イオンエンターテイメント

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イオングループ > イオンエンターテイメント
イオンエンターテイメント株式会社
AEON ENTERTAINMENT CO.LTD
種類 株式会社
市場情報 未上場
本社所在地 日本の旗 日本
135-0091
東京都港区台場二丁目3番1号 トレードピアお台場10F
設立 1991年10月8日
(株式会社ワーナー・マイカル)
業種 サービス業
事業内容 シネマコンプレックスの運営など
代表者 大島学(代表取締役社長)
資本金 10億円
主要株主 イオン株式会社 100%
関係する人物 ジェリー・ブラック(代表取締役会長)
ミラード・L・オゥクス(元代表取締役社長)
外部リンク http://www.aeoncinema.com//
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イオンエンターテイメント株式会社イオングループの映画興行会社。株式会社ワーナー・マイカルとして設立され、2013年7月1日イオンシネマズ株式会社を合併し、現社名に変更した。日本国内で最多のスクリーン数を運営する。合併以前はワーナー・マイカル・シネマズの屋号でシネマコンプレックスを運営していたが、合併以降はイオンシネマズが運営していたイオンシネマの屋号に統一した。

歴史[編集]

神奈川県海老名市にオープンした第1号劇場『ワーナー・マイカル・シネマズ(WMC)海老名』(2008年11月23日撮影)

イオンエンターテイメント株式会社は、1991年にワーナー・ブラザース・インターナショナル・シネマズ(本社アメリカタイム・ワーナーグループ)とニチイ(後のマイカル)の合併会社である株式会社ワーナー・マイカルとして設立され、1993年に日本初のマルチプレックスシネマ[注 1]とされる『ワーナー・マイカル・シネマズ海老名』(神奈川県海老名市)を開業した。商業劇場では国内初となるTHX認定を1スクリーンで取得。当時はあまり普及していなかったdtsなどのデジタル音響システムや、傾斜角の大きいスタジアムシートを導入するなど、音響の良さ、見やすさを謳っていた。

また、6つ以上のスクリーンを持ちながら、入口・ロビー・映写室等を共有し、商業施設と併設するシネマコンプレックスの日本におけるオーソドックスなデザインを確立した。また、映画の本編が始まる前のCM枠で流れる劇場マナームービーや館内のグッズなどでは、ワーナー・ブラザースが製作しているバッグス・バニーを始めとするルーニー・テューンズのキャラクターとコラボレーションされており、他のシネコンとの差別化を図っていた。しかしイオンエンターテイメント発足の2013年7月までに同じく本編開始前の映像で用いられていた「カチンコ君」共々廃止されその後2014年2月26日に後継キャラとしてドラゴンの「ジャジャン」が発表された。[1]また発足前の4月からの一時期、本編前にフウジンライジンの楽曲のPVが流れるようになった他、発足後には26劇場で元々あった様々な作品群のパネルから歴代スタジオジブリ作品の巨大パネルに掲げかえられたり発足日より1年限定で「会津侍 若松っつん」という会津若松をプロモーションするためのショートムービーが流れるようになった。

創業以降、サティ(現:イオン)やビブレ等マイカルの店舗に併設されるケースがほとんどであった。しかし、マイカルの経営破綻によりイオングループに入り、イオンモールなどイオングループが運営するショッピングセンターに併設されることも増えた。一方で、多摩センター、港北ニュータウンなどイオングループ外のショッピングセンターに設置された例、また弘前・北上のように現在はマイカルの傘下から離れイオングループとの資本関係のない店舗をキーテナントとするショッピングセンターに引き続き併設されている例もある。ただし、イオンが資本参画しているダイエーを核店舗とするショッピングセンターには進出していない。

2001年9月にマイカルが経営破綻した影響により、浦和[注 2]、川崎[注 3]、一関を初めとする複数の出店計画が中止となった。このため、移転を除くと2001年1月26日に開業した加古川から2004年11月12日開業のりんくう泉南まで3年以上の間、新規出店が行われなかった。また後に、当時の親会社であるワーナー・ブラザース・インターナショナル・シネマズが日本国内に直営劇場の展開を計画したが、2007年11月に取りやめを決定し、その余波でelumiこうのす埼玉県鴻巣市)への『ワーナー・マイカル・シネマズ鴻巣』の出店が急遽中止になるなどの影響が出た。

改称後のイオンシネマ
(イオンシネマみなとみらいにて)

イオンリテールとの吸収合併により2011年2月28日を以てマイカルは消滅しているものの、それに伴う改称は行われず、引き続き「マイカル」の屋号が使用されていた。しかし、2013年2月28日にタイム・ワーナーグループが資本を撤退し、ワーナー・マイカルがイオンの完全子会社となり、同年7月1日にはワーナー・マイカルを存続会社として、イオンシネマを運営していたイオンシネマズと合併。社名は「イオンエンターテイメント」に改称した。これによりスクリーン数は609となり、TOHOシネマズを抜いて日本国内最多のスクリーン数を持つ映画興行会社となった。劇場名は同年6月から年内にかけて「ワーナー・マイカル・シネマズ」から改称し「イオンシネマ」に統一するとしていたが[2][3]、公式サイトにおける劇場名称[4]や劇場の公称としては会社の統合と同日付けでイオンシネマに統一され[5]、25年に渡り使用されてきたマイカルの名称も消滅した。なお、看板などは同年内を目処に全劇場を変更した[6]。また、ロゴに関しては旧イオンシネマズ時代の物を引き続き用いているが色が赤からローズレッドとなった他、「AEON CINEMA」の書体は旧イオンシネマズ時代の物の方がより丸みを帯びた物となっている。

統合前の最後の3日間(6月28日〜30日)には「ワーナー・マイカル・シネマズからのありがとうの3日間」[5]と称して、ルーニー・テューンズのサンクスカード(映画チケットの購入時)やオリジナルグッズ(ドリンクポップコーンの購入時)を先着で貰えるプレゼントイベントが全館(61サイト)にて開催された。

統合の同日よりU-NEXTと共同で、シネコンとしては国内初のVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービス「イオンシネマ WEB スクリーン powered by U-NEXT」を開始した。同サービスではテレビ、パソコン、スマートフォン、タブレット等で55,000本以上のビデオ作品を視聴できる他、毎月もらえる「PPVポイント」によりイオンシネマクーポン(映画鑑賞割引)との交換が可能である[7]

沿革[編集]

  • 1991年10月8日 - ワーナー・ブラザース・インターナショナル・シネマズ(本社アメリカ)とニチイ(後のマイカル)との合弁会社として会社設立(出資比率:タイム・ワーナーグループ 50%/株式会社マイカル 50%)。
  • 1993年4月24日 - 1号劇場で日本初のマルチプレックスシネマとされるワーナー・マイカル・シネマズ海老名をオープン。
  • 1999年9月10日 - 9大都市ロードショー地域に初の出店となるワーナー・マイカル・シネマズみなとみらいをオープン。
  • 2001年
    • 9月14日 - 親会社のマイカルが民事再生法を申請。
    • 11月22日 - 親会社のマイカルがイオンをスポンサーとし会社更生法の適用を申請。
  • 2002年8月31日 - マイカル破綻整理の影響を受けワーナー・マイカル・シネマズ鈴鹿が閉館。後にイオンモール鈴鹿ベルシティへ移転。
  • 2006年9月29日 - 運営している劇場の中で、50番目の劇場となるワーナー・マイカル・シネマズ大日をオープン。
  • 2011年3月1日 - 親会社のマイカルがイオンリテール株式会社に合併されたことにより、株主構成変更(出資比率:タイム・ワーナーグループ 50%/イオンリテール株式会社 50%)。
  • 2012年12月19日 - 親会社のイオンが2013年2月か3月に米ワーナー・ブラザーズ・エンターテインメントから全株を取得し完全子会社化することを発表[8]
  • 2013年
    • 2月28日 - イオンの完全子会社になる。これにより日本市場から外資系資本が参画する映画興行会社は姿を消した(出資比率:イオン株式会社 100%[9])。
    • 7月1日 - ワーナー・マイカルを存続会社としイオンシネマズを吸収合併。社名はイオンエンターテイメントに変更した。シネマコンプレックスの屋号は同日、イオンシネマに統一している[2]

劇場[編集]

イオンエンターテイメントの劇場を下記に示す。席数が最も多いのは東京都板橋区にある『イオンシネマ板橋』(2326席)で、最も少ないのは茨城県下妻市にある『イオンシネマ下妻』(722席)である。

W …旧ワーナー・マイカル・シネマズの劇場 / A …旧イオンシネマの劇場 / 無印 …統合後に開館した劇場

営業中の劇場[編集]

北海道[編集]

東北[編集]

関東[編集]

北越[編集]

中部・近畿[編集]

中国・四国[編集]

九州[編集]

開館予定の劇場[編集]

撤退した劇場[編集]

  • ワーナー・マイカル・シネマズ鈴鹿(三重県鈴鹿市、鈴鹿サティ(現:アピタ鈴鹿店)内) <7スクリーン、1,014席、1998年10月23日開館、2002年8月31日閉館>
  • ワーナー・マイカル・シネマズ福岡東(福岡県糟屋郡粕屋町、福岡東サティ(現:イオン福岡東店)内) <8スクリーン、1,786席、2000年12月8日開館、2004年3月28日閉館>
  • ワーナー・マイカル・シネマズ石巻(宮城県石巻市、さくら野百貨店石巻店(現:石巻市役所)内) <7スクリーン、1,172席、1999年7月1日開館、2007年1月8日閉館>
  • ワーナー・マイカル・シネマズ東岸和田(大阪府岸和田市、東岸和田サティ(現:イオン東岸和田店)内) <8スクリーン、1,971席、1993年4月29日開館、2008年2月3日閉館>
    • 後継の劇場がない純粋な閉館としてシネコンが閉館するのは国内初[注 4]
  • ワーナー・マイカル・シネマズ高岡(富山県高岡市高岡サティ内) <6スクリーン、1,155席、1993年10月23日開館、2009年1月12日閉館>
    • 入居していた「高岡サティ」自体が同日をもって閉店。
  • ワーナー・マイカル・シネマズ上峰(佐賀県三養基郡上峰町、上峰サティ(現:イオン上峰店)内) <7スクリーン、1,541席、1996年9月28日開館、2010年2月28日閉館>
    • 県内初のシネマコンプレックスだったが、商圏が競合する範囲内に4サイトが開館し入場者数が低迷したこと、設備が老朽化したことなどを理由に閉館[10]
  • イオンシネマ宇多津(旧:ワーナー・マイカル・シネマズ宇多津)(香川県綾歌郡宇多津町宇多津ビブレ内) <7スクリーン、1236席、1994年3月20日開館、2014年3月16日閉館>
    • 入居していた「宇多津ビブレ」の閉館に伴い、2014年2月28日に同時閉館する予定だったが、延長された。
    • 四国地方初のシネマコンプレックスだった。イオンエンターテイメントに統合後、初めての閉館となる。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ いわゆるシネマコンプレックスという単語が現在の概念で使われるようになったのは後年になってからであり、定義によってその日本初を称する劇場は複数存在する。詳細はシネマコンプレックスの項を参照のこと。
  2. ^ 現在の浦和ストリームビル(パルコ・公共施設)の核テナントとしてビブレ出店と共に計画されていた。
  3. ^ 現在の川崎ダイスの所在地に計画されていた。
  4. ^ TOHOシネマズ株式会社が運営していたTOHOシネマズ高槻がジョイプラザ株式会社に譲渡され、ジョイプラザ株式会社が運営していた高槻シネマルート170が閉館した事例など地元興行会社と出店調整を行ったと思われる閉館はこれ以前にもある。

出典[編集]

  1. ^ [1] (PDF) (イオンエンターテイメント株式会社 2014年2月26日)
  2. ^ a b “2013/7/1(月) 新しいイオンシネマ誕生!”. http://www.warnermycal.com/ac.html 2013年6月12日閲覧。 
  3. ^ 新社名及び劇場名のお知らせ (PDF) (株式会社ワーナー・マイカル/イオンシネマズ株式会社 2013年6月11日)
  4. ^ 統合後の新しいイオンシネマ公式サイト
  5. ^ a b 「ワーナー・マイカル・シネマズからのありがとうの 3 日間」6月28日(金)・29日(土)・30日(日)、全国 61 劇場(シネマトピックスオンライン 2013年6月26日)
  6. ^ 劇場名「イオンシネマ」に統一 7月合併で国内最大に(共同通信/47NMEWS 2013年6月11日)
  7. ^ 国内初、シネコンがVOD配信事業に参入!(イオンエンターテイメント株式会社 2013年7月1日)
  8. ^ 日本経済新聞マーケット(ニュースリリース)日本経済新聞:イオン、ワーナー・マイカル完全子会社化を発表財経新聞:イオン、シネマコンプレックス運営大手ワーナー・マイカルの全株式を取得
  9. ^ 会社概要”. 株式会社ワーナー・マイカル. 2013年4月22日閲覧。
  10. ^ 谷川季実子 (2010年2月25日). “シネコン終幕の春 WMC上峰 28日閉館”. asahi.com. 2010年3月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]