ロベルト・アロマー

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ロベルト・アロマー
Roberto Alomar
Roberto Alomar 2011.jpg
2011年、殿堂入りを記念したパレードでのアロマー
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区ポンセ
生年月日 1968年2月5日(46歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 二塁手
プロ入り 1985年 アマチュアFA
初出場 1988年4月22日
最終出場 2004年9月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 2010年
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選出年 2011年
得票率 90.0%
選出方法 BBWAA選出

ロベルト・アロマー・ベラスケスRoberto Alomar Velázquez , 1968年2月5日 - )はMLBで活躍した元野球選手。二塁手。右投両打。プエルトリコ出身。父はサンディー・アロマー・シニア、兄はサンディー・アロマー・ジュニア

略歴[編集]

1985年、兄が所属するサンディエゴ・パドレスに入団。1988年4月22日にメジャーデビューし、レギュラーに定着。当時父のシニアもコーチとしてチームに所属しており、9月に兄もメジャー昇格を果たしたことで父子3人揃い踏みとなった。この年、145試合に出場し、24盗塁をマークし、新人王の投票では5位に入った。1990年にはオールスターゲームに初めて選出された。

1990年12月5日ジョー・カーターとともにトロント・ブルージェイズへ移籍(交換要員はフレッド・マグリフトニー・フェルナンデス)。移籍1年目の1991年から6年連続でゴールドグラブ賞を受賞。1992年には打率.310を記録。初めて3割の大台を上回った。打率、105得点、49盗塁はチーム1位となり、[1]シルバースラッガー賞を初受賞。チームはプレーオフに進出し、アトランタ・ブレーブスを破り、球団初のワールドチャンピオンとなった。1993年もワールドチャンピオンとなり連覇に貢献。ブルージェイズ在籍中は本拠地のスカイドーム併設のホテルに居住していた[2]

1995年シーズン終了後FA宣言をし、ボルチモア・オリオールズへ移籍し、カル・リプケンと二遊間を形成した。1996年は打率.3281997年は打率.333と2年連続で自己最高を更新した。1998年は打率.282と3割を下回ったが、オールスターゲームでMVPを受賞し、前年の兄に続いての受賞となった[3]

しかし、1996年9月27日のブルージェイズ戦で判定に憤り、球審のジョン・ハーシュベックの顔にツバを吐いた。批判の的となり、審判団はプレーオフのボイコットを計画された[2]。そのため翌1997年は開幕から5試合の出場停止となった[4]。アロマーとハーシュベックは後に和解している[2]

1999年から2001年まで在籍したクリーブランド・インディアンスでは遊撃手オマー・ビスケルと鉄壁の二遊間を組み、2人とも3年連続でゴールドグラブ賞を受賞した。1999年2000年の2年連続でシルバースラッガー賞を受賞。2001年は受賞を逃したものの、打率は自己最高の.336をマークした。

その後2001年12月11日メッツへトレードで移籍。移籍1年目の2002年は7月26日にスイッチヒッターとして史上7人目となる通算2,500安打を達成するも[2]、打率は前年より7分近く下げデビュー年以来の低水準におわった。2003年も前年に続き低迷。7月1日シカゴ・ホワイトソックスへ移籍した。7月は打率.301を記録するも、8月は打率.230、9月は打率.221で[5]、チーム地区優勝を逃す一因となった[2]

2004年1月6日アリゾナ・ダイヤモンドバックスは買い手市場を生かして1年総額100万ドルの低年俸で契約[6]

日本球界移籍の噂もあったが[2]2005年1月17日デビルレイズと契約するも、キャンプ中の3月19日引退

通算安打は2724本、ゴールドグラブ賞は二塁手として歴代最多の10度受賞と、攻守に素晴らしい実績を残し、史上最高の二塁手とも言われる。2008年、自身の背番号12』はブルージェイズのエクセレントナンバー(準永久欠番)として顕彰された[7]。資格取得1年目の2010年での殿堂入りこそならなかった(8票不足、得票率は73.7%)が、2年目の2011年に史上3番目に多い得票数を獲得して(583票、得票率は90.0%)、見事に殿堂入りを果たした。 また、殿堂入りを記念し、同年7月には古巣ブルージェイズはアロマーのエクセレントナンバーであった『12』を正式に永久欠番に指定した。

詳細情報[編集]

受賞歴・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1988 SD 143 611 545 84 145 24 6 9 208 41 24 6 16 0 47 5 3 83 15 .266 .328 .382 .710
1989 158 702 623 82 184 27 1 7 234 56 42 17 17 8 53 4 1 76 10 .295 .347 .376 .723
1990 147 646 586 80 168 27 5 6 223 60 24 7 5 5 48 1 2 72 16 .287 .340 .381 .721
1991 TOR 161 719 637 88 188 41 11 9 278 69 53 11 16 5 57 3 4 86 5 .295 .354 .436 .790
1992 152 671 571 105 177 27 8 8 244 76 49 9 6 2 87 5 5 52 8 .310 .405 .427 .832
1993 153 683 589 109 192 35 6 17 290 93 55 15 4 5 80 5 5 67 13 .326 .408 .492 .900
1994 107 455 392 78 120 25 4 8 177 38 19 8 7 3 51 2 2 41 14 .306 .386 .452 .838
1995 130 577 517 71 155 24 7 13 232 66 30 3 6 7 47 3 0 45 16 .300 .354 .449 .803
1996 BAL 153 699 588 132 193 43 4 22 310 94 17 6 8 12 90 10 1 65 14 .328 .411 .527 .938
1997 112 469 412 64 137 23 2 14 206 60 9 3 7 7 40 2 3 43 10 .333 .390 .500 .890
1998 147 657 588 86 166 36 1 14 246 56 18 5 3 5 59 3 2 70 11 .282 .347 .418 .765
1999 CLE 159 694 563 138 182 40 3 24 300 120 37 6 12 13 99 3 7 96 13 .323 .422 .533 .955
2000 155 697 610 111 189 40 2 19 290 89 39 4 11 6 64 4 6 82 19 .310 .378 .475 .853
2001 157 677 575 113 193 34 12 20 311 100 30 6 9 9 80 5 4 71 9 .336 .415 .541 .956
2002 NYM 149 655 590 73 157 24 4 11 222 53 16 4 6 1 57 4 1 83 12 .266 .331 .376 .707
2003 73 302 263 34 69 17 1 2 94 22 6 0 4 4 29 2 2 40 8 .262 .336 .357 .693
CWS 67 296 253 42 64 11 1 3 86 17 6 2 8 4 30 1 1 37 9 .253 .330 .340 .670
'03計 140 598 516 76 133 28 2 5 180 39 12 2 12 8 59 3 3 77 17 .258 .333 .349 .682
2004 ARI 38 125 110 14 34 5 2 3 52 16 0 2 2 0 12 0 1 18 2 .309 .382 .473 .855
CWS 18 65 61 4 11 1 0 1 15 8 0 0 1 1 2 0 0 13 2 .180 .203 .246 .449
'04計 56 190 171 18 45 6 2 4 67 24 0 2 3 1 14 0 1 31 4 .263 .321 .392 .713
通算:17年 2379 10400 9073 1508 2724 504 80 210 4018 1134 474 114 148 97 1032 62 50 1140 206 .300 .371 .443 .814
  • 各年度の太字はリーグ最高

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1992 Toronto Blue Jays Statistics and Roster - Baseball-Reference.com” (英語). 2008年6月5日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 「さらば"最強二塁手"ロベルト・アロマー引退」『スラッガー』2005年6月号、日本スポーツ企画出版社、2005年、雑誌15509-8、35頁
  3. ^ Post-Season Awards & All-Star Game MVP Award Winners - Baseball-Reference.com” (英語). 2008年6月5日閲覧。
  4. ^ Roberto Alomar Career Biography and Statistics AllSports.com” (英語). 2008年6月5日閲覧。
  5. ^ Roberto Alomar 2003 Batting Splits - Baseball-Reference PI” (英語). 2008年6月5日閲覧。
  6. ^ 「地区別ペナントレース展望 ナショナルリーグ西部地区」『月刊メジャー・リーグ』2004年3月号、ベースボール・マガジン社、2004年、雑誌コード 08625-3、68項
  7. ^ Level of Excellence to add newest member: Roberto Alomar” (英語). 2008年6月5日閲覧。

外部リンク[編集]