山崎福也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
本来の表記は「山﨑福也」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
山﨑 福也
オリックス・バファローズ #0
Yamasakisachiya bs 20150505.JPG
2015年5月5日 神戸第二サブ球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県所沢市
生年月日 (1992-09-09) 1992年9月9日(26歳)
身長
体重
188 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2014年 ドラフト1位
初出場 2015年3月29日
年俸 1,700万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

山﨑 福也(やまさき さちや、1992年9月9日 - )は、オリックス・バファローズに所属する埼玉県所沢市出身[2]プロ野球選手投手)。左投左打。実父は元プロ野球選手(捕手内野手[3]で、BASEBALL FIRST LEAGUE和歌山ファイティングバーズ監督の山﨑章弘

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

明治大学時代。2014年11月15日、明治神宮野球場にて

所沢市立北小学校の2年時に「新所沢ライノーズ」で、投手として野球をスタート。向陽中学校時代には、「所沢中央シニア」で投手や一塁手を経験した[4]。なお、中学3年時の冬に脳腫瘍が判明したが、手術を経て克服している(詳細後述[5]

日大第三高等学校への進学後には、1年時の秋に一塁手としてベンチ入りを果たすと、2年時の春からレギュラーに定着[4]2年夏の選手権全国大会では、「5番・一塁手」として2試合にスタメンで出場したが、通算打率は.143(7打数1安打)にとどまった[6]。3年生時には、春の選抜大会で、投手としてチームの準優勝に貢献。決勝戦までの全5試合に先発で登板すると、42回1/3を投げて、被安打30、奪三振33、失点14(自責点12)、防御率2.55という成績を残した[7]。さらに、5番打者として13安打を放ったことによって、選抜の1大会における通算安打の最多タイ記録を樹立した[8]。しかし、3年夏の選手権大会では、西東京大会の準決勝で敗れた[9]

高校卒業後には、1学年先輩の関谷亮太がいた明治大学へ進学。東京六大学野球のリーグ戦では、1年の秋季に初出場を果たす[10]と、2年の春季から先発ローテーションの一角を担った[11]。3年時には、春季に6勝、秋季に5勝を挙げてチームのリーグ優勝に貢献したほか、2季連続でリーグのベストナインに選ばれた[12]。また、春季終了後の6月には、第62回全日本大学野球選手権大会で2試合に登板。15回1/3を投げて、被安打9、自責点3、防御率1.76を記録した[13]。さらに、秋季終了後の11月に開かれた第44回明治神宮野球大会でも2試合に登板。通算投球イニングは5回で、被安打4、自責点1、防御率1.80という成績を残した[14]。在学中には、リーグ戦で通算61試合に登板。通算投球イニングは282回1/3で、20勝10敗、自責点69、防御率2.20を記録した[15]

その一方で、3年時の7月に催された第39回日米大学野球選手権大会には、日本代表の一員[16]として2回戦と5回戦で先発[17]。4年時の7月には、第27回ハーレムベースボールウィーク日本代表[18]として3試合に登板。通算投球イニングは4回2/3ながら、自責点0で凌いだ[19]

2014年のNPBドラフト会議では、以上の実績を背景に、オリックス・バファローズから1巡目で単独指名[20]。1億円に5,000万円の出来高分を加えた契約金と、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で入団した[3]。入団当初の背番号は17 [21]。なお、指名直後の2014年11月には、明治大学のエースとして第45回明治神宮野球大会2試合に登板。12回2/3を投げて、被安打8、自責点2、防御率1.42という成績を残した[22]

プロ入り後[編集]

2015年には、開幕一軍入りを果たす[23]と、3月29日の対埼玉西武ライオンズ戦(西武プリンスドーム)で先発投手として公式戦にデビュー[24][25]。しかし、チームはシーズン途中に森脇浩司監督が休養(後に退任)するほど、序盤から低迷していた。山﨑は、一軍ヘッドコーチの福良淳一が監督代行へ就任した直後の6月5日に、ナゴヤドームの対中日ドラゴンズ戦で先発。投げては5回0/3を2失点、打っては2回表の公式戦初打席で安打を放つ活躍で一軍公式戦初勝利を挙げるとともに、チームに福良の監督代行就任後初めての勝利をもたらした[26][27]。一軍公式戦には、通算17試合に登板。12試合で先発を任されたが、3勝6敗と負け越した。シーズン終了後には、先輩投手の吉田一将と共に、プエルトリコウインターリーグへ派遣。インディオス・デ・マヤグエスの一員[28]として先発投手を務めた[29]

2016年には、公式戦の開幕を二軍で迎えたが、4月14日に一軍へ昇格する[30]と、一軍公式戦で前年に続いて17試合に登板。前年から一転して、救援登板の試合数(10試合)が先発登板(7試合)を上回りながらも、3勝2敗、防御率3.67という成績を残した。また、7月14日倉敷マスカットスタジアムで催されたフレッシュオールスターゲームでは、ウエスタン・リーグ選抜[注 1]の7番手投手として7回表に登板。1イニング限定の登板ながら無失点に抑えた[31]。しかし、9月に左肩甲下筋の損傷が判明してからは、実戦から遠ざかった[32]

2017年には、一軍公式戦で15試合に登板。一軍での左投手不足を背景に、先発で7試合、救援で8試合に起用されたが、シーズンを通じて調子の波が激しかった。先発で登板した7月10日の対北海道日本ハムファイターズ戦(京セラドーム大阪)では、138球を投げた末に一軍公式戦での初完封を記録[33]。関西圏以外の球場におけるビジターゲームでの先発登板では、序盤から大量失点を喫した2試合で、前年から一軍監督へ就任していた福良から早期降板と試合中の帰阪を命じられた[34][35]。シーズン終了後の11月30日には、背番号を鉄平外野手の退団(2015年)以来空番であった0に変更することが、球団から発表された。国内FA権の行使によって日本ハムから移籍した増井浩俊が背番号17を付けることに伴う変更で、オリックスの投手が背番号0を着用する事例は、オリックスブルーウェーブ時代の1991年途中から1992年まで川畑泰博が付けて以来である。

2018年には、公式戦開幕直後の4月4日から、一軍公式戦2試合の救援登板で無失点をマーク。二軍での再調整を経て、6月1日に一軍へ再び合流した。6月9日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)では、先発のブランドン・ディクソンが1回裏だけで6点を失ったことを受けて、2回裏から緊急登板。勝敗は付かなかったものの、5回裏までの4イニングを3被安打無失点で凌ぐとともに、5回表の打席で公式戦のシーズン初安打を放った[36]

選手としての特徴[編集]

大学生時での直球の最速は149km/h[37]。変化球の持ち球はスライダーカーブツーシームフォーク[20]。中でもカーブは大学時代から得意としている[38]。また、通常垂直に落下するものが、ナックルのように揺れながら落ちる独特のフォーク、"ナックルフォーク"を日大三高時代から投げている[39]

オリックスへの入団後3年間は、投球時の軸になる左脚の膝が折れる癖が災いして、一軍公式戦で通算8勝を挙げるにとどまった。そのため、3年目(2017年)の秋季キャンプからは、左膝を医療用のギプスで固定させての投球練習に取り組んでいる。阪神タイガースの右投手・藤川球児2014年山口高志二軍投手コーチ(当時)からの指導によって右脚の膝が折れる癖を克服したことにちなんで、投手出身の酒井勉育成コーチから提案されたことによる[40]

家族[編集]

実父の章弘は、オリックスの準本拠地・ほっともっとフィールド神戸がある神戸市育英高校を卒業してから、読売ジャイアンツ日本ハムファイターズで12年にわたってプレー。現役引退後は、日本ハムや中日の二軍コーチを経て、日本国内の独立リーグ4球団でコーチや監督を務めている。ちなみに、福也がオリックスに入団した当時は、BASEBALL FIRST LEAGUEに加盟する兵庫ブルーサンダーズの監督であった。

章弘の長男に当たる兄も、かつて野手や投手として活躍(左投左打)。聖望学園高校の3年時に野手として春夏連続で全国大会へ出場した後に、國學院大學硬式野球部を経て、セガサミー硬式野球部でプレーを続けていた。2015年に引退してからは、セガサミーで社業に専念している。

人物[編集]

日大三高への進学を控えていた中学3年の冬に、実母の勧めで病院の精密検査を受けたところ、小児脳腫瘍が判明。呼吸や歩行に支障が生じるリスクをはらみながらも、進学直前の2008年3月21日に、北海道大学病院で全ての腫瘍を摘出する手術を受けた。幸いにも手術は成功。福也は、麻酔から覚めると、執刀した医師から野球を続けられることを告げられた。さらに、手術の翌日に催された春の選抜大会の開会式には、兄が聖望学園高校の選手として参加。テレビ中継を通じて兄の入場行進を見た福也は、前述した医師から「驚異的」と言われるほど急速に回復すると、手術からおよそ1週間後に退院へ至った。そのまま日大三高へ進学すると、地元の病院で定期健診を受けながら、兄に続いて3年時の春に選抜大会へ出場[41]。オリックスからのドラフト指名当日(2014年10月23日)に全国ネットで放送された『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』(TBSテレビ制作)では、福也や家族に対する密着取材を基に、脳腫瘍の判明から寛解に至るまでの経緯が紹介された。このような経験から、オリックス入団後の2017年9月に横田慎太郎阪神タイガース外野手)が脳腫瘍の発症を公表した直後には、横田に対して「いつかセ・パ交流戦日本シリーズで戦いたいです。リハビリは大変だと思うけど頑張って欲しい」というエールを送っている[42]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2015 オリックス 17 12 0 0 0 3 6 0 0 .333 258 57.2 49 9 34 1 3 35 4 0 35 29 4.53 1.44
2016 17 7 0 0 0 3 2 0 0 .600 260 61.1 55 4 23 0 3 37 2 0 27 25 3.67 1.27
2017 15 7 1 1 0 2 5 0 0 .286 205 45.0 52 8 20 0 0 21 2 1 29 22 4.40 1.60
2018 7 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 80 17.2 21 2 7 1 0 9 0 0 11 9 4.58 1.58
NPB:4年 56 28 1 1 0 8 14 0 0 .364 803 181.2 177 23 84 2 6 102 8 1 102 85 4.21 1.47
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2015 オリックス 17 5 11 2 1 .889
2016 17 6 9 0 1 1.000
2017 15 3 9 1 0 .923
通算 49 14 29 3 2 .935
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初打席・初安打:2015年6月5日、対中日ドラゴンズ1回戦(ナゴヤドーム)、2回表に岩田慎司から中前安打

代表歴[編集]

大学時代

背番号[編集]

  • 17 (2015年 - 2017年)
  • 0 (2018年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 前年(2015年)のフレッシュオールスターゲームでもウエスタン・リーグの選抜チームに入っていたが、天候不良によって中止になっていた。

出典[編集]

  1. ^ オリックス - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年6月2日閲覧。
  2. ^ 西武ドラフト1位候補に明大・山崎が浮上!東京六大学20勝左腕 スポニチ Sponichi Annex 2014年10月14日掲載
  3. ^ a b オリ1位山崎 金子残って「学びたい」 日刊スポーツ 2014年12月3日紙面から
  4. ^ a b 2014ドラフト総決算 週刊ベースボール速報
  5. ^ 明大・山崎 奇跡の子、脳腫瘍克服 日刊スポーツ 2014年10月22日紙面から
  6. ^ 第91回高校野球選手権 8月13日第2試合結果第91回高校野球選手権 8月18日第1試合結果 スポニチ Sponichi Annex
  7. ^ 第82回選抜高校野球 3月21日第3試合第82回選抜高校野球 3月28日第3試合結果第82回選抜高校野球 3月31日第1試合結果第82回選抜高校野球 4月1日第1試合結果第82回選抜高校野球 4月3日第1試合結果 スポニチ Sponichi Annex
  8. ^ 【オリックス】明大・山崎、1位単独指名! スポーツ報知 2014年10月23日
  9. ^ 第92回全国高等学校野球選手権大会地区大会 西東京大会の結果 スポニチ Sponichi Annex
  10. ^ 2014年ドラフト ◇オリックス1位指名 スポニチ Sponichi Annex
  11. ^ 「野球太郎」No.13 廣済堂出版 98頁
  12. ^ 東京六大学野球リーグ戦 ベストナイン 一般財団法人 東京六大学野球連盟
  13. ^ 第62回全日本大学野球選手権大会 ■試合詳細 2013/6/12(水) 神宮球場 2回戦 創価大 - 明治大 [個人成績(詳細)]、第62回全日本大学野球選手権大会 ■試合詳細 2013/6/15(土) 神宮球場 準決勝 上武大 - 明治大 [個人成績(詳細)] 公益財団法人 全日本大学野球連盟
  14. ^ 第44回明治神宮野球大会 試合結果 2回戦 道都大 - 明治大第44回明治神宮野球大会 試合結果 決勝戦 明治大 - 亜細亜 公益財団法人 日本学生野球協会
  15. ^ 週刊ベースボール 12・10号増刊 「大学野球秋季リーグ戦決算号」21頁 ベースボール・マガジン社発行
  16. ^ 第39回 日米大学野球選手権大会 大学日本代表チーム(2013年6月23日発表) 公益財団法人 全日本大学野球連盟
  17. ^ 第39回日米大学野球選手権大会 ■試合詳細 2013/7/7(日) 松山・坊っちゃんスタジアム 2回戦 日本 - 米国第39回日米大学野球選手権大会 ■試合詳細 2013/7/11(木) 明治神宮野球場 5回戦 日本 - 米国
  18. ^ 大学野球日本代表 米国・オランダ遠征 一般財団法人 東京六大学野球連盟
  19. ^ 第27回 ハーレムベースボールウィーク 【第3戦】 2014年7月14日(月) Pim Mulier第27回 ハーレムベースボールウィーク 【第4戦】 2014年7月15日(火) Pim Mulier第27回 ハーレムベースボールウィーク 【第6戦】 2014年7月18日(金) Pim Mulier 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト
  20. ^ a b 2014年度ドラフト会議 契約交渉権獲得選手 オリックス・バファローズ オフィシャルサイト 2014年10月23日配信
  21. ^ 新人選手入団発表記者会見 オリックス・バファローズ オフィシャルサイト 2014年12月13日配信
  22. ^ 第45回記念 明治神宮野球大会 2回戦 明治大 - 徳山大第45回記念 明治神宮野球大会 決勝 駒澤大 - 明治大 公益財団法人 日本学生野球協会
  23. ^ 公示(出場選手登録・抹消) オリックス・バファローズ オフィシャルサイト
  24. ^ オリ山崎福、プロ初登板は3回持たず「申し訳ない」 日刊スポーツ 2015年3月29日掲載
  25. ^ 2015年3月29日 埼玉西武 対 オリックス オリックス・バファローズ オフィシャルサイト
  26. ^ オリ福良代行1勝、ドラフト1位山崎福プロ1勝 日刊スポーツ 2015年6月6日紙面から
  27. ^ 2015年6月5日 中日 対 オリックス オリックス・バファローズ オフィシャルサイト
  28. ^ ウインターリーグ出場のお知らせ オリックス・バファローズ オフィシャルサイト 2015年10月22日配信
  29. ^ オリックス山崎福200万円増「来年は10勝近く」 日刊スポーツ 2015年12月16日配信
  30. ^ 【14日の公示】ヤクルト・風張が昇格、阪神は球児抹消スポニチアネックス 2016年4月14日掲載
  31. ^ プロ野球フレッシュオールスターゲーム2016 出場者試合結果 NPB.jp 日本野球機構
  32. ^ オリックス山崎福、左肩甲下筋損傷で今季復帰厳しく
  33. ^ a b “オリックス山崎福がプロ初完封!138球の熱投 打線は大量11得点”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2017年7月10日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/07/10/kiji/20170710s00001173357000c.html 2017年7月10日閲覧。 
  34. ^ “【オリックス】福良監督、鬼になってKO 山崎福を試合中“強制送還”8連敗”. スポーツ報知. (2017年5月27日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20170526-OHT1T50229.html 2017年11月30日閲覧。 
  35. ^ “オリックス山崎福2回途中KO 鬼の福良監督!試合中に今季2度目の強制帰阪”. デイリースポーツ. (2017年9月19日). https://www.daily.co.jp/baseball/2017/09/19/0010567008.shtml 2017年11月30日閲覧。 
  36. ^ “オリックス山崎福也「緊張はあった」緊急登板で好投”. 日刊スポーツ. (2018年6月9日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201806090000688.html 2018年6月9日閲覧。 
  37. ^ 【オリックス1位】山崎福也 角度ある直球武器の即戦力左腕 スポニチ Sponichi Annex
  38. ^ オリックス1位山崎福、得意のカーブを初披露 日刊スポーツ 2015年1月20日掲載
  39. ^ 【オリックス】ドラフト1位山崎福、「ナックルフォーク」を初披露 スポーツ報知 2015年1月22日
  40. ^ オリックス山崎福 背番17→0変更に複雑な思いも…「リセット」再出発の誓い スポーツニッポン 2017年12月6日掲載
  41. ^ “日大三・山崎君、病気の子に夢与えた力投 脳腫瘍を克服”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞). (2010年4月3日). http://www.asahi.com/koshien/news/TKY201004030311.html 2017年12月1日閲覧。 
  42. ^ “脳腫瘍克服のオリックス山崎福 阪神・横田にエール「いつか日本シリーズで戦いたい」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2017年9月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/09/06/kiji/20170906s00001173062000c.html 2017年12月1日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]