三遊亭金馬 (4代目)
| 4代目 | |
| 本名 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1929年3月19日(90歳) |
| 出身地 | |
| 師匠 | 3代目三遊亭金馬 |
| 名跡 | 1. 山遊亭金時(1941年 - 1945年) 2. 三遊亭小金馬(1945年 - 1967年) 3. 4代目三遊亭金馬(1967年 - ) |
| 出囃子 | 本調子鞨鼓 |
| 活動期間 | 1941年 - |
| 活動内容 | 古典落語 新作落語 |
| 家族 | 三遊亭金時(息子) |
| 所属 | 東宝名人会(1941年 - 1964年) 落語協会(1964年 - ) |
| 主な作品 | |
| テレビ番組 『お笑い三人組』 『ミスター・エド』(日本語吹替) | |
| 備考 | |
| 落語協会常任理事(1967年 - 2014年) 落語協会顧問(2014年 - ) 日本演芸家連合会長(2004年 - 2017年) 日本芸能実演家団体協議会顧問 新宿区名誉区民 | |
4代目 三遊亭 金馬(さんゆうてい きんば、1929年(昭和4年)3月19日 - )は、東京都江東区出身の落語家。一般社団法人落語協会顧問。日本演芸家連合5代目会長。日本芸能実演家団体協議会顧問。新宿区名誉区民。本名、松本 龍典(まつもと りゅうすけ)。出囃子は先代と同じ『本調子鞨鼓』である。
柳家小袁治による「当代金馬は、自分の大師匠を知っている大ベテラン」との発言からも窺える通り、2016年現在、東西併せて落語界最古参の落語家であり、現在、唯一の戦中派落語家[1]である。ただし、年齢と真打昇進年を基準に置けば4代目桂米丸が最長老である。
プラモデルファンで、テレビ放送初期にプラモデルの番組をもっていた。また小金馬時代にはコキンホースという競走馬の馬主でもあった。
来歴・人物[編集]
子供の頃に兵隊にあこがれ予科練を夢見たが、柳家金語楼のSPレコードを聴いたことで落語に興味を持つようになる[2]。家族や近所の人に落語を披露しては爆笑をとっていた。
1941年7月、小学校卒業の12歳で寄席の支配人の伝手で3代目三遊亭金馬に入門[2]。少年落語家・山遊亭金時として初高座を踏む。1945年終戦直後の8月18日に、二つ目昇進[2]。三遊亭小金馬と改名。
1953年、日本テレビ開局記念番組放送中、放送事故が発生。急遽、小金馬、2代目三遊亭歌奴(後の3代目三遊亭圓歌)、一龍齋貞鳳、3代目江戸家猫八の4人で即興のインチキプロレス(プロレスコント)を放送する。開局祝賀会場は爆笑の渦に包まれ、これを見た同局社長・正力松太郎の指示により、直ちに彼らをメインとしたレギュラー番組が作られた。いわば金馬は、元祖テレビバラエティータレントである。1955年、歌奴を除く3人をメインにNHKに引き抜かれる形で『お笑い三人組』がスタート。国民的番組となる。このため、これらを知っている世代には未だに前名の「小金馬」の名が通用する場合がある。
1958年3月、真打昇進。1967年3月、3代目の三回忌に4代目三遊亭金馬を襲名。同年、落語協会常任理事、日本演芸家連合理事に就任する。
1969年11月9日から1970年6月14日まで『笑点』の大喜利メンバーを務める[1]。加入時の満年齢は40歳であり、2006年に春風亭昇太(当時46歳)が加入するまでは新加入最高齢者であった。『お笑い三人組』で人気者になっていたため、休演も数回あった[1]。
国立演芸場開設に尽力した功労者であり、1970年には芸術祭優秀賞を受賞し、警視総監表彰を受けた。3代目古今亭志ん朝没後、志ん朝の手掛けていた夏の「住吉踊り」を承継。毎年8月、浅草演芸ホールの中席で披露していた(膝を痛めたことと、高齢のために現在は披露していない)。
『お笑い三人組』で共演した桜京美の病死が判明した1989年1月6日には、「もっと会って話をしておけばよかった」というコメントを寄せて桜を偲んだ。
近年は膝を悪くし、釈台を置いて落語を演じている。愛嬌のある笑顔と独特のダミ声はいまだ健在[1]。
2017年9月6日・7日にBSフジ「クイズ!脳ベルSHOW」に出演。番組出演者の中では今までの最高齢(89歳)[3]でありながら優秀な成績をおさめ、週末のチャンピオン大会にも出場。2019年9月25日・26日にも再び出場、再度27日のチャンピオン大会にも出演した。
2019年6月、自身の健康状態もあり、翌2020年秋に「三遊亭金馬」の名跡を弟子で次男の三遊亭金時に譲り、自身は隠居名となる「三遊亭金翁」を襲名することが明らかになった[4]。
持ちネタ[編集]
など、先代の演目を多く引き継いでいる。
『子なさせ地蔵』などの新作落語を演じることもある。
主な出演作[編集]
ラジオ[編集]
テレビ[編集]
- お笑い三人組(1956年11月 - 1966年3月、NHK)
- ミスター・エド(1962年10月22日 - 1964年4月13日、フジテレビ) - エド 役(日本語吹替)
- 青春とはなんだ(1965年10月24日 - 1966年11月13日、日本テレビ) - 寺田勇作の父・寺田清作 役
- これが青春だ(1966年11月20日 - 1967年10月22日、日本テレビ) - 出目二郎の父・出目太吉 役 *第25話より三遊亭金馬に改名
- でっかい青春(1967年10月29日 - 1968年10月13日、日本テレビ) - 猿田小助の父 役
- 進め!青春(1968年10月20日 - 1968年12月29日、日本テレビ) - 木村豊の父 役
- 笑点(1969年11月9日 - 1970年6月14日、日本テレビ) - 大喜利コーナー
- クイズ!脳ベルSHOW
映画[編集]
- 喜劇 駅前競馬(1966年、東宝)
- 新・与太郎戦記(1969年、大映) - 植木衛生兵長 役
- バツグン女子高校生 16才は感じちゃう(1970年、東宝) - 矢田修平 役
- バツグン女子高校生 そっとしといて16才(1970年、東宝) - 小林佐助 役
- 親子ねずみの不思議な旅(1978年、ヘラルド映画) - カエル 役(日本語吹替)
- ピーマン80(1979年、東宝) - 江戸ッ子 役
- もういちど(2014年、マイシアター/ライブ・ビューイング・ジャパン)
吹き替え[編集]
著書[編集]
一門弟子[編集]
一時期、三遊亭右京が弟子だったことがある。
脚注[編集]
- ^ a b c d ぴあMOOK『笑点五〇年史 1966-2016』123ページ
- ^ a b c 死ぬなら前座より二ツ目…落語家 三遊亭金馬さん 86YOMIURI ONLINE 2015年08月17日閲覧
- ^ “岡田圭右、クイズ番組で猛者を切り盛りする名司会術と品位”. 週刊ポスト. (2019年5月17・24日号). "最高齢は、当時89歳の三遊亭金馬さんでした(小沢英治プロデューサー)"
- ^ 三遊亭金馬 次男に名跡譲る 金時「大きな名前に負けず頑張りたい」 - Sponichi Annex 2019年6月25日
外部リンク[編集]
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