ベルト・ケンプフェルト

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ベルト・ケンプフェルト

ベルト・ケンプフェルトベルト・ケムプフェルトとも表記、Bert Kaempfert、1923年10月16日 - 1980年6月21日)は、ドイツ出身の楽団指揮者作曲家編曲家プロデューサー

生涯[編集]

ハンブルク生まれ。第二次世界大戦中は、ドイツ海軍に所属。敗戦で捕虜収容所生活を経験。

1950年代から、当時の西ドイツに構えるポリグラム社プロデューサーを務める傍ら、自身が結成した楽団の活動をスタートさせる。

(それと並行してベルト・ケンプフェルト・スウィング・バンドを率いて1960年にアルバム (Combo Capers) をリリース。この作品ではクラリネットピアノを担当。)

楽団の音楽スタイルは、ラテン・リズムを取り入れた曲や、トランペット・ソロを生かしたジャジーなアレンジによる曲、オーケストラ・アンサンブルを重視した曲まで、多肢多彩であった。

1958年に発売された「真夜中のブルース(Midnight Blues)」が、彼の日本に於ける初めてのヒットとなる。その後も「愛の誓い(Till)」、「星空のブルース(Wonderland by Night)」と立て続けにヒットを放ち、特に後者は1961年に、全米TOP100の第1位に輝いた。また1963年には、「ジンゴ・ジャンゴ(Jingo Jango)」を全米TOP100の8位に送り込んでいる。

指揮者のイメージが強いものの、ピアノ・クラリネット・サクソフォーンを使いこなすマルチプレイヤー (音楽)でもあった。

ザ・ビートルズのプロデュースをした事でも有名で、1961年から1962年にかけてハンブルクでステレオ録音を行い、彼らのアルバム、シングルを制作した(ビートルズのポリドール・セッション)。

1980年6月21日、スペインマジョルカ島の自宅で、心臓発作に襲われ死去。56歳であった。

主なヒット曲・提供曲[編集]

など

関連項目[編集]