ボノ

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ボノ (Bono)
U2 in London (35732370281).jpg
ボノ(2017年)
基本情報
出生名 Paul David Hewson
別名 Bono
生誕 (1960-05-10) 1960年5月10日(58歳)
出身地 アイルランドの旗 アイルランド ダブリン
ジャンル ロック
職業 ミュージシャン
担当楽器 ボーカル
ギター
ハーモニカ
活動期間 1976年 - 現在
共同作業者 U2
公式サイト http://www.U2.com/
著名使用楽器
グレッチ・アイリッシュ・ファルコン

ボノBono1960年5月10日生まれ)は、アイルランドダブリン出身のミュージシャン。ロックバンドU2のリードボーカルであり、バンドのフロントマンとして知られる。本名はポール・デイヴィッド・ヒューソン KBE(Paul David Hewson KBE)。

U2の歌詞のほとんどはボノによって書かれたものであり、そのテーマは政治や宗教など社会的なものが多い。特に初期の作品では宗教に関連したものが多く、U2に宗教的なイメージ付けをするものとなった。しかしバンドが成熟するにつれ、彼自身やメンバーの個人的な体験について書かれた歌詞も増えている。

国際的な慈善活動家としても知られ、ノーベル平和賞の候補に3度選ばれている。

来歴[編集]

U2での活動[編集]

1983年
「ザ・フライ」に扮したボノ(1992年ZOO TVツアー)

アイルランドのダブリンで生まれ育ち、高校 (Mount Temple Comprehensive School) 時代にU2のメンバーや後に妻となるアリソン・スチュワート(アリ)と出会う。ドラマーであるラリー・マレン・ジュニアの呼びかけにより、U2の前身となるバンド(ラリー・マレン・バンド)の活動を開始する。最初はギター志望だったが、ギターを所有しておらず、ほかの候補者(ジ・エッジ)もいたためボーカルに回った。本人は女の子っぽい歌声なのでロック・ボーカリストには向かないと思ったが、1977年にラモーンズのコンサートを観にいったとき、ジョーイ・ラモーンを通して自分の声を見つけたという[1]

1979年にU2としてメジャーデビューした後は、荒削りなボーカルや激しいライブパフォーマンス、大胆な発言などで注目を集める。作詞面では、国内外の社会・政治問題を強く問題提起し、社会派バンドとしてのU2のイメージをリードした。「WAR TOUR」のステージでは非暴力主義と不偏を表明する「白い旗」を振るパフォーマンスを見せた。

1985年のライヴエイドには、1983年の初来日時に入手した詰襟学生服を着て登場。途中で観客席から引っ張り上げた女性と踊り始めたため、3曲演奏の予定が2曲で終わるというハプニングがあった。ボノが観客の女性を抱き寄せて歌うという演出は、U2のライブの定番になっている。

1990年代から、バンドと共に大きくイメージチェンジする。ライブではサングラスに黒装束の「ザ・フライ」、メフィストフェレスをパロディー化した「マクフィスト」などのキャラクターに変身し、トリックスターの如き奔放なパフォーマンスを見せた。歌唱法も声量豊かな直球派から、ファルセットを駆使する技巧派へ変わった。

2000年代には、かねてから関心のあったアフリカの発展途上国支援プロジェクトに積極的に取り組み、ミュージシャンと慈善活動家を兼ねる多忙な生活を続けている。

2013年公開の映画『マンデラ 自由への長い道』では親交のあったネルソン・マンデラのために「オーディナリー・ラヴ」を提供し、第71回ゴールデングローブ賞にて主題歌賞を受賞した。

その他の音楽活動[編集]

スティングとデュエットするボノ(1986年)
ポール・マッカートニーと共演するボノ(LIVE 8

U2以外の個人活動では、他のミュージシャンとの共演、カヴァー、楽曲提供、ライブへのゲスト参加などを行っている。尊敬するボブ・ディランのライブに参加した時には、「風に吹かれて」の歌詞を知らず即興で歌ったこともある。

2000年にはかねてより温めていた原案を製作し、ヴィム・ヴェンダース監督の『ミリオンダラー・ホテル』として映画化する(ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞)。主題歌やサントラ制作も手掛けた。

2003年には娘2人とイラストを描いた『ピーターとおおかみ』(セルゲイ・プロコフィエフ原作)を出版した。付属CDのナレーション・音楽担当は親友のギャヴィン・フライデー(日本語版ナレーションはジョン・カビラ)。

慈善活動家[編集]

ホワイトハウスにてバラク・オバマ米大統領と会見(2010年)。

1985年エチオピア飢餓救援コンサートライブエイドに参加した後、同国の孤児院で6週間、夫婦でボランティアをした。このとき、自分の知名度と影響力をアフリカの貧困撲滅のために使おうと決意した。米英独仏のトップに会い、協力を呼びかけた。

1990年代末よりスポークスマンとしての積極的な活動を始め、アフリカ貧困国の対外債務帳消しを唱えるジュビリー2000運動に参加。ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世アメリカ合衆国大統領ビル・クリントンに面談し、運動への理解を求めた。2000年には朝日新聞の『論壇』に寄稿している。

活動スタンスはロックスターとしての知名度や話題性を活用し、世界各国の首脳や財界人にアプローチして、通常レベルの意識啓蒙も図ろうとするもの。2002年のTIME誌の報道によると、当時米国の財務長官だったポール・オニールが初めはよくあるセレブリティの売名行為と考えボノに会いたくなかったが、実際に会話をしてみると、アフリカの経済問題をよく理解していることに驚いたと語っている。その後2人は、共にアフリカへ視察へ行った。

米国の共和党タカ派筆頭として国連を敵視しリベラルな政策にことごとく異議を唱えてきたジェシー・ヘルムズが、ボノに説得されアフリカ支援を表明したことは話題となった。

2001年にはチャリティーシングル「What's Going On:All Star Tribute」を企画(マーヴィン・ゲイの楽曲のカヴァー)。R.E.M.のマイケル・スタイプ、ブリトニー・スピアーズクリスティーナ・アギレラデスティニーズ・チャイルドバックストリート・ボーイズイン・シンクジェニファー・ロペスネリージャ・ルールなど様々なアーティストが参加した。エイズ治療・研究基金を募る目的だったが、発売後にアメリカ同時多発テロ事件が発生したため、収益の半分をテロ犠牲者の家族支援基金へ贈った。

2002年にはジュビリー2000の延長として、DATA(Debt(債務)、AIDS(エイズ)、Trade(貿易)、Africa(アフリカ)の頭字語)を共同設立した。また、2004年よりONE Campaignの活動にも深く関わる。

2005年7月のG8サミットでは、アフリカに500億ドルの援助と最貧困国18ヵ国の債務免除をする事を約束させた。同月にはボブ・ゲルドフに協力しLIVE 8開催に貢献。同年10月にはアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ大統領と昼食をし、聖書の一節を引用しながら援助の約束を取り付けた。

2006年1月の世界経済フォーラム年次会合では、売り上げの1%がエイズ対策基金に回るREDを新設した。

2006年7月にはYahoo!グループと提携し、各国の情報掲示板で「貧困をなくすために何が出来ますか」という質問をして回答を募った[要出典]

評価[編集]

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第32位[2]

Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第26位[3]

慈善活動が評価され、2003年2005年2006年にはノーベル平和賞候補になる。

2006年12月23日に、英国大使館は、音楽界への貢献と人道活動を評価し、名誉ナイト爵位を叙位することを発表した。ただし、英国民ではないので「サー」の敬称はつかない。他にも、2003年に、フランスのシラク大統領からレジオン・ドヌール勲章を授与された。2013年7月に、フランス芸術文化勲章コマンドゥールを授与される[4]

2008年5月27日、アフリカ貧困撲滅運動など人道支援活動の功績により、慶應義塾大学から名誉博士号(法学)を受ける。

逆に、そのイメージが政治的に利用される場合もある。2005年3月、当時のアメリカ国防副長官で代表的ネオコンとしてイラク戦争を推進したポール・ウォルフォウィッツが、ブッシュ大統領より世界銀行総裁に指名され物議をかもした。自分に人望が無いことを自覚していたウォルフォウィッツは、批判をかわすために、一部で『もっとも世界銀行総裁にふさわしい男』との声が高かったボノに電話を入れて助言と協力を仰いだ。

また、アイルランド出身であるが、アイルランド政府に海外援助を要請しつつもアイルランドの法律の抜け穴を利用して節税した後、法律が変更されるとU2の版権管理会社をアイルランドから税率の極端に低いオランダに移動させ、毎年数十億円の節税を行っている[5]。母国に納税せず援助だけを要求する行為については、アイルランドの音楽家からも非難されている[6]

2014年、アメリカのフォーチュン誌が発表した「世界で最も偉大な指導者50人」において8位に選ばれた[7]

2017年、タックスヘイブン(租税回避地)に関する流出資料「パラダイス文書」に掲載されていた著名人の中に、ボノの名前があった[8]。節税目的でマルタ共和国の会社を通じ、リトアニアのショッピングモールに投資していたとされる。ボノは投資家として会社の不正行為を知らなかったと説明し、オフショア会社に関するこうした報道を歓迎すると述べた[9]

人物[編集]

名前[編集]

”Bono”の由来となった補聴器店「ボナ・ヴォックス」

「ボノ(Bono)」とは地元ダブリンでつるんでいた少年グループ内で付けられたニックネームであり、友人のグッギ(Guggi[10])が命名した。由来はダブリンの中心街にあった補聴器店の店名「ボナ・ヴォックス(Bonavox[11])」で、「ボノ・ヴォックス・オブ・オコンネル・ストリート(Bono Vox of O'Connell Street)」を縮めてボノになった。

家族[編集]

妻のアリソン・ヒューソン

カトリックプロテスタントの深刻な宗教的対立下のアイルランドにおいて、カトリックの父とプロテスタントの母の間に生まれる。宗派を超えた両親の愛で育まれたことが、人種や宗教を超えた理想主義者というパーソナリティーにつながる。14歳の時母が急死し、痛手から荒れた時期もあったという(U2初期には母について触れた曲も幾つかある)。

2001年には父が亡くなり、直後の地元公演で父に捧げる「Out Of Control」を歌い感動を呼んだ。アルバム『原子爆弾解体新書〜ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム』には、父とのぎこちない関係を振り返る「Sometimes You Can't Make It On Your Own」を収めている(のちの本人談では、和解を1986年まで待たねばならなかったと話している)。

妻のアリソン・ヒューソン (Alison Hewsonとはハイスクールの同級生だった頃から交際し、1982年に結婚した。彼女も慈善活動家であり、夫と共同でファッションブランド「EDUN」を設立している。シングル「Sweetest Thing」はボノが妻に捧げた曲で、PVにはアリソンが出演し、「誕生日をすっぽかしたことに立腹する彼女を、ボノがあの手この手でご機嫌取りする」というシナリオを演じている。

アリソンとの間に二男二女がおり、次女のイヴ・ヒューソンは女優になり[12]、2018年公開の映画『ロビン・フッド』でヒロイン役を演じる[13]。イヴが2013年にニューヨーク大学を卒業した際、大学側はボノに名誉博士号を授与しようとしたが、ボノは卒業生の父親として出席することを望んでオファーを辞退した[14]。U2のアルバム『ソングス・オブ・エクスペリエンス』のジャケット写真には息子のイーライ・ヒューソンが写っている[15]。彼が手をつないでいるのはジ・エッジの娘のサイアン・エヴァンスである。

健康[編集]

1990年代より公私共にサングラスを着用する機会が多いが、2014年のインタビューで約20年前から緑内障を患っており、適切な治療を受けていると明かした[16]

2014年11月にはセントラルパークを自転車で走っているときに転倒して左肘・肩・指を骨折する大怪我を負い、金属プレート埋め込みや骨移植などの手術を受けた[17][18]。翌年5月のインタビューでは、左手の指がまだ思うように動かせないと語った[19]。また、事故をネタにした自虐的なコメディ動画を公開した[20]

2017年にアルバム『ソングス・オブ・エクスペリエンス』を発表した際、詳細は話さないものの、シリアスな健康面の懸念を体験したことが創作に影響を与えたと述べた[21]

2018年9月の「Experience + Innocence Tour」ベルリン公演では声が出なくなるトラブルに見舞われ、ライブが中止となった[22]。その後、医師のケアのもとで回復し、ツアーを続行すると発表した[23]

その他[編集]

使用機材[編集]

演奏する楽器は主にギターハーモニカだが、まれにピアノベース等を演奏することもある。

ギター
  • グレッチ G6136I アイリッシュ・ファルコン - ボノ自身のシグネチャ・モデル。
  • ギブソン エルヴィス・プレスリー・ダヴ
エフェクター
  • クライ・ベイビー DCR-2SR
  • Line 6 Echo Pro
  • Line 6 Mod Pro
  • Line 6 AM4
  • Line 6 MM4
  • Line 6 DM4
  • ボス SD-1
  • ボス AD-5
アンプ

脚注[編集]

  1. ^ 「ボノ・インタビュー」『ロッキングオン 2017年8月号』、ロッキングオン、35頁。
  2. ^ Rolling Stone. “100 Greatest Singers: Bono”. 2013年5月26日閲覧。
  3. ^ Rocklist.net...Q Magazine Lists..”. Q - 100 Greatest Singers (2007年4月). 2013年5月21日閲覧。
  4. ^ http://news.nna.jp.edgesuite.net/free_eu/news/20130717frf004A.html
  5. ^ Slate 2006年10月31日
  6. ^ ContactMusic 2006年9月18日
  7. ^ "教皇フランシスコが最も偉大な指導者に 米フォーチュン誌が世界の指導者50人を選出". クリスチャントゥデイ.(2014年3月21日)2014年4月5日閲覧。
  8. ^ “「パラダイス文書」にマドンナさん、U2のボノさんらセレブも 回避地にヨット、金融投資”. 産経ニュース. (2017年11月6日). https://www.sankei.com/world/news/171106/wor1711060029-n1.html 2018年9月18日閲覧。 
  9. ^ “U2ボノ、「パラダイス文書」を巡る批判に反論”. AERA dot. (2017年11月8日). https://dot.asahi.com/billboardnews/2017110800083.html?page=1 2018年9月18日閲覧。 
  10. ^ 本名デレク・ローウェン、のちのヴァージン・プルーンズ (Virgin Prunesのメンバー。弟のピーター・ローウェンはU2の1stアルバム『ボーイ』、3rdアルバム『アルバム』、ベストアルバム『ザ・ベスト・オブU2 1980-1990』のジャケット写真のモデルとなった。
  11. ^ ラテン語で”Bona Vox”は「good voice(いい声)」の意。
  12. ^ “なぜかくも輝かしいのか? 美貌と成功を手にしたロックスターの美しすぎる娘たち!”. VOGUE JAPAN. (2014年10月10日). https://www.vogue.co.jp/celebrity/celebscoop/2014-10-10/page/7 2018年9月18日閲覧。 
  13. ^ “映画『ロビン・フッド (原題)』あらすじ・キャスト【タロン・エガートン主演作】”. ciatr. (2017年7月6日). https://ciatr.jp/topics/224592 2018年9月18日閲覧。 
  14. ^ “ボノ、ニューヨーク大学からの名誉博士号を辞退”. シネマトゥデイ. (2013年5月17日). https://www.cinematoday.jp/news/N0053028U2 2018年9月18日閲覧。 
  15. ^ ニュー・アルバム本日発売!世界最大のバンドがすべて(エクスペリエンス)を注ぎ込んだ、2017年の最重要作!”. ユニバーサルミュージック (2017年12月1日). 2018年9月18日閲覧。
  16. ^ “U2のボノ「サングラスは緑内障のため」”. AFP BB NEWS. (2014年10月20日). http://www.afpbb.com/articles/-/3029413 2018年9月18日閲覧。 
  17. ^ “ボノ、5時間の手術を受ける大怪我”. BARKS. (2014年11月19日). https://www.barks.jp/news/?id=1000109890 2018年9月18日閲覧。 
  18. ^ “ジ・エッジがボノのケガの様子を語る”. ユニバーサルミュージック. (2014年12月9日). https://www.universal-music.co.jp/u2/news/2014-12-9-2/ 2018年9月18日閲覧。 
  19. ^ “U2のボノ、自転車事故で痛めた手の指がまだ曲げられないと語る”. rockin'on.com (ロッキングオン). (2015年5月2日). https://rockinon.com/news/detail/123206 2018年9月18日閲覧。 
  20. ^ “『U2』ボノが自転車生活へ復帰!自身の事故をパロディにした動画を公開”. FIND BIKE. (2015年5月10日). https://findbike.jp/news/20150510-bono/ 2018年9月18日閲覧。 
  21. ^ “U2、ボノが感じていた健康面の恐怖が新作に与えた影響について語る”. NME JAPAN. (2017年10月25日). https://nme-jp.com/news/45375/ 2018年9月18日閲覧。 
  22. ^ “U2 ボノの声出ない…コンサート途中で中止 症状や原因不明”. スポニチアネックス (スポーツニッポン). (2018年9月3日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/09/03/kiji/20180902s00041000392000c.html 2018年9月18日閲覧。 
  23. ^ “U2、ボノの声が出なくなり1公演中止も、ツアーは続行”. BARKS. (2018年9月3日). https://www.barks.jp/news/?id=1000159370 2018年9月18日閲覧。 
  24. ^ "対談:秋元康×安藤忠雄 自分だけの“武器”とは何か". WEB GOETHE.(2012年4月19日)2014年4月5日閲覧。
  25. ^ 安藤忠雄『仕事をつくる 私の履歴書』、日本経済新聞出版社、2012年、100-101頁、ISBN 9784532168162
  26. ^ U2・ボノさんらが「海の森」に植樹”. TOKYO MX NEWS (2008年5月27日). 2018年9月30日閲覧。

外部リンク[編集]