大津島

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大津島
大津島
所在地

日本の旗 日本 山口県周南市

大津島の位置(山口県内)
大津島
所在海域 徳山湾瀬戸内海
座標 北緯34度1分15.8秒 東経131度42分24.6秒 / 北緯34.021056度 東経131.706833度 / 34.021056; 131.706833座標: 北緯34度1分15.8秒 東経131度42分24.6秒 / 北緯34.021056度 東経131.706833度 / 34.021056; 131.706833
面積 4.73 km²
最高標高 164.9 m
Project.svgプロジェクト 地形
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大津島(おおづしま)は、山口県周南市徳山下松港の沖合い10数kmのところに浮かぶ離島である。

概要[編集]

大津島は、Y字を少し崩したような形の南北10kmに細長い島。かつては「大津島」と「馬島」それぞれの島だったが、回天の軍事施設ができた際に、二つの島の間の浜が本格的に埋め立てられ、つながったといわれている。

すぐ北にある縦長の樺島、南にある島ひょうたん型の洲島があり、共に無人島である。

東側にある、大きなお椀を伏せたような形の島は、黒髪島。国有地である。昔から採石が盛んで、現在も黒髪石材(株)によって、採石や石の加工がおこなわれている。現在は、黒髪石材(株)に勤務する職員が在住しているのみである。

黒髪島から徳山港へ延びる細長い島は、仙島。以前は人が住んでいたが、現在は無人島。

徳山港は、大津島、黒髪島、仙島が南北に並び、外海から隔てており、天然の良港にしている。

人口は約230人。七つの集落(近江、瀬戸浜、本浦、刈尾、天浦、柳浦、馬島)がある。

年齢65歳以上の高齢化率が80パーセントに達しており、少子過疎高齢化の進んだ限界集落である。


太平洋戦争末期には、日本海軍特攻兵器の一つである人間魚雷回天」の訓練基地が設置されたことでも有名で、現在も、その歴史を伝える回天記念館がある。。

なお、山口放送中波放送(AMラジオ)送信所KRY周南ラジオ送信所)は大津島の島内に設けられている。

産業[編集]

農業、漁業、採石業が盛んだった。昔から黒御影石が産出されることで知られる。刈尾地区の南、瀬戸浜地区、近江地区に採石場跡がある。現在は、島内に石材加工場があるが、石の切り出しは行っていない。

昔は、切り出した石を海上運搬する「石船」という独特の船がこの海域ではよく見られた。農業面では、タバコみかん、サツマイモ、すいかなどの栽培が盛んであった。

現在の特産品は「スダイダイ」である。2017年には、市内料飲組合と協力し、島麦酒SUDAIDAI(大津島オリジナルクラフトビール)が販売され、人気である。

島内では、「島食堂 ひなた」※土日祝日営業 にて、飲むことができる。また市内の徳山料飲組合所属の飲食店でも飲むことができ、お土産としても各お土産販売所(まちのポート、周南市駅前図書館など)でも購入も可能である。

教育[編集]

小学校は、かつてはY字の窪みの位置にある本浦の大津小学校と南端の馬島小学校、本浦の大津島中学校と3校があったが、現在では小学校は統合され、かつての馬島小学校が、大津島小学校となっている。中学も本浦から馬島に移転し、2006年の時点では大津島小学校の中に、大津島中学校も入っている。同じ建物の中に、大津島幼稚園も併設されている。隣接して、ふれあいセンターがあり、夏場は海水浴客などがそこを利用している。島内にタクシーはなく、そのことが観光の発展の足かせのひとつになっている。 平成27(2015)年4月より大津島中学校が、平成28(2016)年4月から大津島小学校が在校生不在により休校となっている。

交通[編集]

徳山港へ入港する大津島巡航の旅客船「鼓海Ⅱ」。
(2008年10月15日)

徳山港から大津島巡航のフェリー・旅客船が、1日7便ある。「フェリー新大津島(定員200名)」と「旅客船 鼓海Ⅱ(定員150名)」が2隻運航している。徳山港は船種により乗り場が別になっている。同所に徳山、大分県竹田津を結ぶスオーナダフェリー(株)が隣接している。 フェリー新大津島は刈尾港、馬島港に着く。旅客船は、本浦港、瀬戸浜港、刈尾港、馬島港に着くが、全便全ての港を経由するのでなく、本浦港は1日2便が着くのみである。旅客料金は徳山港から島の各港まで片道大人720円の一律。 時刻表 運賃表

大津島港から大津島ふれあいセンターを眺める

見所[編集]

回天訓練基地跡地
魚雷実験場に続くトンネル

回天の兵舎があった場所に、人間魚雷回天」の記念館(回天記念館)がある。あたりは桜の木が多く、春には賑わいを見せる。

外部リンク[編集]