出囃子 (落語)
落語における出囃子(でばやし)は、落語家が高座に上がる際にかかる音楽であり、寄席囃子のひとつである。寄席や落語会では、落語家に限らず、芸人が登場する際の音楽全てを指すことがある。出囃子 (お笑い)も参照。
概要
元は上方落語のみで出囃子を用いたが、東京でも大正期に睦会が取り入れるようになった。それまでは片シャギリのみであった。
演奏に使用されるのは主に三味線、太鼓、笛、当り鉦など。演奏する人のことを「下座」、「お囃子」と言ったりする。上方、東京とも、三味線は専門の下座演奏家(「三味線方」という。全員女性)[1][2]が、笛と太鼓は前座の落語家(「鳴り物方」という)が演奏する。太平洋戦争前の上方落語では、落語家なのに落語をせずに下座でお囃子演奏のみを行う者を「ヘタリ」と呼んでいた。
落語家ごとに使われる曲目が異なっている。通は曲を聴いただけで、どの落語家が出てくるかを知る。たとえば「野崎」の出囃子がかかると、上方では「春團治や」、東京では「黒門町だ」と期待する。春風亭柳好(野ざらしの柳好)が存命時、「梅は咲いたか」の出囃子が流れると「柳好だ」、「柳好だ」とざわめきが起こり、拍手があがった。このように寄席の雰囲気を作り出す効果がある。
寄席囃子奏者の育成
東京
東京においては、1980年(昭和55)年以降、国立劇場において大衆芸能(寄席囃子)の募集・研修が行われている。寄席囃子研修生の応募資格は、中学卒業以上原則として年齢45歳以下で長唄三味線の素養がある女子。作文や実技・面接による選考を経て、全日制で2年間の研修を受ける。研修修了後は落語協会・落語芸術協会どちらかの所属となり、寄席や落語会で寄席囃子として演奏する[3]。
なお、円楽一門会には上記とは別に専属のお囃子担当者が複数名いるが[4]、落語立川流には創立以来お囃子担当者は存在せず(2019年現在)、必要な場合は他団体の演奏者に委嘱する形となる。
大阪
出囃子の曲について
一般的には、落語家自身の雰囲気や芸風にあわせて下座が決める。長唄を元とする事が多い。出身地に因むものや、自身の歌っている曲を元とする事もある。前者の例として林家こん平の『佐渡おけさ』、後者の例として月亭方正の『ヤマザキ一番』がある。
近年では、二つ目に昇進する時に、落語家の側から出囃子の曲をリクエストすることもある。出囃子を持つことが出来るのは二つ目以上である。
出囃子を専門にして長い下座は、落語家の所属団体に関係無く、出囃子を一通りこなすことが可能である。しかし下座を担当して間もなかったり、あるいは地方の落語会で地元の人に演奏を頼む場合になると、あまり有名でない曲や、その落語家しか使っていない長唄や、洋楽やポップスなど長唄以外の曲を出囃子にしている落語家は、有名な長唄を代用曲として演奏してもらうことなる。前者の例として三遊亭好楽が普段は『づぼらん』だが代用に『元禄花見踊』、後者の例として三遊亭小遊三が普段は『ボタンとリボン』だが代用に『春はうれしや』などがある[5][6]。その下座が演奏可能な範囲から別の選択をする場合もある。
また、NHKラジオ第1放送の『真打ち競演』では、出番順に出囃子が固定されており、トリ(主任)を務める3番手の出演者は必ず『東京音頭』が演奏される。
演じる演目に合わせて出囃子の曲を使い分けている落語家もいる。例として林家たい平が普段は『ぎっちょ』だが、「ドラ落語」を演じるときは『ドラえもんのうた』を使用している。また柳家喬太郎は普段は『まかしょ』だが、ウルトラマンが題材の落語を演じるときは『ウルトラマンの歌』、また自作の新作落語を演じる時は『東京ホテトル音頭』が用いられる。
主な出囃子
上方落語
- 舟行き:6代目笑福亭松鶴
- 三下がり鞨鼓(さんさがりかっこ):3代目桂米朝・5代目笑福亭松鶴
- 廓丹前(くるわたんぜん):5代目桂文枝
- 野崎:桂春団治(初代・2代目・3代目・4代目とも)
- 新曲浦島:2代目笑福亭松之助
- 勧進帳(舞の相方):2代目露の五郎兵衛
- 獅子舞(大阪名物):森乃福郎(初代・2代目とも)
- ああそれなのに:月亭可朝(または『芸者ワルツ』)
- 昼飯(ひるまま):2代目桂枝雀
- 猩々くずし:3代目笑福亭仁鶴
- 梅は咲いたか:4代目桂福團治
- 御船(ぎょせん):2代目桂ざこば
- 月の巻:2代目桂春蝶
- 薮入:4代目立花家千橘
- 八島官女:2代目桂歌之助(または『たぬき』)
- 獅子舞:桂米輔
- 堀江の盆踊り:露の慎悟
- 月宮殿鶴亀:4代目桂春団治(桂春之輔時代)
- 軒簾(のきすだれ):6代桂文枝(桂三枝時代)・5代目桂文枝(3代目小文枝時代)
- だんじり:笑福亭枝鶴(四代目〈六代目松鶴〉・五代目〈廃業〉・六代目〈小つる〉)仁鶴・鶴志も以前使用
- 春はうれしや:笑福亭鶴光
- 佃くずし:笑福亭福笑
- 高砂丹前(たかさごたんぜん):6代目笑福亭松喬
- たぬき:4代目林家小染・5代目林家小染・3代目林家染丸
- 相川:桂きん枝
- 円馬囃子:桂文珍
- 夫婦万歳:月亭八方
- 供奴:桂春若
- 早船:笑福亭松枝
- 小鍛冶:笑福亭呂鶴
- 正札附:4代目林家染丸
- 都鳥:11代目桂小米
- 猩々(しょうじょう):3代目桂南光・2代目桂枝光
- とんこ節:笑福亭鶴瓶
- 騒ぎ:桂文太
- 舟行くずし:笑福亭鶴志
- 鞍馬:4代目林家染語楼
- 祭(本調子):桂文喬
- 小枝ブルース:桂小枝
- 六段くずし:笑福亭仁智(または『オクラホマミキサー』)
- 岸の柳:桂枝女太
- 鯛や鯛:4代目桂塩鯛
- 都囃子:露の都
- 龍神:4代目桂梅團治
- 鞠と殿様:桂文福(または『月光仮面』)
- 外記猿(げきざる):桂吉朝
- 魔法使いサリー:笑福亭笑瓶
- 鞨鼓(かっこ):5代目桂米團治
- 元禄花見踊り:5代目桂米團治(3代目小米朝時代)
- じんじろ:桂雀三郎(または『ヨーデル食べ放題』)
- 連獅子:3代目桂文之助
- 楽しやな:桂九雀
- せり:桂文我(初代・2代目・3代目・4代目とも)
- 菖蒲浴衣:3代目桂あやめ
- 浪花小唄:桂団朝
- 藤娘:3代目林家染二
- 乗合船:3代目桂花團治
- 越後獅子:4代目桂文昇
- 助六上がり:5代目桂文三
- 辰巳:桂三若(または『レディ・マドンナ』)
- おかめ:7代目月亭文都
- 新鍛冶屋:3代目桂春蝶
- 岩見:月亭遊方
- 東京節:笑福亭松五
- 長崎さわぎ:笑福亭たま
- 猫じゃ猫じゃ:4代目桂米紫
- 雛鶴三番叟:3代目桂歌之助
- 万歳くずし:3代目林家菊丸
- 天王寺:林家市楼
- ヤマザキ一番:月亭方正
- 石段:前座相当専用
- 新かじや:初代笑福亭福松
- 羯鼓:4代目桂米團治
- 野球拳:3代目林家染語楼(または『鞍馬』)
- のっと(本調子):4代目桂文吾
- お兼晒し:4代目桂文紅
- 勧進帳:3代目桂米紫
江戸落語
- 青い目の人形:2代目快楽亭ブラック
- 吾妻八景:4代目柳亭市馬・三遊亭圓輔
- あの町この町:立川左談次・春風亭ぴっかり
- あほだら経:3代目桂文生・桂南なん
菖蒲浴衣 :2代目桂小文治・林家彦六・春風亭一朝・9代目林家正蔵- 阿波踊り:林家しん平・桂宮治
- 一丁入り:5代目古今亭志ん生
- イエローサブマリン:川柳つくし
- 梅の栄:柳家喜多八
- 梅は咲いたか:3代目春風亭柳好・6代目柳家つば女・9代目春風亭小柳枝・立川志の輔
- 越後獅子:古今亭志ん輔・三遊亭遊之介・三遊亭栄馬
- 圓太郎囃子:8代目橘家圓太郎
- 老松:3代目古今亭志ん朝
- お江戸日本橋:3代目三遊亭遊三
- お兼晒し:柳家花緑
- お猿のかごや:五明樓玉の輔
- お前とならば:5代目春風亭柳昇・5代目鈴の家馬勇・入船亭扇治
- 官女:三遊亭圓丈
- 勧進帳:三笑亭可楽(8代目・9代目とも)・古今亭菊丸・三遊亭歌武蔵・6代目蝶花楼馬楽
- 木曽節:6代目月の家圓鏡
- ぎっちょ:林家たい平・柳家花飛
- ぎっちょんちょん:柳家小ゑん・林家今丸
- 串本節:夢月亭清麿・桂枝助
- 鞍馬:10代目金原亭馬生(晩年は『一丁入り』を使用)・金原亭伯楽・立川談春
- 鞍馬獅子:柳家さん喬
- 檄!帝国華撃団:三遊亭とん楽
- 元禄花見踊:5代目三遊亭圓楽・6代目三遊亭円楽・初代三笑亭夢丸・三笑亭小夢・古今亭志ん弥・古今亭菊之丞
- 鯉つかみ:瀧川鯉昇・林家うん平
- 金毘羅船々:4代目桂米丸・3代目柳家権太楼
- さいさい節∶春風亭傳枝・金原亭馬好
- さつまさ:4代目三遊亭圓遊・5代目春風亭柳朝・春風亭一之輔
- 佐渡おけさ:林家こん平
- さわぎ:春風亭小朝・桂歌春
三下 がり中 の舞 :8代目三笑亭可楽- 三下がり鞨鼓:3代目橘家文蔵・立川談幸
- 舌出し三番叟:7代目むかし家今松
- 三味線ブギ:川柳川柳
正札附 :6代目三遊亭圓生・三遊亭圓彌- 序の舞:5代目柳家小さん
- 新曲浦島:6代目三遊亭圓窓
- づぼらん:三遊亭好楽(または『元禄花見踊』)
- せり:春風亭柳橋(6代目・7代目・8代目とも)
- 大漁節:桂歌丸
- つくま:桂三木助(3代目・4代目・5代目とも)
- デイビー・クロケットの唄:春風亭昇太
- 東京ラプソディー∶林家扇兵衛
木賊刈 :7代目立川談志・8代目桂文治- 虎退治:8代目橘家圓蔵
- 長崎ぶらぶら節:春風亭正朝
- 並木駒形:三笑亭笑三
二上 り鞨鼓 :10代目柳家小三治・4代目三遊亭小圓遊- 俄獅子:9代目入船亭扇橋・入船亭扇里
- 野毛山:7代目桂才賀
- 野崎:8代目桂文楽・初代桂小文治・9代目桂文治など
- 白鳥の湖:三遊亭白鳥
- 箱根八里:6代目五街道雲助
- 鳩ぽっぽ:三遊亭らん丈・立川志らく
- 花:2代目林家木久蔵(または『宮さん宮さん』)
- 万才くずし:2代目橘家蔵之助・2代目三笑亭夢丸
- 藤娘:初代古今亭志ん五・桂扇生・林家のん平
- 二ツ巴:三遊亭圓歌(3代目・4代目)
- ボタンとリボン:三遊亭小遊三(または『春はうれしや』)
- 本調子鞨鼓:三遊亭金馬(4代目・3代目とも)
- 本調子のっと:5代目鈴々舎馬風
- まかしょ:柳家喬太郎
- 祭りばやし:2代目林家三平
- 鞠と殿様:林家彦いち
- 宮さん宮さん:林家木久扇・6代目三遊亭圓雀
- 武蔵名物:10代目桂文治・11代目桂文治・2代目古今亭圓菊・古今亭菊生
- 野球拳:三遊亭右紋・春風亭勢朝・立川談笑
- 私を野球に連れてって:桂米助
- 我は海の子:三遊亭歌之介・4代目三遊亭歌扇
出囃子の聴ける主な音源
- CD「寄席囃子」(全2巻、NHKサービスセンター/1994年発売)落語芸術協会企画。
- CD「決定版 寄席ばやし」(キングレコード/2003年発売)落語協会企画。
- CD「寄席ばやし」(キングレコード/2005年発売、但しジャケットが変わったのみで中身は「決定版~」に同じ)
- 4代目桂文我著 書籍+CD4枚組「上方寄席囃子大全集」(燃焼社・2004年発売)ISBN 978-4889780482
- CD-ROM「ご存じ古今東西噺家紳士録」(エーピーピーカンパニー・丸善/2005年発売)ISBN 978-4901441407
- CD「上方落語寄席囃子集」(コロムビアミュージックエンタテインメント/2008年発売)1956年に発売されたレコードの復刻。三味線方は林家とみと滝野光子。鳴り物方は4代目桂文枝、2代目文の家かしく(オリジナル版であるレコードの発売は3代目笑福亭福松襲名後だが、CDはかしく名義になっている)、初代桂南天。
- CD「決定版!寄席囃子100」(3枚組、ソニー・ミュージックダイレクト/2009年発売)実際の収録曲数は一番太鼓、二番太鼓、追い出し等を含め121曲である。
- 林家染丸著 書籍2冊+CD4枚「上方落語 寄席囃子の世界」(創元社/2011年発売)CDでの演奏は一曲ずつが短く、研究・記録用のものである。書籍編には譜面有り。
- CD「四派花形・若手寄席囃子」(スロウボール/2017年発売)オフィスまめかな企画[7]。
脚注
- ^ 福岡には天狗連(アマチュア落語家)による男性の寄席囃子ユニット「九州寄席囃子の会 小きぬ社中」が存在、「博多天神落語まつり」などの下座を担当している。1990年ごろ結成。
- ^ 春風亭正朝 (2005年9月12日). “9月10日(土)宗像落語会 下座(げざ)・小きぬ社中”. 正朝通信. livedoor blog. 2019年9月26日閲覧。
- ^ “大衆芸能(寄席囃子)の研修について”. 独立行政法人 日本芸術文化振興会 (2019年4月). 2019年10月19日閲覧。
- ^ 東都寄席演芸家名鑑「五代目円楽一門会 おはやし連」. 東京かわら版. (2019-1-1). p. 183
- ^ 笑福亭鶴光が東京の落語芸術協会に入会した際に、出囃子が同じ曲となってしまうため、小遊三が変更した。
- ^ “炎上対談!笑福亭鶴光×三遊亭小遊三「噺家ウラ裏バナシ」(1)噺家が口説くんは身近な女ばかりや”. アサ芸プラス. 徳間書店 (2019年5月1日). 2020年10月26日閲覧。 “鶴光 大阪から東京に来て、一番迷惑をかけたのが小遊三さんなんですよ。当時、出囃子が「春はうれしや」で、まったく同じ。スッと替えてくれた度量の広さに感服しました。”
- ^ “出囃子CD『四派花形・若手寄席囃子』好評発売中!”. オフィスまめかな. 2019年9月13日閲覧。
参考文献
- 『上方落語家名鑑ぷらす上方噺』天満天神繁昌亭、上方落語協会編、やまだりよこ著(出版文化社、2006年(平成18年)、ISBN 4-88338-351-2)
- 『んなあほな』第5号(上方落語協会、2006年(平成18年)1月)
- 『藝、これ一生 米朝よもやま話』桂米朝著(朝日新聞出版、2010年(平成22年)、ISBN 978-4-02-250697-9)
- 寄席三味線 内海英華 - ウェイバックマシン(2001年4月28日アーカイブ分) - 上方寄席三味線奏者の公式サイト
- 『お囃子えりちゃん寄席ばなし』恩田えり(落語協会おはやし)著 新子友子(漫画)(イースト・プレス 2012年(平成24年)ISBN 9784781606996)
外部リンク
- お囃子さん(上方落語家名鑑)[1]- 上方落語協会
- 協会員プロフィール おはやし - 落語芸術協会
- 落語の出囃子(出ばやし)(Arata's WebSite内のページ)
- ほぼ日刊イトイ新聞「出囃子を弾きたい。」
- ^ 独自に活動する者もいるので、全員の紹介ではない。