢300年を超すと言われる島内随一の大きさを誇るガジュマルの木。
  • 与名間(よなま)ビーチ・天城町
    • 徳之島トライアスロン大会のスイム会場にもなっている白い砂浜と透明度の高い海が魅力。
  • ウンブキ(陸の中の海)・天城町
    • 日本最大級とみられる水中鍾乳洞で水中探検家・水中カメラマンの広部俊明により発見され、本人曰くロケーションや地形がセノーテに酷似しているので「日本のセノーテ」と呼んでも良いと語る。
  • ゴリラ岩・徳之島町
    • 徳之島町の亀津から伊仙町方面に向かって県道を走っていると海岸端に見られるゴリラの横顔に類似した岩。

ロケ[編集]

出身者[編集]

ゆかりの人物[編集]

市町村合併の動向[編集]

島内には徳之島町伊仙町天城町の3町がある。2004年4月13日に徳之島地区合併協議会が発足した。当初、3町での合併を目指したが、2005年1月30日の住民投票の結果を受けて徳之島町が離脱している。残りの2町は合併協議を続けたが、2006年5月29日会合を開き、当分の間2町による協議会は休止することが承認された。

2006年末には3町長の間で合併推進の合意がなされ、2007年4月には3町の法定協議会を設置するため、合併準備委員会が設立された。しかし同年8月に選出された徳之島町の新町長は合併反対の意向を示している。

普天間基地移設候補[編集]

普天間基地移設問題では、2006年日米合意のキャンプ・シュワブ沖合の代替候補地として名前が挙がったが、その当時、徳之島が含まれる衆議院鹿児島県第2区から選出されていた代議士であった徳田毅や毅の父親で島に強い影響力を持つ徳田虎雄(元衆議院議員、徳洲会創設者)、3町長は一貫して反対を表明しており、また2010年4月18日に行われた反対集会には島民の半数以上である1万6000人が集まるなど[11]大規模な反対運動が起こった。その一方で、島の振興などの観点から受け入れを表明する町議、住民なども存在している。

歴史[編集]

  • 文武天皇3年(699年)7月19日 「多禰(種子島)、掖玖(屋久島)、阿麻弥(奄美大島)、度感(どく、徳之島)などの人々が、朝廷から遣わされた官人に従ってやって来て、土地の産物を献上したので、身分に応じて位を授け、物を賜った。度感人が中国[注 4]に渡来するのは、この時(7世紀終わり)から始まった」(『続日本紀』)とあり、徳之島と朝廷との交流に関する記録が見られる。
  • 13世紀、多くの徳之島略史では、1263年に琉球北山王から大親役「首里の主」が派遣され3つの間切に区分けされた、1266年に首里から役人が派遣された等とある。北山では湧川王子英祖王の次男)と子孫など中北山時代に当たるのはともかく、「首里」については当時の琉球(沖縄本島)がまだ英祖王統英祖王の時代であり都は浦添にあったとされ、符合しない。
  • また1266年、奄美群島から沖縄本島の英祖王に入貢したと『中山世鑑』などに記されているが、これは南二つ隣の与論島の事であると言う説(与論町史[12])と、交易の存在を元にした創作説とがある[注 5]。✳︎入貢・・・外国から使節が貢物を持って来ること。
  • 14世紀、徳之島の按司が三山時代中山王国に入貢していたと言う説がある。南隣の沖永良部島与論島は、14世紀に沖縄本島北部に興った北山王国の勢力圏に入った。なお、徳之島のカムィ焼の生産は11世紀後半から14世紀前半まで行われていたとみられる。
  • 15世紀、1429年に沖永良部島と与論島が三山を統一した第一尚氏に臣従する。次いで徳之島も服属し、島之主西世之主恩太良金が徳之島大親に任命されたとある。奄美大島・喜界島征服(尚元王)までには琉球王国の勢力化にあったと考えられる。✳︎臣従・・・臣下として主君につき従うこと。
  • 1562年 一説には、首里大親役「首里之主」赴任はこの年とある。
  • 1609年 4月24日(3月20日)、江戸時代に入り徳之島の秋徳湊(2015年現在の亀徳港)に船団を率いて薩摩藩兵が侵攻してくる。
  • 1610年 徳之島が薩摩藩直轄地となる(名目上は琉球王国に留置かれる)。
  • 1616年 大親役が廃止され、代官が置かれる。
  • 1830年 薩摩藩政下による砂糖総買入制が実施され、島民による砂糖の売買が禁じられる。
  • 1862年 7月2日 徳之島の湾屋湊に西郷隆盛が配流される。島内で麻疹流行(1,677人死亡)。
  • 1864年 4月23日 犬田布騒動が起きる。
  • 1869年 島内で天然痘流行(2,000人死亡)。
  • 1871年 8月29日明治4年7月14日) 他の奄美群島と共に廃藩置県により鹿児島県に編入。
  • 1872年 桂久武ら、奄美群島を商圏とする「大島商社」を設立。
  • 1873年 大蔵省から奄美群島の黒糖売買自由化されるも大島商社による黒糖売買の独占始まる。
  • 1875年 7月25日 代官制が廃止され、亀津に支庁が設けられる。

以降、地方政治の変遷も含め「奄美群島の歴史」を参照

米軍統治時代

本土復帰以降

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 山間地域などを除けば冬の寒い日の日中の気温がおおむね15℃くらいで、最低気温が10℃を下ることが年間数日程度と珍しい
  2. ^ 奄美大島にはトカゲモドキの仲間は分布しない
  3. ^ かつて島内では海苔がなかなか手に入らない貴重品だったため、代用として卵焼きを使用したためとされる。
  4. ^ (ここでは日本を指す。小中華思想に基づく)
  5. ^ 当時の沖縄本島地域は群雄割拠の状態であり、英祖王の勢力は沖縄本島の一部を支配しているに過ぎず、後に宗主国の明に倣った琉球版冊封体制の装飾であると考えられる。

出典[編集]

  1. ^ 国立天文台(編) 平成19年 理科年表 p.565 ISBN 4621077635
  2. ^ 外務省 ニウエ基礎データ 2018年5月26日閲覧。
  3. ^ ジェイエア並びに日本エアコミューターの機材・乗務員による運航
  4. ^ 運航路線図 | JAC 日本エアコミューター”. www.jac.co.jp. 2022年10月10日閲覧。
  5. ^ 岡村隆博、『奄美方言〜カナ文字での書き方〜』、pp42-48、2007年、鹿児島、南方新社、ISBN 978-4-86124-126-0。後者を提案。
  6. ^ “奄美国立公園が誕生”. 南日本新聞: p. 1. (2017年3月8日) 
  7. ^ 奄美の世界自然遺産登録(鹿児島県庁、2021年7月30日)
  8. ^ 奄美海援隊株式会社
  9. ^ 奄美海援隊新聞 8月号トライアスロンに挑戦 (PDF) 奄美海援隊株式会社
  10. ^ 「ひと 城南海」『しんぶん赤旗 日曜版』、2011年9月11日、日本共産党中央委員会
  11. ^ 普天間移設反対、徳之島で1万5千人集会 基地移設 特集 YOMIURI ONLINE(読売新聞)
  12. ^ 歴史・伝統文化 / 与論町ホームページ”. www.yoron.jp. 2018年12月21日閲覧。
  13. ^ 明治12年4月8日太政大臣三条実美通達『鹿児島県管轄大島・喜界島・徳ノ島・沖永良部島・与論島ヲ以テ大島郡ト為シ,大隅国ヘ被属候条,此旨布告候事』
  14. ^ 「いくらなら本土と同じ生活が…」両陛下、奄美への思い”. 朝日新聞DIGITAL (2017年11月16日). 2022年6月18日閲覧。

外部リンク[編集]