宮之浦町

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宮之浦町
—  町丁  —
薩摩吉田インターチェンジ
宮之浦町の位置(鹿児島県内)
宮之浦町
宮之浦町
座標: 北緯31度41分13.1秒 東経130度33分43.7秒 / 北緯31.686972度 東経130.562139度 / 31.686972; 130.562139
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 鹿児島市
地域 吉田地域
標高[1] 190.0m (623ft)
人口 (2010年(平成21年)2月末現在)
 - 計 1,708人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 891-1305

宮之浦町(みやのうらちょう Miyanoura-Chō)は、鹿児島県鹿児島市町名。旧鹿児島郡吉田郷宮之浦村、鹿児島郡吉田村大字宮之浦、鹿児島郡吉田町宮之浦郵便番号は891-1305。人口は1,708人、世帯数は724世帯(2010年2月末現在)[2]

地理[編集]

鹿児島市北部の吉田地域の南部、稲荷川上流域に位置する。町域の北方は鹿児島市本城町姶良市平松、南方は鹿児島市川上町及び吉野町、東方は鹿児島市吉野町、姶良市脇元、西方は鹿児島市岡之原町及び本名町にそれぞれ接している。

町域の中央部に牟礼岡団地から構成されている牟礼岡一丁目から牟礼岡三丁目がある。また、町域の西方には九州自動車道が通っており、南西部には薩摩吉田インターチェンジが所在する。

歴史[編集]

成立から町村制施行まで[編集]

鎌倉期より戦国期まで宮浦名と称しており、大隅国吉田院のうちであった。

江戸期には薩摩国鹿児島郡吉田郷(外城)のうちであった。村高は「郡村高辻帳」では1,075石余、「三州御治世要覧」では810石余、「天保郷帳」では1,075石余、「旧高旧領」では712石余であったと記されている[3]

町村制施行以降[編集]

1889年(明治22年)に吉田村の大字「宮之浦」となり、1972年(昭和47年)に吉田村の町制施行に伴い吉田町の大字となった。1991年(平成3年)に宮之浦の一部より牟礼岡一丁目から牟礼岡三丁目が分割された[4]

その後2004年(平成16年)に吉田町が鹿児島市に編入されたのに伴い、鹿児島市の町名「宮之浦町」となった。

字域の変遷[編集]

実施後 実施年 実施前
牟礼岡一丁目から牟礼岡三丁目 1991年平成3年) 宮之浦の一部

人口の変遷[編集]

宮之浦町(宮之浦)の人口の変遷を以下に示す[5]

世帯数 人口
1884年明治17年) 177 870
1925年大正14年) 300 1,441
1931年昭和6年) 305 1,494
1980年昭和55年) 554 1,752
1990年平成2年) 485 1,571

施設[編集]

鹿児島市立宮小学校
公共
  • 鹿児島県立青少年研修センター
  • 鹿児島県総合教育センター
教育
寺院
  • 常行寺
  • 鬼子母神社
  • 正建神社
商業
  • 島津ゴルフクラブ

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校の学区(校区)は以下の通りである[6]

町丁 番・番地 小学校 中学校
宮之浦町 113-130、602-646、
887-898
鹿児島市立本名小学校 鹿児島市立吉田南中学校
宮之浦町 3736-4051 鹿児島市立牟礼岡小学校
宮之浦町 上記を除く全域 鹿児島市立宮小学校

交通[編集]

道路[編集]

高速道路
県道

脚注[編集]

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  1. ^ 宮小付近 参考:吉田町郷土誌 第1編 自然の姿 (PDF)吉田町郷土誌) p.23 - 鹿児島市 2012年5月14日閲覧。
  2. ^ 統計情報 Archived 2010年6月9日, at the Wayback Machine. - 鹿児島市ホームページ。
  3. ^ 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.611
  4. ^ 都市計画関連事業 5 住居表示
  5. ^ 吉田町郷土誌 第1編 自然の姿 (PDF)吉田町郷土誌) p.23 - 鹿児島市 2012年5月14日閲覧。
  6. ^ 小・中学校の校区表”. 鹿児島市役所. 2010年7月29日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年8月13日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度41分13.1秒 東経130度33分43.7秒