會澤翼
| 広島東洋カープ #64 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 茨城県日立市 |
| 生年月日 | 1988年4月13日(23歳) |
| 身長 体重 |
177cm 80kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 2006年 高校生ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2009年5月27日 |
| 年俸 | 800万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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會澤 翼(あいざわ つばさ、1988年4月13日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(捕手)。茨城県日立市出身。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
小学校3年生の時に助川野球スポーツ少年団で野球を始め、捕手ひと筋。捕手を始めたきっかけは「誰もやろうとしなかったから」。本格的に捕手としての楽しさや奥深さを覚えたのは高校の頃だという。中里中学校では野球部員15人という少人数で活動。高校進学後、1年夏からベンチ入りし、秋には早くも正捕手となる。打線では先輩の春田剛と中軸を担った。高校3年春には、ハンカチ王子こと早実・斎藤佑樹投手と練習試合で対戦し、二塁打を含む2安打を放ったこともあった。高校通算35本塁打。
3年間で甲子園出場は無くメディアへの露出も少なかったが、複数の球団が一年から目を付けており[1]、2006年9月25日の高校生ドラフト会議で、広島東洋カープに3巡指名される。指名直後の会見では短ランとボンタンという格好で集まった関係者を驚かせた。指名挨拶の際、苑田スカウト部長から、ブラウン監督がドラフト会議で首から下げていた入場パスをサイン入りでプレゼントされた。10月16日に契約金4000万、年俸500万円(金額は推定)で仮契約を結ぶ。12月20日に広島で行われた入団会見には顎ひげを生やして会見に臨んだ。
[編集] プロ入り後
春季キャンプ序盤に故障したことで出遅れ、5月2日のウエスタン・リーグ、サーパス-広島5回戦(北神戸)代打でプロ初打席を迎えるも頭に死球を受けて救急車で病院に運ばれる事態となった。相手投手の近藤一樹は完全試合目前の9回2死2ストライクで會澤が最後の27人目の打者だった(近藤は危険球退場)。その後は、捕手というポジション上、ファームでも主に代打で出場機会自体はそれほど多くはなかったが、34試合に出場。捕手としては16試合で守備に付き、先発マスクも経験。打撃面では本塁打を放ち、長打率が4割を超えるなど非凡な打撃を見せた。
春季キャンプ終盤に一軍帯同を予定されていたが[2]、左肩を脱臼してしまう。もともと脱臼癖があった箇所ということもあり、3月に手術をしてシーズン期間をリハビリに費やした。秋のフェニックス・リーグの直前に実戦に復帰した。
春季キャンプ中盤に初めて一軍の練習に参加する。開幕二軍スタートとなったが、正捕手格と中軸に抜擢されると好成績を残し、5月25日に初めて一軍に昇格。5月27日の千葉ロッテマリーンズ戦で代打で一軍初出場を果たす。7月15日に再び一軍に昇格すると同日MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島で行われた対横浜ベイスターズ戦でプロ入り初スタメンを果たした。フレッシュオールスターにも選出されるとウエスタン選抜の5番を任された。シーズン終盤にも一軍に昇格。チーム最年少捕手でありながら石原慶幸、倉義和に次ぐ15試合に出場。うち9試合で捕手の守備に付いた。ファームでは53試合に出場し、打率.337、5本塁打、30打点、長打率.580、出塁率.409、守備率.996の好成績を残し、ウエスタン・リーグ優秀選手賞に選ばれた。
開幕一軍はならなかったが、5月15日の日本ハム戦でダルビッシュ有と投げ合った同い年の前田健太をリードし勝利に導く。6月下旬から二軍生活となったが、8月下旬に再昇格すると9月5日には久保田智之からプロ初ホームランを放った。ファームではチームトップの8本塁打を記録した。また10月に台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選ばれた。
[編集] 人物・プレイスタイル
愛称は「アツ」。同じチームに相澤寿聡、中谷翼がいる事から、名字と名前の一文字ずつをくっつけた呼び方でチームメイトに呼ばれる。高校時代は試合で先輩にも臆することなく苦言を呈した強気な性格である。一方で礼儀正しく真面目な人物でもあるという。
遠投110mで、二塁への送球は1.8秒台。小学校6年生の時のソフトボール投げで市内1位の記録を残したり、中学では市内の大会で盗塁を許したことはなく、走ってくればすべて刺したなど地肩の強さが伺えるエピソードがある[3]。
背筋力が275kgあるパワーヒッターでもあり、高校2年時には地元の水戸市民球場で推定飛距離130mの場外弾を放ったことがある。また右方向にも長打が打てるのも持ち味で會澤本人も強い拘りを持っている。
2011年12月1日、高校時代から交際していた女性と入籍した[4]。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 広島 | 15 | 31 | 28 | 3 | 6 | 1 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 8 | 0 | .214 | .290 | .250 | .540 |
| 2010 | 32 | 56 | 53 | 4 | 9 | 1 | 0 | 1 | 13 | 5 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 16 | 3 | .170 | .200 | .245 | .445 | |
| 通算:2年 | 47 | 87 | 81 | 7 | 15 | 2 | 0 | 1 | 20 | 6 | 0 | 0 | 1 | 0 | 5 | 1 | 0 | 24 | 3 | .185 | .233 | .247 | .480 | |
- 2010年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2009年5月27日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回裏に前田健太の代打として出場
- 初打席:同上、7回裏に渡辺俊介から二塁ゴロ
- 初先発出場:2009年7月15日、対横浜ベイスターズ10回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8番・捕手として先発出場
- 初安打:同上、5回裏に寺原隼人から右前安打
- 初打点:2009年7月18日、対東京ヤクルトスワローズ10回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回裏に由規から左翼線適時二塁打
- 初本塁打:2010年9月5日、対阪神タイガース20回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回裏に久保田智之から中越二点本塁打
[編集] 背番号
- 64 (2007年 - )
[編集] 脚注
- ^ http://www.sanfield.net/athlete/a-nikki/a-nikki.cgi?date=2006.09.29
- ^ 『広島アスリートマガジン2009年9月号』による。
- ^ 『広島アスリートマガジン2007年5月号』による。
- ^ “広島・会沢 高校時から交際女性と結婚していた”. スポニチ Sponichi Annex (2011年12月21日). 2012年1月1日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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