1963年のワールドシリーズ

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1963年のワールドシリーズ
チーム 勝数
ロサンゼルス・ドジャースNL 4
ニューヨーク・ヤンキースAL 0
シリーズ情報
試合日程 10月2日 - 10月6日
MVP サンディー・コーファックス(LAD)
のちの殿堂表彰者 ウォルター・オルストン(LAD/監督)
ドン・ドライスデール(LAD)
サンディー・コーファックス(LAD)
ヨギ・ベラ(NYY)
ホワイティ・フォード(NYY)
ミッキー・マントル(NYY)
チーム情報
ロサンゼルス・ドジャース(LAD)
監督 ウォルター・オルストン
シーズン成績 99勝63敗
ニューヨーク・ヤンキース(NYY)
監督 ラルフ・ハウク
シーズン成績 104勝57敗
ワールドシリーズ
 < 1962 1964 > 

1963年のワールドシリーズは、1963年10月2日から10月6日まで行われたメジャーリーグワールドシリーズである。

概要[編集]

第60回ワールドシリーズ。アメリカンリーグが前年の覇者ニューヨーク・ヤンキース。ナショナルリーグは3年ぶり出場のロサンゼルス・ドジャースとの対戦となった。結果は4勝0敗で、ロサンゼルス・ドジャースが4年ぶり3回目の優勝。

MVPは2試合に登板して2勝0敗、防御率1.50、23奪三振の成績をあげたサンディー・コーファックスが受賞。

試合結果[編集]

表中のR得点H安打E失策を示す。日付は現地時間。

第1戦 10月2日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ドジャース 0 4 1 0 0 0 0 0 0 5 9 0
ヤンキース 0 0 0 0 0 0 0 2 0 2 6 0
  1. : サンディー・コーファックス (1-0)  : ホワイティ・フォード (0-1)  
  2. :  LAD – ジョニー・ローズボロ1号3ラン(2回フォード)  NYY – トム・トレッシュ1号2ラン(8回コーファックス)
  3. 観客動員数: 69,000人 試合時間: 2時間09分
ドジャースは2回、1死からハワードが中堅フェンス直撃の2塁打で出塁すると、続くスコーロンの中前打でハワードが生還し先制。なおもディック・トレズースキーが中前打で続き無死1、2塁とすると、ローズボロが右翼へ3ランを叩き込み4-0、さらに続く3回にもスコウロンの適時打で5点差とする。一方ヤンキースはコーファックスの前に立ち上がりから5者連続三振を喫するなど5回2死まで1人も走者を出せなかったが、その2死からエルストン・ハワードジョー・ペピトーンクリート・ボイヤーの3連打で満塁とするも、フォードの代打ヘクター・ロペスが三振に倒れ得点出来ず。その後も三振の山を築いたコーファックスは8回にトレッシュの2ランで完封を逃すが、最後は代打ハリー・ブライトからシリーズ記録(当時)の15個目の三振を奪い完投、ドジャースが先勝。

第2戦 10月3日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ドジャース 2 0 0 1 0 0 0 1 0 4 10 1
ヤンキース 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 7 0
  1. : ジョニー・ポドレス (1-0)  : アル・ダウニング (0-1)  S: ロン・ペラノスキー (1)  
  2. :  LAD – ビル・スコウロン1号ソロ(4回ダウニング)
  3. 観客動員数: 66,455人 試合時間: 2時間13分
ドジャースは初回、モーリー・ウィルスジム・ギリアムの連打で無死2、3塁とするとウィリー・デービスの打球は右翼へ。ところが右翼手ロジャー・マリスが転倒し頭上を越され2塁打としてしまい先制の2点を献上。マリスはさらに3回の守備でフェンスに激突した際に左腕を負傷し途中交代、ヤンキースにとって痛い戦線離脱となってしまった。ドジャースは4回にスコウロンのソロで1点を追加すると、8回にはトミー・デービスの3塁打で4点差とする。ヤンキースは9回、完封目前のポドレスをようやく捕らえ、代わったペラノスキーからハワードの適時打で1点を返すが、ペラノスキーは後続を抑え、ドジャースが敵地で連勝。

第3戦 10月5日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ヤンキース 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0
ドジャース 1 0 0 0 0 0 0 0 X 1 4 1
  1. : ドン・ドライスデール (1-0)  : ジム・バウトン (0-1)  
  2. 観客動員数: 55,912人 試合時間: 2時間05分
ドジャー・スタジアムでの初のシリーズ開催となった第3戦は初回、ギリアムが四球とバウトンの暴投で2塁に進むと、T・デービスの打球を二塁手ボビー・リチャードソンがはじく間にギリアムが生還し先制(記録は内野安打)。ヤンキースは直後の2回に2死満塁の好機を逃し、続く3回には相手失策で出塁のトニー・クーベックが牽制でアウトになると、その後はドライスデールの前にマリスを欠いた打線が散発3安打と精彩を欠き完封負け、早くも王手をかけられた。

第4戦 10月6日[編集]

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ヤンキース 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1 6 1
ドジャース 0 0 0 0 1 0 1 0 X 2 2 1
  1. : サンディー・コーファックス (2-0)  : ホワイティ・フォード (0-2)  
  2. :  NYY – ミッキー・マントル1号ソロ(7回コーファックス)  LAD – フランク・ハワード1号ソロ(5回フォード)
  3. 観客動員数: 55,912人 試合時間: 1時間50分
第1戦に続きコーファックスとフォードの先発で始まった第4戦は5回にドジャースがハワードのソロで先制。一方後がないヤンキースは7回にマントルのソロで追いつくが、その裏ギリアムの打球をさばいた三塁手ボイヤーの送球を一塁手ペピトーンが後逸し無死3塁とすると、続くW・デービスの犠飛でギリアムが生還しドジャースが勝ち越し。追い込まれたヤンキースは9回、リチャードソンの安打と相手野選で2死1、2塁とするが、最後はコーファックスがロペスを遊ゴロに打ち取り完投、ドジャースは4連勝で3度目のワールドチャンピオンとなった。

参考文献[編集]