山之口町 (鹿児島市)

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山之口町
—  町丁  —
鹿児島山之口郵便局
山之口町の位置(鹿児島県内)
山之口町
山之口町
座標: 北緯31度35分19.2秒 東経130度33分13.5秒 / 北緯31.588667度 東経130.553750度 / 31.588667; 130.553750
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 鹿児島市
地域 中央地域
地区 中央地区
人口 (2010年(平成22年)2月末現在)
 - 計 688人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 892-0844

山之口町(やまのくちちょう Yamanokuchi-Chō)は、鹿児島県鹿児島市町名。旧鹿児島城下山之口馬場町、鹿児島市山之口馬場町郵便番号は892-0844。人口は688人、世帯数は455世帯(2010年2月末現在)[1]。全域で住居表示を実施している。

地理[編集]

鹿児島市中部に位置する。町域の北方に鹿児島県道21号鹿児島中央停車場線を挟んで、西千石町東千石町、南方には樋之口町、西方には加治屋町、東方には千日町がそれぞれ接している。

歴史[編集]

江戸期は鹿児島城下の士屋敷群の一部であった。明治初期より鹿児島府下山之口馬場町となった。1884年(明治17年)に鹿児島郡内の戸長役場が統廃合され、地内に九町を管轄する戸長役場が設置された。

1889年(明治22年)に市制が施行されたのに伴い、鹿児島市の町名「山之口馬場町」となった。1896年(明治29年)には郡制が施行されたのに伴い、鹿児島郡谿山郡北大隅郡を管轄とする郡役所が設置された。1899年(明治32年)に山之口馬場町より「山之口町」に改称された。

その後地内に1912年(大正元年)に鹿児島座、1917年(大正6年)に帝国館、1920年(大正9年)には太陽館、喜楽館などの映画館が相次いで開館し、同時に千日、天文館、山之口各市場が開設されるなど急速に発展していった。

1963年(昭和38年)に天文館通を中心とする地内の一部が千日町として分割され[2]、同時に山之口町の全域で住居表示が実施された[3]

町域の変遷[編集]

実施後 実施年 実施前
千日町 1963年昭和38年) 山之口町の一部

人口の変遷[編集]

統計年次〔年〕 世帯数〔世帯〕 総人口〔人〕 備考
1908年(明治41年) 510 2,378 [2]
1922年(大正11年) 730 3,458 [2]
1935年(昭和10年) 837 4,367 [2]

施設[編集]

公共
  • 鹿児島市営山之口自転車等駐車場
郵便局
  • 鹿児島山之口郵便局
金融
  • ろうきん九州労働金庫鹿児島支店
  • 肥後銀行鹿児島支店

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[4]

町丁 番・番地 小学校 中学校
山之口町 全域 鹿児島市立山下小学校 鹿児島市立甲東中学校

交通[編集]

道路[編集]

県道

鉄道[編集]

鹿児島市交通局鹿児島市電1系統2系統

脚注[編集]

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  1. ^ 統計情報 Archived 2010年6月9日, at the Wayback Machine. - 鹿児島市ホームページ。
  2. ^ a b c d 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.642
  3. ^ 『鹿児島市史 第三巻』 p.742 - 鹿児島市 1972年
  4. ^ 小・中学校の校区表”. 鹿児島市役所. 2010年7月29日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年7月2日閲覧。

関連項目[編集]

座標: 北緯31度35分19.2秒 東経130度33分13.5秒