ボブ・ブレンリー

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ボブ・ブレンリー
Bob Brenly
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オハイオ州コショクトン郡コショクトン英語版
生年月日 (1954-02-25) 1954年2月25日(63歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1976年 アマチュア・フリーエージェントとしてサンフランシスコ・ジャイアンツと契約
初出場 1981年8月14日
最終出場 1989年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

ロバート・アール・ブレンリーRobert Earl Brenly , 1954年2月25日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州コショクトン郡コショクトン英語版出身の元プロ野球選手捕手)。右投右打。

経歴[編集]

現役時代[編集]

1976年サンフランシスコ・ジャイアンツと契約してプロ入り。マイナー時代は三塁手であったが、後に捕手に転向した。1981年8月14日シンシナティ・レッズ戦でメジャーデビュー。1984年より正捕手となり、この年は打率.291・20本塁打・90打点の成績でオールスターにも選出された。1986年9月14日の試合では久々に三塁手として出場し、1イニング4失策を喫したが、その試合で6打点、そして試合を決めるサヨナラ本塁打を放つワンマンショーぶりだった。その後、1989年トロント・ブルージェイズ、シーズン途中にジャイアンツへ復帰して同年限りで引退した。

引退後[編集]

引退後はジャイアンツのコーチとFOX解説者を経て、2001年よりアリゾナ・ダイヤモンドバックスの監督に就任。就任1年目にはランディ・ジョンソンカート・シリングの二枚看板やマーク・グレースなどをはじめとするベテラン中心の布陣を巧みに操り、球団初のワールドシリーズへ出場、さらに前年まで3連覇中のニューヨーク・ヤンキースを破って球団創設4年目でワールドシリーズ制覇という快挙へと導いた[1]。ダイヤモンドバックスの監督は2004年途中まで務めた。

監督退任後は解説業に戻り、2005年から2012年まではシカゴ・カブス2013年からはダイヤモンドバックスで球団専属解説者を務めている。

詳細情報[編集]

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

背番号[編集]

  • 15 (1981年 - 1988年、1993年 - 1996年、2001年 - 2004年)
  • 9 (1989年 - 同年途中)
  • 19 (1989年途中 - 同年終了)
  • 14 (1992年)

脚注[編集]

  1. ^ 「適材適所がもたらした新人監督の幸運 ボブ・ブレンリー」『月刊メジャー・リーグ』 2001年12月号増刊 ベースボール・マガジン社 74-75頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]