笑福亭枝鶴

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五枚笹は、笑福亭一門の定絞である。

笑福亭 枝鶴(しょうふくてい しかく)は、上方落語名跡。笑福亭の出世名である。

1899年4代目笑福亭松鶴が萬歳を名乗っていた頃、師匠・3代目松鶴講談に転じたため、2代目桂文枝(後の桂文左衛門)の門下に移り、両師の名から一字ずつ取り、桂枝鶴と名乗ったのが由来。後に笑福亭枝鶴となる。

5代目枝鶴が1987年に廃業した後は空き名跡となっていたが、2008年7月12日にかつて5代目枝鶴の弟子(5代目枝鶴廃業後は6代目松鶴弟子に転じる)であった笑福亭小つるが6代目枝鶴を襲名することが決定、2010年10月22日に襲名した。 [1]


初代[編集]

初代 笑福亭枝鶴1869年1870年 - 1942年8月20日)は、後の4代目笑福亭松鶴。本名: 森村米吉。享年74。

2代目[編集]

2代目 笑福亭枝鶴1884年9月5日 - 1950年7月22日)は、後の5代目笑福亭松鶴。本名: 竹内梅之助。享年67。

3代目[編集]

3代目 笑福亭枝鶴1894年 - 1946年5月13日)は、本名: 山中瀧之助。享年52。

桂文人の門下で文輔、初代桂花團治の門下で2代目花丸、花柳を経て、5代目笑福亭松鶴の門下となり「楽語荘」同人となり上方落語復興に尽力、戦時中3代目枝鶴を襲名。地味だが本格派の芸で新作「豆炭」を創作するなど、将来を嘱望されていたが、戦後、大阪市東成区大今里自宅近くの飲食店で急性アルコール中毒により死去。

4代目[編集]

4代目 笑福亭枝鶴1918年8月17日 - 1986年9月5日)は、後の6代目笑福亭松鶴。本名:竹内日出男。享年69。5代目松鶴の実子。

5代目[編集]

5代目 笑福亭枝鶴1945年9月5日 - )は、本名: 竹内日吉。6代目松鶴の実子。はじめ笑福亭光鶴、1973(昭和48)年10月大阪角座で5代目笑福亭枝鶴を襲名。父譲りのおおらかな芸風で「仏師屋盗人」「竹の水仙」などを得意とした。芸の力はあったが生活面に問題が多く絶えず周囲とトラブルを起こした。

5代目枝鶴襲名後、廃業と復帰を繰り返したが、最終的に現在は廃業し、消息はわかっていない。

6代目[編集]

6代目 笑福亭枝鶴1957年6月26日 - )は、本名: 松高 良和。5代目弟子。

笑福亭小つる2010年10月22日に襲名した。

脚注[編集]

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  1. ^ 6代目「笑福亭枝鶴」、小つるが襲名へ 鶴瓶と会見

出典[編集]

  • 『古今東西落語家事典』(諸芸懇話会・大阪芸能懇話会共編、平凡社、1989年)ISBN 458212612X

関連項目[編集]

外部リンク[編集]