玉里町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
日本 > 鹿児島県 > 鹿児島市 > 玉里町
玉里町
—  町丁  —
島津氏玉里邸庭園(国の名勝)の黒門
玉里町の位置(鹿児島県内)
玉里町
玉里町
座標: 北緯31度36分38.2秒 東経130度32分22.2秒 / 北緯31.610611度 東経130.539500度 / 31.610611; 130.539500
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 鹿児島市
地域 中央地域
地区 城西地区
人口 (2010年(平成22年)2月末現在)
 - 計 521人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 890-0012

玉里町(たまざとちょう Tamazato-Chō)は、鹿児島県鹿児島市町名。旧鹿児島郡伊敷村大字下伊敷紙屋谷地区郵便番号は890-0012。人口は1,398人、世帯数は521世帯(2010年2月末現在)[1]。全域で住居表示を実施している。

町名は島津斉興の別邸であった玉里邸(現在の鹿児島市立鹿児島女子高等学校の地に所在)に由来する[2]

地理[編集]

鹿児島市の中部、甲突川中流域に位置する。町域の北方から西方にかけては下伊敷、南方には草牟田、東方には西坂元町がそれぞれ接している。全体的に台地に位置している。

町域の中央部には鹿児島市立鹿児島女子高等学校があり、敷地内には島津斉興が天保6年に建設した別邸である玉里邸庭園がある。一部施設は明治10年の西南戦争及び1945年昭和20年)の鹿児島大空襲の際に焼失しており、現在は庭園、茶室、武家長屋が現存している[3]1974年昭和49年)に鹿児島市記念物(名勝)に指定され[4]2007年平成19年)に国の史跡名勝天然記念物に指定された[5]

歴史[編集]

古くは鹿児島郡伊敷村大字下伊敷(現在の鹿児島市下伊敷)の紙屋谷地区であった。1920年(大正9年)に大字下伊敷の紙屋谷地区が伊敷村から鹿児島市に編入され、分割された部分より「玉里町」として成立した。

1976年(昭和51年)には玉里町の一部が、草牟田一丁目及び草牟田二丁目、城山一丁目・二丁目、1978年(昭和53年)に玉里団地一丁目及び玉里団地三丁目に分割された[2]

町域の変遷[編集]

実施後 実施年 実施前
鹿児島市玉里町 1920年大正9年) 伊敷村大字下伊敷(紙屋谷地区)
草牟田一丁目及び草牟田二丁目の一部 1976年昭和51年) 玉里町の一部
城山一丁目及び城山二丁目の一部
玉里団地一丁目及び玉里団地三丁目 1978年昭和53年)

施設[編集]

鹿児島市立鹿児島女子高等学校
公共
  • 玉里公民館
教育
史跡
  • 旧島津氏玉里邸庭園(国の名勝、鹿児島女子高等学校敷地内)

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[6]

町丁 番・番地 小学校 中学校
玉里町 全域 鹿児島市立草牟田小学校 鹿児島市立伊敷中学校

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 統計情報 - 鹿児島市ホームページ。
  2. ^ a b 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 p.422 角川書店
  3. ^ 玉里邸 - 鹿児島市 2012年7月16日閲覧。
  4. ^ 旧島津氏玉里邸庭園 - 文化遺産オンライン(文化庁) 2012年7月16日閲覧。
  5. ^ 旧島津氏玉里邸庭園 - 国指定文化財等データベース 2012年7月16日閲覧。
  6. ^ 小・中学校の校区表”. 鹿児島市役所. 2010年6月9日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度36分38.2秒 東経130度32分22.2秒