疑惑 (松本清張)

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疑惑』(ぎわく)は、松本清張推理小説[1]。『オール讀物1982年2月号に、『昇る足音』の題で掲載され(掲載時の挿絵は濱野彰親)、改題の上、同年3月に中編集『疑惑』の表題作として、文藝春秋から発刊された。

1982年松竹系で映画化され、また4度テレビドラマ化されている。

あらすじ[編集]

富山新港湾の岸壁で、鬼塚球磨子(くまこ)と夫・白河福太郎の乗った車が、時速40キロのスピードで海へ突っ込み、夫が死亡する事件が起こった。球磨子は車から脱出し助かっていたが、保険金狙いの殺人と疑われ警察に逮捕される。新聞記者の秋谷茂一は、球磨子の過去…新宿でのホステス時代、暴力団員とつるんで詐欺・恐喝・傷害事件を起こし、北陸の財産家である福太郎と結婚後はすぐ、夫に巨額の生命保険をかけた…を詳細に報じた上で、球磨子を「北陸一の毒婦」と糾弾する記事を書いた。秋谷の記事を契機に他のマスコミも追随、日本中が球磨子の犯行を疑わないムードになった。球磨子の弁護人も辞退が続出する中、佐原卓吉が弁護人となる。球磨子の犯行を確信する秋谷は、佐原に状況を覆す力はないと高をくくっていたが……。

映画[編集]

疑惑
Suspicion
監督 野村芳太郎
脚本 古田求
野村芳太郎
原作 松本清張
製作 野村芳太郎
杉崎重美
出演者 桃井かおり
岩下志麻
音楽 芥川也寸志
毛利蔵人
撮影 川又昴
編集 太田和夫
製作会社 松竹・霧プロダクション
配給 松竹・富士映画
公開 日本の旗 1982年9月18日
上映時間 127分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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1982年9月18日に公開。製作は松竹・霧プロダクション、配給は松竹・富士映画。原作の焦点は新聞記者・秋谷に当てられているが、映画では、桃井かおり演じる被疑者・球磨子と、岩下志麻演じる女性弁護士・佐原の心理的関係に焦点が当てられている。英語題名『Suspicion』。現在はDVD化されている。

キャスト[編集]

白河(鬼塚)球磨子
演 - 桃井かおり
恐喝・傷害などで前科四犯の悪名高い女。福太郎の3億円にも上る保険金の受取人となっている。弁護士はいるが、作中では保険金殺人で死刑判決もあり得ると知り、自身も六法全書を読んだ上で裁判に臨んでいる。子供の頃に養子に出されたり、ホステスとして働いたり、クラブ経営や福太郎に会う前に離婚歴などもあり波乱に満ちた人生を送る。
佐原律子
演 - 岩下志麻
国選弁護人として球磨子の裁判を弁護する。本来民事裁判専門だが、弁護士として有能。裁判中も感情的な言動をする球磨子にも凛とした態度で対応する。証言者たちには、緩急をつけた話し方で証言の矛盾点を探る。離婚経験があり、娘のあやこと月に一度会うことを楽しみにしている。

球磨子に関わる主な人物[編集]

秋谷茂一
演 - 柄本明
事件を追う記者。当初から福太郎の死亡事件は、球磨子による犯行と睨んで取材を行う。新聞記者としての使命感を持ち、親しい刑事たちから情報を聞きこんだり、球磨子の釈明会見で強気な態度で直接疑問をぶつけたりしている。球磨子と親しい豊崎から証言を得るため近づく。
豊崎勝雄
演 - 鹿賀丈史
球磨子の元彼。3年前に詐欺事件を起こし仮釈放中の身で、球磨子のヒモ状態。過去に球磨子の前夫の土地・家屋を共謀してせしめたことがある。事件前に球磨子と会って福太郎の事件と似たような自動車事故の『ケネディ事件』について話したことがあると証言する。
白河福太郎
演 - 仲谷昇
作中では富山で有名な白河酒造の社長。球磨子の夫でお互い再婚同士。車の事故(ほどなくして事件扱い)により死亡。球磨子によると泳ぎは苦手だが釣り好きなこともあり、福太郎が言い出して多額の保険に入ったとのこと。生前、球磨子に惚れ込んでいたが、気弱な性格で親族や球磨子どちらにもいい顔をしていた。

警察関係者[編集]

山崎捜査係長
演 - 新田昌玄
直接捜査を仕切る刑事。保険金殺人疑惑の釈明会見で警察を挑発した球磨子を敵視して捜査にあたる。
小林刑事
演 - 河原崎次郎
事件当初から球磨子が犯人と決めつけて捜査を行う。秋谷とは顔なじみでつい情報を漏らす。
刑事課長
演 - 山本清
確たる証拠がない状態での球磨子の逮捕はできないと慎重かつ確実な態度で殺人による逮捕にこだわる。
佐々木刑事
演 - 飯島大介
球磨子のことを苛立たせる存在として敵視している。小林の先輩刑事。酔うと口が軽くなる。
浅野刑事部長
演 - 梅野泰靖
法医学教授による福太郎の遺体の鑑定結果を受けて刑事たちに報告する。
石原署長
演 - 小林昭二
事件報道がされて数日後、市民から警察署に球磨子を逮捕するよう抗議が殺到したため焦る。

法曹関係者[編集]

宗方検事
演 - 小林稔侍
本作の裁判の検事。証言者たちの様々な証言などから保険金殺人の容疑が掛かった球磨子を厳しく追求する。
矢沢裁判長
演 - 内藤武敏
裁判中球磨子が勝手に発言したり感情的な態度を取るため、手を煩わされる。
原山正雄
演 - 松村達雄
白河家の顧問弁護士。球磨子から裁判の弁護を依頼されるが、土壇場になって長年の持病を理由に弁護を断る。
岡村謙孝(かねたか)
演 - 丹波哲郎
弁護士。原山の大学の後輩。原山によると刑事専門の弁護士としては日本屈指の存在とされる。

主な証言者[編集]

安西教授
演 - 小沢栄太郎
大学医学部教授。福太郎の遺体を鑑定し、裁判で事故当時福太郎は助手席に座っていたと証言する。
藤原好郎
演 - 森田健作
球磨子と福太郎が乗っていた車の事故の目撃者。裁判では、車を運転していたのは球磨子だと証言する。
堀内とき枝
演 - 山田五十鈴
東京のクラブ経営者で、球磨子の元雇い主。球磨子が福太郎と初めて会った頃のことを証言する。
木下保
演 - 三木のり平
福太郎の釣り仲間。福太郎が亡くなる1ヶ月前に会った時のことを証言する。

福太郎の親族など[編集]

白河はる江
演 - 北林谷栄
福太郎の母。周りから『大奥様』と呼ばれる。結婚当初から球磨子のことを良く思っていない。
白河宗治(むねはる)
演 - 丹呉年克
白河家の跡取り息子で中学生。福太郎と前妻の子。球磨子のことを『あの女』呼ばわりして嫌う。
島田勝行
演 - 水谷貞雄
福太郎の義理の弟(福太郎の前妻の弟)。はる江から甥の宗治の後見人を頼まれる。
白河藤九郎
演 - 大森義夫
親族会議で福太郎に、手切れ金を渡して悪評高い球磨子と離縁するように発言する。
白河家親族
演 - 中村美代子
親族会議で、福太郎と球磨子の結婚について白河家が陰口を叩かれるようになったとぼやく。
岩崎専務
演 - 名古屋章
白河酒造の専務。福太郎と球磨子の入籍を事後報告されたり、球磨子の素行の悪さに振り回される。

その他[編集]

片岡咲江
演 - 真野響子
哲郎の後妻。あやこの育ての親。実の子のように愛情を持ってあやこに接している。
片岡哲郎
演 - 伊藤孝雄
一人娘のあやこを引き取り後妻・咲江と暮らす。律子と離婚した時の条件として月に1度あやこを律子に会わせる。
デスク
演 - 小美野欣士
秋谷の同僚記者
演 - 羽生昭彦
記者
演 - 城戸卓
交通課警官
演 - 森下哲夫
鑑識課員
演 - 遠藤剛
警察署受付
演 - 小森英明
弁護士会幹部
演 - 神山寛
陪席判事
演 - 加島潤
看守
演 - 小田草之介

スタッフ[編集]

受賞歴[編集]

  • 1982年度「キネマ旬報ベストテン」第4位
  • 第6回日本アカデミー賞優秀作品賞、優秀監督賞(野村芳太郎)、優秀脚本賞(古田求、野村芳太郎)、優秀主演女優賞(桃井かおり(『青春の門 自立篇』と併せての受賞))、優秀助演男優賞(柄本明(『セーラー服と機関銃』等と併せての受賞)、鹿賀丈史)、優秀音楽賞(芥川也寸志(『幻の湖』と併せての受賞))、撮影賞(川又昂(『道頓堀川』と併せての受賞))、照明賞(小力松太郎(『道頓堀川』と併せての受賞))、録音賞(原田真一(『道頓堀川』と併せての受賞))
  • 第37回毎日映画コンクール日本映画優秀賞、脚本賞(古田求、野村芳太郎)
  • 第7回報知映画賞主演女優賞(桃井かおり)

エピソード[編集]

  • 製作発表は1982年7月9日、東京の帝国ホテルで行われたが、会見後には桃井かおり・岩下志麻と清張の対談が設定された[2]。その後も清張は本映画のロケーションを見学し(『岡倉天心 その内なる敵』の取材を兼ねていた)、出演者と交流した。完成披露試写会は、9月8日に丸の内ピカデリーで行われた[3]
  • 映画の製作発表からまもなく、1974年に発生した別府3億円保険金殺人事件の被疑者Aから、原作者宛に手紙が来た。『疑惑』に書かれた内容は自分のことそのものであるとし、事件に関する意見を原作者に要求するものであったが、清張は事件は創作のヒントにしたにすぎないとして、関与を断った[4]
  • 桃井かおりは、球磨子役のオファーを受けた経緯を次のように語っている。「週刊誌的には私自身がわけもなく嫌われていて最悪な状態だったんで、「いまさらこの役をやる必要はないでしょ」と、うちの事務所は全員大反対(笑)。でも、(中略)等身大の桃井ネタは尽きたと思っていたので、いっそすごく嫌な人とかダメな人を少し作って演じてみたい、とにかく演じたいという気持ちが強かったんですね。球磨子のような人だと思われてこそ大成功くらいの気持ちで、思いっきりやってみようと思ったんです」[5]
  • 自動車事故のロケは富山新港の南側の公共埠頭で西から東に走るように行われた。実況見分の場面では2015年に移転の旧富山商船高専の実習場と3代目の練習船若潮丸が映っている。
  • 富山のロケ先で桃井と原作者が食事をした際、オコゼの唐揚げを注文した清張を見て、桃井は「オコゼ食べちゃうんですか」と言ったところ、清張は「似ているからって、僕が食べちゃいけないの」と返し、いっきに緊張がゆるんで和んだと桃井は回顧している[6]
  • 女性弁護士を演じた岩下志麻は、本映画は専門用語が多くセリフも膨大であり、役作りのため、弁護士事務所を訪問したり、家庭裁判所で実際の裁判を見学したりしたが、撮影が真夏に行われたこともあり、終了したあとはしばらく虚脱状態になったと回顧している[7]
  • 映画のラストに関しては、原作者と監督の野村芳太郎の間で、意見の対立があった。野村芳太郎は弁護士が事件の真相を見破り球磨子が救われる結末を主張したのに対し、清張はあくまで辛口の終わり方を主張、結局、清張の意見が通った。本映画は清張が脚本の前半を実際に執筆したものの、実際の映画は古田求と野村芳太郎の書いた部分が大半を占めることになったとされているが[8]、脚色として清張の名がクレジットされているのは、このことが理由となっている[9]

テレビドラマ[編集]

1992年版[編集]

松本清張スペシャル
疑惑
ジャンル テレビドラマ
放送時間 21:02 - 22:52
放送期間 1992年11月13日
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ
企画 鈴木哲夫(フジテレビ)
演出 長尾啓司
原作 松本清張『疑惑』
脚本 金子成人
プロデューサー 名島徹(フジテレビ)
小坂一雄(レオナ)
林悦子(霧企画)
出演者 いしだあゆみ
小林稔侍
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松本清張スペシャル・疑惑」。1992年11月13日に、フジテレビ系列の『金曜ドラマシアター』(21:02 - 22:52、JST)内で放送された。

出演
スタッフ
フジテレビ系列 金曜ドラマシアター
前番組 番組名 次番組
愛する時と裁く時
(1992.11.6)
松本清張スペシャル
疑惑
(1992.11.13)
ザ・スクープ
(1992.11.20)

2003年版[編集]

松本清張没後10年特別企画
疑惑
ジャンル テレビドラマ
放送時間 21:00 - 22:51
放送期間 2003年3月22日
放送国 日本の旗 日本
制作局 テレビ朝日
演出 大原誠
原作 松本清張『疑惑』
脚本 竹山洋
プロデューサー 松本基弘(テレビ朝日)
井口喜一(共同テレビ)
鈴木伸太郎(共同テレビ)
出演者 佐藤浩市
余貴美子

特記事項:
土曜ワイド劇場25周年記念スペシャル
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2003年3月22日に、テレビ朝日の『土曜ワイド劇場』(21:00 - 22:51、JST)内で、同番組の25周年記念スペシャル、松本清張没後10周年特別企画として放送された。

出演
スタッフ
テレビ朝日系列 土曜ワイド劇場
前番組 番組名 次番組
星野哲郎作詞家生活50周年記念
みちのく紅花街道殺人事件!
(2003.3.15)
松本清張没後10年特別企画
疑惑
(2003.3.22)

2009年版[編集]

松本清張生誕100年特別企画
疑惑
ジャンル テレビドラマ
放送時間 21:00 - 23:21
放送期間 2009年1月24日
放送国 日本の旗 日本
制作局 テレビ朝日
監督 藤田明二
原作 松本清張『疑惑』
脚本 竹山洋
プロデューサー 五十嵐文郎ほか
出演者 田村正和
沢口靖子

特記事項:
テレビ朝日開局50周年記念
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テレビ朝日の開局50周年記念と、松本清張の生誕100周年を記念して、同局系列にて、2009年1月24日の21:00 - 23:21(JST)にスペシャルドラマとして放送。視聴率は18.5%(関東地区)。事件の舞台を金沢市としている。

主役の田村にとって、松本清張作品への出演は1984年放送の「松本清張の地の骨」(フジテレビ)以来25年ぶりであった。

なお、カースタントではメルセデス・ベンツCクラス(W202)が使用された。

出演

ほか

スタッフ
遅れネット局

告発〜国選弁護人[編集]

本作に登場する国選弁護士・佐原を主人公に設定した連続テレビドラマ『告発〜国選弁護人』が、テレビ朝日系列で、2011年1月13日から3月3日まで放送された。同ドラマは、『疑惑』に加え、清張の他の短編作品をベースとしたオリジナル脚本に基づき制作されている(エンディングにて、「このドラマは、松本清張原作『疑惑』を参考に、同原作『○○』を挿入して、全体はオリジナルでつくられたフィクションです」とのテロップが流された)。佐原(同ドラマ中での名前は卓治)は、2009年版テレビドラマと同じ田村正和が演じている。

2012年版[編集]

松本清張没後20年特別企画
疑惑
ジャンル テレビドラマ
放送時間 21:00 - 23:17
放送期間 2012年11月9日
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ
演出 国本雅広
原作 松本清張『疑惑』
脚本 吉本昌弘
プロデューサー 千葉行利(ケイファクトリー)
高橋史典(ケイファクトリー)
出演者 常盤貴子
尾野真千子
テンプレートを表示

松本清張没後20年特別企画・疑惑」。2012年11月9日フジテレビ系列の「金曜プレステージ」枠(21:00 - 23:17)(JST)にて放映。平均視聴率14.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。映画版同様、女性弁護士と被疑者に焦点をあてた人物設定。2012年の時代と裁判員制度を取り込んでいる。事件の舞台は新潟県の「西新潟市」としている。

カースタントでは、BMW528i(E39)が使用された。

出演
ほか
スタッフ

舞台版[編集]

2014年10月4日から26日まで、京都四條南座にて「南座ミステリー劇場」として上演された。

キャスト
スタッフ

脚注・出典[編集]

  1. ^ 松本清張による『疑惑』という題の小説は2つあり、もう1つは1956年サンデー毎日臨時増刊号上に掲載された、短編の時代小説である。こちらもテレビドラマ化されており、1958年日本テレビ系列1959年テレビ朝日系列1960年フジテレビ系列と、少なくとも3回制作されている。
  2. ^ 『疑惑戦線-松本清張スーパー・ドキュメントブック』(1982年、工作舎)に、鼎談「男が疑う、女が惑わす」が収録されている。
  3. ^ 林悦子『松本清張映像の世界 霧にかけた夢』(2001年、ワイズ出版)22-24頁参照。
  4. ^ 林『松本清張映像の世界 霧にかけた夢』21-22頁参照。
  5. ^ 『松本清張傑作映画ベスト10 第8巻 疑惑』(2010年、小学館)参照。
  6. ^ 『松本清張傑作映画ベスト10 第8巻 疑惑』参照。
  7. ^ 岩下志麻「松本清張先生原作の映画に出演して」(『松本清張研究』第13号(2012年、北九州市立松本清張記念館)収録)参照。
  8. ^ 撮影の川又昴や古田求からそのように聞いたと、白井佳夫西村雄一郎は述べている。白井佳夫・大木実・西村雄一郎「映画『張込み』撮影現場からの証言」(『松本清張研究』第2号(1997年、砂書房)収録)参照。
  9. ^ 林『松本清張映像の世界 霧にかけた夢』22頁参照。

外部リンク[編集]