トミー・エイジー

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トミー・エイジー
Tommy Agee
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アラバマ州マグノリア
生年月日 1942年8月9日
没年月日 (2001-01-22) 2001年1月22日(満58歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手中堅手
プロ入り 1961年
初出場 1962年9月14日
最終出場 1973年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

トミー・エイジーTommie Lee Agee , 1942年8月9日 - 2001年1月22日)はアメリカメジャーリーグで活躍した野球選手。外野手(主に中堅手)。右投右打。アメリカ合衆国アラバマ州マグノリア出身。1969年のワールドシリーズでのメッツ初優勝(「ミラクル・メッツ」)に貢献した。

人物・来歴[編集]

大学野球で活躍し、クリーブランド・インディアンスと契約。1962年9月14日にメジャーデビューしたが、毎年10試合前後の出場に終わって1964年限りでシカゴ・ホワイトソックスに移籍。1965年も10試合の出場に終わったが、1966年にはレギュラーに定着して160試合に出場。打率.273、本塁打22、打点86、盗塁44の活躍でア・リーグ新人王ゴールドグラブ賞を受賞。オールスターにも出場した。ホワイトソックスは1967年まで在籍し、6選手が絡む交換トレードで1968年にはニューヨーク・メッツに移籍。

1968年は開幕から34打数ノーヒットの大不振で打率.217、わずか17打点に終わったが、1969年には、ツー・プラトン・システムが採用されて固定されたレギュラーの少ないチームにあって「一番・センター」に定着。149試合に出場して打率.271、本塁打26、打点76、得点97の活躍でチームの球団史上初のリーグ優勝に貢献。ボルチモア・オリオールズとのワールドシリーズでは、1勝1敗で迎えた第3戦で初回先頭打者本塁打を放ち、さらに2つの超ファインプレーで5得点を防ぎ、チームを勝利に導く。メッツはそのまま第4戦、第5戦に勝って、大方の予想を覆してワールド・チャンピオンに輝いた(ミラクル・メッツ)。1970年には打率.286(自己最高)、24本塁打、75打点、31盗塁、107得点の活躍で自身2度目のゴールドグラブ賞を受賞。また、同年7月6日にはサイクルヒットを達成した。

1971年以後は徐々に下降し、1973年にはヒューストン・アストロズ、同年途中にはセントルイス・カージナルスに移籍し、その年限りで現役を引退。なお、メジャー通算安打は999であった。引退後はシェイ・スタジアム近くでラウンジを経営していたが、2001年1月22日心筋梗塞のため死去。2002年に、メッツの殿堂入りを果たした。

受賞歴・記録[編集]

年度別打撃成績 (MLB)[編集]

















































O
P
S
1962 CLE 5 14 14 0 3 0 0 0 3 2 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .214 .214 .214 .429
1963 13 29 27 3 4 1 0 1 8 3 0 0 0 0 2 0 0 9 1 .148 .207 .296 .503
1964 13 12 12 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .167 .167 .167 .333
1965 CHW 10 21 19 2 3 1 0 0 4 3 0 1 0 0 2 1 0 6 1 .158 .238 .211 .449
1966 160 689 629 98 172 27 8 22 281 86 44 18 5 4 41 3 10 127 17 .273 .326 .447 .773
1967 158 584 529 73 124 26 2 14 196 52 28 10 1 2 44 5 8 129 14 .234 .302 .371 .672
1968 NYM 132 391 368 30 80 12 3 5 113 17 13 8 3 1 15 3 4 103 8 .217 .255 .307 .562
1969 149 635 565 97 153 23 4 26 262 76 12 9 6 2 59 2 3 137 5 .271 .342 .464 .806
1970 153 696 636 107 182 30 7 24 298 75 31 15 1 2 55 3 2 156 11 .286 .344 .469 .812
1971 113 482 425 58 121 19 0 14 182 50 28 6 4 1 50 2 2 84 12 .285 .362 .428 .790
1972 114 483 422 52 96 23 0 13 158 47 8 9 1 3 53 6 4 92 18 .227 .317 .374 .692
1973 HOU 83 221 204 30 48 5 2 8 81 15 2 5 0 0 16 1 1 55 4 .235 .294 .397 .691
STL 26 67 62 8 11 3 1 3 25 7 1 0 0 0 5 0 0 13 8 .177 .239 .403 .642
'73計 109 288 266 38 59 8 3 11 106 22 3 5 0 0 21 1 1 68 12 .222 .281 .398 .680
通算:12年 1129 4324 3912 558 999 170 27 130 1613 433 167 81 21 15 342 26 34 918 99 .255 .320 .412 .732

エピソード[編集]

最上階に本塁打を放ち、記念プレートが残されている。
  • 1969年のワールドシリーズ第3戦で初回先頭打者本塁打を放ったが、メッツは他に2度、ワールドシリーズ第3戦で初回先頭打者本塁打を記録している。
  • その試合2つ目のファインプレーは、7回2死満塁のピンチにポール・ブレアの打球をダイビングキャッチしたものだが、この時の投手ノーラン・ライアン。ライアンにとって、27年のメジャー生活で唯一出場したワールドシリーズで、初めて対戦した打者であった。
  • シェイ・スタジアムの最上階に本塁打を放った史上唯一の選手。落下点には現在でもエイジーの背番号20」の記念プレートが残されている。

外部リンク[編集]