コニー・フランシス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
コニー・フランシス

コニー・フランシス(Connie Francis、1938年12月12日 - )は、アメリカニュージャージー州ニューアーク出身の歌手女優。イタリア系。本名Concetta Rosa Maria Franconero(コンチェッタ・ローサ・マリア=フランコネロ)。

経歴[ソースを編集]

11歳の頃からショーに出演し、1955年に「Freddy」で歌手デビューしたが、しばらくヒット曲は出なかった。

1958年にリリースされた「Who's Sorry Now?」が大ヒットしてからは、1960年代前半にかけてヒット曲を連発。1961年には「Together」がヒットし、『ビルボード』誌のアダルト・コンテンポラリーのシングルチャートで女性として初めて1位を獲得した。

1974年11月8日、ウエストベリー音楽フェアに合わせてニューヨーク市内でホテルに滞在中、突如客室内に不法侵入した黒人の男から強姦被害を受ける(犯人は未だに逮捕されていない)。その後、安全性を確保しなかったとして、彼女はモーテルチェーン側を提訴し、その結果、約300万ドルを支払うよう判断が示された。

これまで、4回結婚離婚歴が有り、最近では、TV プロデューサーの Bob Parkinson(1985-1986)と、結婚および離婚をしている。

世界各国でヒット曲がカバーされており、日本では弘田三枝子中尾ミエなどがカバーしヒットしたことで知られる。

民族舞踊を意識する「Misirlou(ミザルー)」を歌っている(歌詞がある)。のちに「パルプフィクション」や「TAXi」シリーズで有名なディック・デイルのギターによる曲調ができる(こちらは詞はない)。

代表曲[ソースを編集]

ヴァケイション(Vacation)
1962年7月発売。ビルボード最高9位。ステレオ録音。同年に青山ミチ伊東ゆかり金井克子弘田三枝子安村昌子らによる競作でカバー。弘田三枝子盤が20万枚、青山ミチ盤が3万枚のヒットとなる。2002年、映画『ナースのお仕事ザ・ムービー』主題歌として観月ありさがカバー(「朝倉いずみ with ナースのお仕事」名義)。
フーズ・ソリー・ナウ(Who's Sorry Now?)
1958年2月発売。ビルボード最高4位。自身初のミリオンセラー。モノラル録音。それまで9作のシングル盤が発売されたもののなかなかヒットに恵まれず、次の10作目でヒットが出なければ契約を打ち切るとレコード会社から伝えられていた。窮地に立たされたコニーに、彼女の父が、最後かもしれないなら、自分の大好きな曲を歌ってほしいと彼女に頼んだことでレコーディングをする運びとなった。コニーははじめ、「30年以上も前の古臭い曲は嫌だ」と歌うことを渋ったが、結果的には大ヒットとなり、コニーは歌手を続けられることになったのである。この曲が無ければ、後年の大スター“コニー・フランシス”も無かった。まさに、彼女の人生を変えた曲である。
 また、彼女は後に、「 "Who's Sorry Now?" 以前の曲は全て、今回は誰風に歌おうと考えて歌っていたが、この曲では誰の真似でもなく自然に歌えた」と話している。彼女自身が自分の歌い方を見つけた、大きな転換点となる曲でもあった。
ボーイ・ハント(Where The Boys Are)
1961年1月発売。ビルボード最高4位。ステレオ録音。
カラーに口紅(Lipstick On Your Collar)
1959年5月発売。ビルボード最高5位。ステレオ録音。
泣かせないでね(Don't Break The Heart That Loves You)
1962年1月発売。ビルボード最高1位。ステレオ録音。
間抜けなキューピッド(Stupid Cupid)
1958年7月発売。ビルボード最高14位。モノラル録音。
アモング・マイ・スーベニル(Among My Souvenirs)
1959年11月発売。ビルボード最高7位。モノラル録音。
マイ・ハピネス (My Happiness)
1958年11月発売。ビルボード最高2位。ステレオ録音。
アイム・ソーリー・アイ・メイド・ユー・クライ(I'm Sorry I Made You Cry)
1958年4月発売。ビルボード最高36位。モノラル録音。
可愛いベイビー(Pretty Little Baby)
アメリカではシングル発売されておらず、日本独自のヒット曲である。ステレオ録音。
1962年中尾ミエ(ビクター)、森山加代子(東芝)、沢リリ子(テイチク)、後藤久美子(コロムビア)の4社競作でカバー。中でも中尾ミエ盤が一番売れた。
夢のデイト(Someone Else's Boy)
日本独自のヒット曲。
ロリポップ・リップス(Lollipop Lips)
アメリカでは発売されず。日本独自のヒット曲。渡辺トモコや「九重佑三子ダニー飯田とパラダイス・キング」が競作でカヴァーした。
大人になりたい(Too Many Rules)
1961年発売。ビルボード最高72位だったが、日本では伊東ゆかり後藤久美子などの歌で大ヒットした。

エピソード[ソースを編集]

出演映画[ソースを編集]

  • ボーイハント(1960年)
  • 渚のテート(1963)
  • ハートでキッス(1964)
  • 青空のデート(1965)

外部リンク[ソースを編集]