1969年のワールドシリーズ

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1969年のワールドシリーズ
チーム 勝数
ニューヨーク・メッツNL 4
ボルチモア・オリオールズAL 1
シリーズ情報
試合日程 10月11日 - 10月16日
MVP ドン・クレンデノン(NYM)
ALCS BAL 3-0 MIN
NLCS NYM 3-0 ATL
のちの殿堂表彰者 ノーラン・ライアン(MYM)
トム・シーバー(NYM)
アール・ウィーバー(BAL/監督)
ジム・パーマー(BAL)
ブルックス・ロビンソン(BAL)
フランク・ロビンソン(BAL)
チーム情報
ニューヨーク・メッツ(MYM)
監督 ギル・ホッジス
シーズン成績 100勝62敗
ボルチモア・オリオールズ(BAL)
監督 アール・ウィーバー
シーズン成績 109勝53敗
ワールドシリーズ
 < 1968 1970 > 

1969年のワールドシリーズは、1969年10月11日から10月16日まで行われたメジャーリーグワールドシリーズである。

概要[編集]

第66回ワールドシリーズ。この年より東西二地区制となり、各リーグの東西二地区の優勝チームによるリーグチャンピオンシップシリーズが5回戦制で行われリーグ優勝を決める方式となった。アメリカンリーグ西地区の覇者ミネソタ・ツインズを破り1966年以来3年ぶりの出場を果たしたボルチモア・オリオールズと、ナショナルリーグ西地区の覇者アトランタ・ブレーブスを破り初出場を果たしたニューヨーク・メッツとの対戦となった。結果は4勝1敗でニューヨーク・メッツが球団創設8年目にして初優勝。1962年の創設以来毎年下位に低迷し「お荷物球団」とまで言われたメッツがこの年予想外の快進撃を魅せ「ミラクル・メッツ」と称された。

MVPは打率.357、3本塁打、4打点の成績をあげたドン・クレンデノンが初選出。

試合結果[編集]

表中のR得点H安打E失策を示す。日付は現地時間。

第1戦 10月11日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
メッツ 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 6 1
オリオールズ 1 0 0 3 0 0 0 0 X 4 6 0
  1. : マイク・クェイヤー (1-0)  : トム・シーバー (0-1)  
  2. :  BAL – ドン・ビュフォード1号ソロ(1回シーバー)
  3. 観客動員数: 50,429人 試合時間: 2時間23分
オリオールズは初回、メッツ先発シーバーから先頭打者ビュフォードがソロ本塁打を放ち先制、4回には2死1、2塁からマーク・ベランジャー、クェイヤー、ビュフォードの3連打で3点を追加。一方メッツは7回にオリオールズ先発のクェイヤーを攻め1死満塁の好機を迎えるが、8番ワイスの犠飛で1点を返したのみ。クェイヤーはそのまま完投し、オリオールズが先勝。

第2戦 10月12日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
メッツ 0 0 0 1 0 0 0 0 1 2 6 0
オリオールズ 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 2 0
  1. : ジェリー・クーズマン (1-0)  : デーブ・マクナリー (0-1)  S: ロン・テイラー (1)  
  2. :  NYM – ドン・クレンデノン1号ソロ(4回マクナリー)
  3. 観客動員数: 50,850人 試合時間: 2時間20分
マクナリーとクーズマンの投げ合いで両軍無得点で迎えた4回、メッツは先頭クレンデノンのソロで先制。一方オリオールズは7回、左前打と盗塁で2塁に進んだポール・ブレアーブルックス・ロビンソンが中前打で返し同点。そのまま迎えた9回表、メッツは2死からエド・チャールズジェリー・グロートの連打で1、3塁とするとワイスが左前打を打ち勝ち越し。その裏、オリオールズは2死からフランク・ロビンソンブーグ・パウエルが四球で出塁し1、2塁とするとメッツは完投目前のクーズマンからテイラーにスイッチ。テイラーは続くB.ロビンソンを3ゴロに打ち取り、メッツがシリーズ初勝利。

第3戦 10月14日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
オリオールズ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4 1
メッツ 1 2 0 0 0 1 0 1 X 5 6 0
  1. : ゲーリー・ジェントリー (1-0)  : ジム・パーマー (0-1)  S: ノーラン・ライアン (1)  
  2. :  NYM – トミー・エイジー1号ソロ(1回パーマー)、エド・クレンプール1号ソロ(8回レオンハード)
  3. 観客動員数: 56,335人 試合時間: 2時間23分
初回、メッツは先頭のエイジーが先頭打者本塁打、続く2回にも9番ジェントリーの2点2塁打で3点をリード。4回には2死1、3塁のピンチを迎えるが、エルロッド・ヘンドリックスの左中間への大飛球を中堅手エイジーが背走してキャッチ。6回にもグロートの二塁打で4点目を挙げ、オリオールズ先発パーマーをKOするが、直後の7回、メッツ先発ジェントリーが2死から3者連続四球と崩れ降板。ここでオリオールズ2番ブレアーは代わったライアンから右中間へ打球を放つも、またもエイジーがダイブして好捕し満塁のピンチをしのぐ。8回にもクレンプールのソロで5-0としたメッツは9回、ライアンが2死満塁のピンチを迎えるもブレアーを見逃し三振に打ち取り、エイジーの攻守にわたる活躍でメッツが2勝目を挙げた。

第4戦 10月15日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 R H E
オリオールズ 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 6 1
メッツ 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 2 10 1
  1. : トム・シーバー (1-1)  : ディック・ホール (0-1)  
  2. :  NYM – ドン・クレンデノン2号ソロ(2回クェイヤー)
  3. 観客動員数: 57,397人 試合時間: 2時間33分
2回にメッツがクレンデノンのソロで先制したこの試合は、3回表にオリオールズのウィーバー監督がストライクの判定をめぐり球審のシャグ・クロフォードに抗議し、監督としてはシリーズ34年ぶりの退場処分となるという波乱の展開。そのまま1-0で迎えた9回、オリオールズは完封目前のシーバーからF.ロビンソンとパウエルの連打で1死1、3塁とすると続くB.ロビンソンの打球は右翼へ。抜ければ一気に逆転となる打球を右翼手ロン・スウォボダがダイブして好捕し、犠飛による1点にとどめ試合は延長へ。10回表にシーバーが2死1、3塁のピンチを何とか抑えたあとの10回裏、メッツ先頭グロートの左翼への飛球を左翼手ビュフォードが太陽で打球を見失い、遊撃手ベランジャーも落球しグロートは2塁へ(記録は二塁打)、続くワイスも敬遠で出塁し無死1、2塁となったところでメッツは9番シーバーに代わりJ.C.マーチンを代打に送る。マーチンは捕手前に犠打を決め、これを捕った投手ピート・リッカートは一塁に送球したが、送球は打者走者マーチンの右足に当たって悪送球となり、2塁からグロートが生還しメッツのサヨナラ勝ちとなった。ただし、この時マーチンは走塁の際に一塁線の内側を走っており、守備妨害になりかねないケースだったが、審判が守備妨害をとることはなかった。

第5戦 10月16日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
オリオールズ 0 0 3 0 0 0 0 0 0 3 5 2
メッツ 0 0 0 0 0 2 1 2 X 5 7 0
  1. : ジェリー・クーズマン (2-0)  : エディ・ワット (0-1)  
  2. :  BAL – デーブ・マクナリー1号2ラン(3回クーズマン)、フランク・ロビンソン1号ソロ(3回クーズマン)  NYM – ドン・クレンデノン3号2ラン(6回マクナリー)、アル・ワイス1号ソロ(7回マクナリー)
  3. 観客動員数: 57,397人 試合時間: 2時間14分
後がないオリオールズは3回に9番マクナリーの2ランとF.ロビンソンのソロで3点を先制。マクナリーは3回以降毎回安打を許しながらも5回までメッツを無得点に抑えるが、6回、メッツは先頭のクレオン・ジョーンズが死球で出塁すると、次打者クレンデノンが2ランを放ち1点差、続く7回にも先頭ワイスがソロを放ち追いつく。さらに8回、この回から登板の2番手ワットから先頭ジョーンズが二塁打で出塁、1死後スウォボダの左翼への打球をビュフォードが捕球できず(記録は二塁打)ジョーンズが生還し勝ち越し、さらに2死後グロートの1塁への打球をパウエルが弾く間にスウォボダが2塁から帰り2点差。リードをもらったクーズマンは9回、走者を1人出すも2死を取ると、最後はデーブ・ジョンソンを左飛に打ち取り完投勝利。これまで最下位5度のお荷物球団だったメッツが創立8年目でワールドチャンピオンとなり、本拠地シェイ・スタジアムのグラウンドは瞬く間に興奮したファンで埋め尽くされた。
シリーズの最後の打者となったジョンソンは後年メッツの監督となり、1986年のワールドシリーズでメッツを2度目のワールドチャンピオンに導いている。

参考文献[編集]