アラン・トランメル

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アラン・トランメル
Alan Trammell
Alan Trammell 2010.jpg
シカゴ・カブスコーチ当時のトランメル(2010年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ガーデングローブ
生年月日 (1958-02-21) 1958年2月21日(59歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
プロ入り 1976年 ドラフト2巡目
初出場 1977年9月9日
最終出場 1996年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 2018年
得票率 81.25%
選出方法 ベテランズ委員会選出

アラン・トランメルAlan Stuart Trammell , 1958年2月21日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ガーデングローブ出身の元プロ野球選手遊撃手)のちに監督。右投右打。

MLBデトロイト・タイガースで活躍した。背番号3はタイガースの永久欠番。タイガース退団後はシカゴ・カブスアリゾナ・ダイヤモンドバックスでベンチコーチ(日本のプロ野球のヘッドコーチに相当)を務めた。現役時代、日本ではしばしば「トラメル」と表記された。

経歴[編集]

現役時代[編集]

デトロイト・タイガースに入団し、マイナーでのプレイの後、1977年9月9日フェンウェイ・パークでのボストン・レッドソックスとのダブルヘッダー第2試合でメジャーデビュー。 長年にわたって二遊間の「キーストン・コンビ」を組むことになるルー・ウィテカーも同じ試合でデビューを果たした。フルシーズン一年目の1978年には139試合に出場。新人王をとったのはウィテカーであった。

1980年には打率.300を記録して初のオールスター出場を果たす。守備力にも優れ、この年初のゴールドグラブ賞を受賞。遊撃手という名手揃いのポジションにあって、以後通算4回同賞を獲得する。

その後二年続けて打率.258の不振に終わったが、1983年には.319を打ち、初の二ケタ本塁打(14)、自己最多の30盗塁を記録し、ア・リーグカムバック賞を受賞。

そして1984年にはチームは最初の40試合で35勝(メジャー記録)をあげ、その勢いで地区優勝を果たす。 トランメル自身も打率.314を記録。カンザスシティ・ロイヤルズとのチャンピオンシップシリーズ(この年まで5回戦制)では打率.364、1本塁打、1三塁打をマークし、チームは3連勝でワールドシリーズに進出。サンディエゴ・パドレスとのワールドシリーズではトランメルは20打数9安打、打率.450を記録。チームは4勝1敗でワールドチャンピオンに輝き、トランメルはシリーズMVPに選ばれた。

1986年には初の20本塁打(21本)を打つ。この年タイガースの内野陣は一塁ダリル・エバンス、二塁ウィテカー、三塁ダネル・コールズ(のち中日阪神)、遊撃トランメルと内野手全員が20本塁打を打つ。

その年のオフに四番・捕手のランス・パリッシュフリーエージェント(FA)でフィラデルフィア・フィリーズに移籍。それまで主に二番を打っていたトランメルは、監督スパーキー・アンダーソンによって、1987年より四番で起用されることとなる。 その1987年には終盤首位のトロント・ブルージェイズを追い上げ、9月にはトランメルが18試合連続ヒットを含む打率.416、17打点と打ちまくり、チームは残り2試合で逆転し地区優勝を決める。 トランメル自身も打率.343、28本塁打、105打点、200安打の大活躍。タイガースの選手で200安打と100打点を同じ年にマークしたのはアメリカ野球殿堂入りした大先輩アル・ケーライン1955年)以来32年ぶりであった。MVP投票でもジョージ・ベル(ブルージェイズ)に次ぐ2位の高得票を得た。

1988年6月21日ヤンキース戦で、3-6とリードされていた9回裏に逆転サヨナラ満塁本塁打を打つ。タイガースはこの試合をはさんで3試合連続でヤンキースにサヨナラ勝ちを収め、サヨナラ負け連続3試合目の翌日、ヤンキースはジョージ・スタインブレナーオーナーがビリー・マーチン監督を解任。5度目にして最後の解任となった。

1991年以後は膝・肘の故障に悩み、1992年には29試合の出場に終わる。

1996年限りで現役を引退。なお、トランメルとウィテカーは通算1,918試合に共に出場している。これは、ポジションを問わず、特定の二選手が同じ試合に出場した数としては、ア・リーグ記録である。この両者が完成させた併殺は、二塁・遊撃のコンビとしてはメジャー史上最多である。

引退後[編集]

引退後はマイナーのコーチとなり、1999年にタイガースの打撃コーチに就任。

2000年から2002年にはパドレスの一塁ベースコーチを務めた。

2003年から2005年にはタイガースの監督を務めた。初年度の2003年は、メッツ(1962年の120敗)のメジャーワースト記録の更新かと思われるほどのペースで負け続けたが、何とか免れるもののア・リーグのワーストレコードとなる119敗を喫する。2004年には71勝91敗、2005年は72勝90敗に終わり、3年間合計で300敗を喫した。2005年10月3日に解任され、後に就任したジム・リーランドのもと、タイガースは翌2006年にワールドシリーズ進出を果たす。しかしファンからの支持は高く、2006年10月の試合時にコメリカ・パークを埋めたファンからスタンディング・オベーションを受けている。

2007年からシカゴ・カブスのベンチコーチに就任。

2011年からアリゾナ・ダイヤモンドバックスのベンチコーチに就任。しかし2014年に地区最下位になったことにより、カーク・ギブソン監督とともに退団が決定。シーズン最後の3試合のみ、ギブソンに代わり代行監督を務めた。

2016年4月15日に第4回WBCアメリカ合衆国代表コーチを務めることが発表された[1]

2018年、ベテランズ委員会の選出でアメリカ野球殿堂入りを果たした[2]。殿堂入りを記念し、現役時代の背番号3がタイガースの永久欠番に指定されることが発表された[3]。なお、欠番指定になるトランメルの背番号「3」は、トランメルの引退後長らく誰もつけていなかったが、2007年ニューヨーク・ヤンキースより移籍したゲイリー・シェフィールドが、自身のつけられる背番号についてトランメルに相談したことで、「3」をつけた。シェフィールドの退団後は、2014年シーズンよりイアン・キンズラーが着用していた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1977 DET 19 48 43 6 8 0 0 0 8 0 0 0 1 0 4 0 0 12 1 .186 .255 .186 .441
1978 139 504 448 49 120 14 6 2 152 34 3 1 6 3 45 0 2 56 12 .268 .335 .339 .675
1979 142 520 460 68 127 11 4 6 164 50 17 14 12 5 43 0 0 55 6 .276 .335 .357 .691
1980 146 652 560 107 168 21 5 9 226 65 12 12 13 7 69 2 3 63 10 .300 .376 .404 .779
1981 105 463 392 52 101 15 3 2 128 31 10 3 16 3 49 2 3 31 10 .258 .342 .327 .669
1982 157 556 489 66 126 34 3 9 193 57 19 8 9 6 52 0 0 47 5 .258 .325 .395 .720
1983 142 581 505 83 161 31 2 14 238 66 30 10 15 4 57 2 0 64 7 .319 .385 .471 .856
1984 139 626 555 85 174 34 5 14 260 69 19 13 6 2 60 2 3 63 8 .314 .382 .468 .851
1985 149 677 605 79 156 21 7 13 230 57 14 5 11 9 50 4 2 71 6 .258 .312 .380 .692
1986 151 653 574 107 159 33 7 21 269 75 25 12 11 4 59 4 5 57 7 .277 .347 .469 .816
1987 151 668 597 109 205 34 3 28 329 105 21 2 2 6 60 8 3 47 11 .343 .402 .551 .953
1988 128 523 466 73 145 24 1 15 216 69 7 4 0 7 46 8 4 46 14 .311 .373 .464 .836
1989 121 506 449 54 109 20 3 5 150 43 10 2 3 5 45 1 4 45 9 .243 .314 .334 .648
1990 146 637 559 71 170 37 1 14 251 89 12 10 3 6 68 7 1 55 11 .304 .377 .449 .826
1991 101 421 375 57 93 20 0 9 140 55 11 2 5 1 37 1 3 39 7 .248 .320 .373 .693
1992 29 120 102 11 28 7 1 1 40 11 2 2 1 1 15 0 1 4 6 .275 .370 .392 .762
1993 112 447 401 72 132 25 3 12 199 60 12 8 4 2 38 2 2 38 7 .329 .388 .496 .885
1994 76 311 292 38 78 17 1 8 121 28 3 0 2 0 16 1 1 35 8 .267 .307 .414 .722
1995 74 255 223 28 60 12 0 2 78 23 3 1 3 2 27 4 0 19 8 .269 .345 .350 .695
1996 66 207 193 16 45 2 0 1 50 16 6 0 1 3 10 0 0 27 3 .233 .267 .259 .526
通算:20年 2293 9375 8288 1231 2365 412 55 185 3442 1003 236 109 124 76 850 48 37 874 156 .285 .352 .415 .767
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別監督成績[編集]

年度 チーム 地区 年齢 試合 勝利 敗戦 勝率 順位/
チーム数
備考
2003年 DET ア 中地区 45 162 43 119 .265 5 / 5
2004年 DET ア 中地区 46 162 72 90 .444 4 / 5  
2005年 DET ア 中地区 47 162 71 91 .438 4 / 5
2014年 ARI ナ 西地区 56 3 1 2 .333 5 / 5 途中就任
通算 4年     489 187 302 .382    

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

背番号[編集]

  • 42 (1977年)
  • 3 (1978年 - 1996年、1999年 - 2005年、2007年 - 2014年)

脚注[編集]

  1. ^ Jim Leyland To Manage Team USA in 2017 World Baseball Classic USABaseball.com: The Official Site of USA Baseball (英語) (2016年4月15日) 2016年6月5日閲覧
  2. ^ Morris, Trammell get long-awaited call to Hall” (英語). MLB.com. 2017年12月11日閲覧。
  3. ^ Tigers to retire Trammell's No. 3, Morris' No. 47” (英語). MLB.com. 2017年12月15日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]