西千石町
| 西千石町 | |
|---|---|
| — 町丁 — | |
| 鹿児島市立山下小学校 | |
| 座標: 北緯31度35分16.6秒 東経130度32分51.4秒 / 北緯31.587944度 東経130.547611度 | |
| 国 | |
| 都道府県 | 鹿児島県 |
| 市町村 | 鹿児島市 |
| 地域 | 中央地域 |
| 地区 | 中央地区 |
| 人口 (2010年(平成22年)2月末現在) | |
| - 計 | 2,160人 |
| 等時帯 | JST (UTC+9) |
| 郵便番号 | 892-0847 |
西千石町(にしせんごくちょう Nishisengoku-Chō)は、鹿児島県鹿児島市の町名。旧鹿児島府下西千石馬場町、鹿児島市西千石馬場町。郵便番号は892-0847。人口は2,160人、世帯数は1,145世帯(2010年2月末現在)[1]。西千石町の全域で住居表示を実施している。
西千石町の「千石」はかつて一帯に千石以上の所領をもつ上級武士の屋敷が多くあったことに由来しており[2]、鹿児島城(鶴丸城)を中心として千石を東西に分けたことに由来する[3]。
地理[編集]
鹿児島市の中心部、甲突川下流域に位置している。町域の北方には平之町、照国町、南方には加治屋町、山之口町、西方には西田、東方には東千石町が接している。
町域の北端を鹿児島県道24号鹿児島東市来線が東西に通っており、南端には鹿児島県道21号鹿児島中央停車場線が東西に通っている。以前は加治屋町電停より鹿児島市電伊敷線が分岐していたが、1985年(昭和60年)に廃止となった。東端には甲突川が流れており、町域の南東部にあるライオンズ公園には1979年(昭和54年)に除幕された大久保利通像がある[2]。
東部には鹿児島市立山下小学校が所在している。
歴史[編集]
江戸期は鹿児島城下の士屋敷であり、主に上級武士の居住地域であった。明治初期に鹿児島県鹿児島府下の西千石馬場町となり、1889年(明治22年)には市制が施行されたのに伴い、鹿児島市が成立。江戸期の西千石馬場町は鹿児島市の町名「西千石馬場町」となり、その後1899年(明治32年)に「西千石町」に改称した[4]。
1963年(昭和38年)には西千石町の全域で住居表示が実施された[5]。
人口の変遷[編集]
| 統計年次〔年〕 | 世帯数〔世帯〕 | 総人口〔人〕 | 備考 |
| 明治10年代 | 604 | [4] | |
| 1908年(明治41年) | 371 | 1,731 | [4] |
| 1922年(大正11年) | 559 | 3,389 | [4] |
| 1935年(昭和10年) | 635 | 3,490 | [4] |
施設[編集]
- 教育
小・中学校の学区[編集]
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[6]。
| 町丁 | 番 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 西千石町 | 全域 | 鹿児島市立山下小学校 | 鹿児島市立甲東中学校 |
交通[編集]
道路[編集]
- 県道
-
- 鹿児島県道21号鹿児島中央停車場線
- 鹿児島県道24号鹿児島東市来線
- 天神馬場通り、柿本寺通り
脚注[編集]
関連項目[編集]
座標: 北緯31度35分16.6秒 東経130度32分51.4秒
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