桂枝女太

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桂 枝女太(かつら しめた)は、上方落語名跡。過去に「枝女太」を名乗った落語家が存在する。

  • 桂 枝女太 - 月亭春松編『落語系圖』によると、初代桂枝光の門人に確認できる。
  • 桂 枝女太 - 同じく『落語系圖』によると、初代桂枝太郎の門人に確認できる。

桂 枝女太かつら しめた
桂 枝女太
結三柏は、桂文枝一門の定紋である。
本名 瀬川 誠次(せがわ せいじ)
生年月日 (1958-07-15) 1958年7月15日(59歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府豊中市
師匠 5代目桂文枝
出囃子 岸の柳
活動期間 1977年 -
活動内容 上方落語
所属 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
公式サイト 桂文枝「あんけら荘」第6章 枝女太と小つぶ
受賞歴
1986年「第7回ABC漫才落語コンクール」最優秀新人賞
備考
上方落語協会会員

桂 枝女太(かつら しめた、1958年7月15日 - )は、大阪府豊中市出身の落語家。本名は瀬川 誠次(せがわ せいじ)。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。出囃子は『岸の柳』。

来歴・人物[編集]

関西大倉学園高等学校卒業後、1977年1月に桂小文枝(のちの5代目桂文枝に入門。上方落語協会会員。草野球バレーボールに造詣を持ち笑福亭仁福率いる草野球チーム「モッチャリーズ」の主力メンバーであり、バレーボールチームも結成している。大阪府立豊中高等学校PTA会長。

エピソード[編集]

高座名の「枝女太」は、師匠が最後の弟子と考えていたため「もう弟子はお前で締めたことや。これからワシは弟子は取らへん!」と師匠から言われたことに由来するが、実際は枝女太が高校の後輩である小つぶ(のちの桂枝光)を師匠に紹介したため、最後の弟子にはならなかった。


受賞歴[編集]

出典[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]


外部リンク[編集]