1972年の野球

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競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 読売ジャイアンツ 74 52 4 .587 -
2位 阪神タイガース 71 56 3 .559 3.5
3位 中日ドラゴンズ 67 59 4 .532 7.0
4位 ヤクルトアトムズ 60 67 3 .472 14.5
5位 大洋ホエールズ 57 69 4 .452 17.0
6位 広島東洋カープ 49 75 6 .395 24.0
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 阪急ブレーブス 80 48 2 .625 -
2位 近鉄バファローズ 64 60 6 .5161 14.0
3位 南海ホークス 65 61 4 .5158 14.0
4位 東映フライヤーズ 63 61 6 .508 15.0
5位 ロッテオリオンズ 59 68 3 .465 20.5
6位 西鉄ライオンズ 47 80 3 .370 32.5

日本シリーズ[編集]

  • 読売ジャイアンツ(4勝1敗)阪急ブレーブス

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 堀内恒夫 巨人   福本豊 阪急  
最優秀新人 安田猛 ヤクルト   加藤初 西鉄  
首位打者 若松勉 ヤクルト .329 張本勲 東映 .358
本塁打王 王貞治 巨人 48本 長池徳二 阪急 41本
打点王 王貞治 巨人 120点 野村克也
大杉勝男
南海
東映
101点
最多安打 衣笠祥雄 広島 147本 張本勲 東映 169本
盗塁王 柴田勲 巨人 45個 福本豊 阪急 106個
最多出塁数(セ)
最高出塁率(パ)
王貞治 巨人 249個 張本勲 東映 .443
最優秀防御率 安田猛 ヤクルト 2.08 清俊彦 近鉄 2.36
最多勝利 堀内恒夫 巨人 26勝 山田久志
金田留広
阪急
東映
20勝
最多奪三振 江夏豊 阪神 233個 鈴木啓示 近鉄 180個
最高勝率 堀内恒夫 巨人 .743 佐藤道郎 南海 .750

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 堀内恒夫 巨人 山田久志 阪急
捕手 田淵幸一 阪神 野村克也 南海
一塁手 王貞治 巨人 大杉勝男 東映
二塁手 J.シピン 大洋 基満男 西鉄
三塁手 長嶋茂雄 巨人 有藤通世 ロッテ
遊撃手 三村敏之 広島 大橋穣 阪急
外野手 柴田勲 巨人 長池徳二 阪急
高田繁 巨人 張本勲 東映
若松勉 ヤクルト 福本豊 阪急

ダイヤモンドグラブ賞[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 堀内恒夫 巨人 足立光宏 阪急
捕手 大矢明彦 ヤクルト 種茂雅之 阪急
一塁手 王貞治 巨人 大杉勝男 東映
二塁手 J.シピン 大洋 大下剛史 東映
三塁手 長嶋茂雄 巨人 有藤通世 ロッテ
遊撃手 バート.S 中日 大橋穣 阪急
外野手 高田繁 巨人 福本豊 阪急
山本浩司 広島 池辺巌 ロッテ
柴田勲 巨人 広瀬叔功 南海

オールスターゲーム[編集]

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

できごと[編集]

1月[編集]

3月[編集]

  • 3月11日 - 日本プロ野球コミッショナーの大濱信泉は日本プロ野球の公式記録を1936年7月1日より開催された「結成記念日本野球選手権」を起点とする事を発表[2]

4月[編集]

5月[編集]

  • 5月3日 - 阪急ブレーブス福本豊が西宮球場での対東映4回戦でパ・リーグ新記録となる1試合5盗塁を記録[7]
  • 5月4日 - ロッテの西田孝之が東京球場での対南海5回戦の6回表に得津高宏に変わって右翼の守備につき、プロ通算1000試合出場達成[8]
  • 5月7日 - 川崎球場での大洋対広島6回戦で、3回表2死から水谷実雄がカウント2-3からボールになるも水谷と、球審の岡田功が四球と気づかずそのまま打席に立ち、8球目がストライクの見逃し三振を喫する[9]
  • 5月10日 - 南海の広瀬叔功が後楽園球場での対東映4回戦の6回表に、二盗、三盗を決め、プロ通算550盗塁を達成[10]
  • 5月13日 - 東映の大杉勝男が後楽園球場での対ロッテ8回戦の4回裏に9号本塁打を放ち、プロ通算200号を達成[11]
  • 5月20日 - 阪急の梶本隆夫が中日球場での対近鉄6回戦で近鉄を6-0と完封して1勝目を挙げ、プロ通算250勝を達成[12]
  • 5月27日 - 広島の安仁屋宗八が広島球場での対大洋7回戦に先発登板し5回表に江藤慎一から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[13]
  • 5月31日 - 東映の大杉勝男が東京球場での対ロッテ10回戦の10回表に19号本塁打を放ち、これで5月に打った本塁打が15本となり、月間最多本塁打15本のタイ記録となる[14]

6月[編集]

  • 6月6日 - 巨人の王貞治が広島球場で対広島5回戦の1回表に13号本塁打を放ち、プロ通算500号本塁打を記録[15]
  •  6月9日 - 巨人の堀内恒夫が甲子園球場での対阪神8回戦に登板し阪神を4-0と完封して9勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[16]
  • 6月15日 - 広島の国貞泰汎が中日球場での対中日11回戦に先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[17]
  • 6月17日 - 広島は監督の根本陸夫が成績不振を理由に休養し、代理監督として打撃コーチの森永勝也が務めると発表[18]
  • 6月22日 - 巨人の長嶋茂雄が中日球場での対中日15回戦の8回表に18号本塁打を放ちプロ通算400号本塁打を達成[19]
  • 6月23日 - 巨人が神宮球場での対ヤクルト15回戦の6回表に13点の1イニング最多得点のプロ野球タイ記録[20]
  • 6月24日 - 阪神の村山実が先発しプロ通算500試合登板を達成[21]
  • 6月25日 - 東映の尾崎行雄が後楽園球場での対近鉄15回戦に先発し7回3安打2失点の内容で、1967年8月25日以来5年ぶりの勝利を挙げる[22]

7月[編集]

  • 7月1日 南海の広瀬叔功が小倉球場での対西鉄13回戦で5回表に安打を放ち、プロ通算2000本安打を達成[23]
  • 7月2日 - 東映の白仁天が後楽園球場での対ロッテ14回戦の8回裏に10号本塁打を打ち、プロ通算100本塁打を達成[24]
  • 7月4日 - ロッテのジョージ・アルトマンが大阪球場での対南海13回戦で9回表に12号3ランを放ち、パ・リーグタイ記録となる8試合連続打点をマーク[25]
  • 7月8日
    • 南海の野村克也が西宮球場での対阪急14回戦の4回表に19号本塁打を放ち、山内一弘と並んでプロ野球記録の1218得点に並ぶ[26]
    • 広島の山本浩司が広島球場での対巨人9回戦で5打席連続安打を記録、6日の対中日18回戦から9打席連続安打のセ・リーグ新記録[27]
  • 7月20日 - この日でセ・パとも前半戦を終了、阪神が首位で折り返し、巨人は1964年以来8年ぶりに2位で折り返し[28]

8月[編集]

  • 8月1日 - 南海は大阪球場での対東映15回戦で4-2と勝利、この日4得点を記録してパ・リーグタイ記録となる73試合連続得点を達成[29]
  • 8月2日 - ヤクルトのアルト・ロペスが神宮球場での対中日ダブルヘッダー18回戦の7回裏に9号本塁打を放ち、プロ野球史上69人目の通算100本塁打を達成[30]
  • 8月4日 - ロッテの池辺巌が東京球場での対南海15回戦の1回裏に14号本塁打を放ち、プロ通算100号本塁打を達成[31]
  • 8月8日 - 広島の山本一義が神宮球場での対ヤクルト14回戦の9回表に14号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成[32]
  • 8月14日 - 広島の外木場義郎が広島球場での対大洋19回戦の4回表にジョン・シピンから三振を奪い、プロ通算1000奪三振を達成[33]
  • 8月23日 - 全国高等学校野球選手権大会の決勝戦が行われ、大分県津久見高校山口県柳井に3対1で勝利し、初優勝達成。
  • 8月19日 - 東映の張本勲が平和台球場での対西鉄ダブルヘッダー夜間の20回戦の4回表に安打を放ち、プロ通算2000本安打を達成[34]
  • 8月20日 - 巨人の王貞治が後楽園球場での対阪神18回戦の1回裏に30号本塁打を放ち、11年連続30号本塁打を達成[35]
  • 8月27日 - 阪急の福本豊が西宮球場での対東映20回戦で1試合3盗塁し、河野旭輝が1955年に記録した1シーズン85盗塁のプロ野球記録を更新[36]
  • 8月29日 - 南海の村上雅則が大阪球場での対西鉄20回戦で連続5与死球のプロ野球新記録[37]
  • 8月30日 - 東映の今井務が神宮球場での対ロッテ21回戦の10回裏1死満塁の場面で代打に起用され、1号満塁本塁打を放ち、パ・リーグ初の代打サヨナラ満塁本塁打を記録[38]
  • 8月31日
    • 大洋は、監督の別当薫が休養し監督代行にヘッドコーチの青田昇が務めると発表[39]
    • 大洋の松原誠が後楽園球場での対巨人22回戦の1回表に20号本塁打を放ち、プロ通算150本塁打を達成[40]

9月[編集]

  • 9月1日 - ロッテが大阪球場での対南海21回戦に2-3と敗戦し、球団史上初の9連敗を記録[41]
  • 9月7日 - 東映の張本勲が後楽園球場で対ロッテ24回戦の8回裏に29号本塁打を放ち、プロ通算350号本塁打を達成[42]
  • 9月13日 - 巨人の柴田勲が後楽園での対阪神20回戦の7回裏に三盗を決め、プロ通算400盗塁を達成[43]
  • 9月20日 - ロッテの有藤通世が西京極球場での対近鉄19回戦の6回表に27号本塁打を放ち、プロ通算100号を達成[44]
  • 9月21日 - パ・リーグのオーナー懇談会が午後5時より丸の内のパレス・ホテルにて開かれ、ロッテのオーナーの中村長芳が(1)現状ではセ・パ両リーグの統合は困難(2)パ・リーグとしては現状の2リーグ制を支持し当面はリーグ振興のため努力する、と報告[45]
  • 9月24日 - 大洋監督代行の青田昇が胆石で入院。コーチの宮崎剛が代行に。
  • 9月26日 - 阪急が西宮球場での対南海23回戦に6-3と勝利し、2年連続5度目のパ・リーグ優勝[46]
  • 9月28日 - 南海の野村克也が対阪急25回戦の4回表に34号本塁打を放ち、プロ通算550本塁打を達成[47]
  • 9月30日 - ピッツバーグ・パイレーツロベルト・クレメンテが対ニューヨーク・メッツ戦4回裏に2塁打を放ち、MLB通算3000安打を達成[48]

10月[編集]

  • 10月4日 - 西鉄の東尾修は対東映26回戦に先発して敗戦投手となり、シーズン25敗目を喫し、パリーグ最多敗戦記録となる。
  • 10月5日 - 阪急の福本豊がこの日2盗塁を記録し、MLBのモーリー・ウィルスのシーズン盗塁記録104を上回る106盗塁を記録[49]
  • 10月7日 - 巨人が対阪神25回戦(甲子園)で5-1と勝利し、8年連続16度目のセ・リーグ優勝が決定。
  • 10月9日 - 南海の野村克也が対東映26回戦に出場し、山内一弘の記録を抜いて、通算2236試合出場のプロ野球記録を達成。
  • 10月13日 - 西鉄の選手会長の高木喬が福岡市内の球団事務所を訪れ、球団常務の古賀豊穂に対し「選手の総意」としてチームの存続を訴える[50]
  • 10月16日 - 沢村賞に巨人の堀内恒夫が選出される。
  • 10月17日 - 広島は新監督に別当薫が就任したと発表[51]
  • 10月20日
    • ロッテのオーナーの中村長芳は、12球団オーナー会議終了後に記者団に対して「ペプシ・コーラがパ・リーグの某球団を買収するめどがついた。22日に香港へ飛び最終的な話し合いを行う」と発表。だが午後8時半より赤坂の中村事務所にて2度目の記者会見を行い「夕方にペプシ本社から、球団の買収を断るという連絡がきた」と発表[52]
    • 東映のオーナーの大川毅が午後、東映不動産にて記者会見し球団の身売りの意向を明らかにした[53]。西鉄、東映と身売りが表面化し、パ・リーグの存続が危ぶまれる事態となる。
  • 10月21日 - パイオニアの社長の石塚庸三が午後、赤坂にある中村事務所を訪れ、中村から打診されていたパイオニアによる東映の買収の話を断ることを伝える[54]
  • 10月28日
    • 日本シリーズの第5戦が西宮球場で行われ、巨人が阪急に8対3で勝利し、4勝1敗で日本シリーズ8年連続優勝[55]
    • 西鉄はロッテのオーナーの中村長芳が買収することになり、球団譲渡調印が福岡市内の西鉄グランドホテルにて午後3時より行われる[56]
  • 10月29日
    • 最優秀選手にセ・リーグは巨人の堀内恒夫、パ・リーグは福本豊が選出される。
    • 最優秀新人にセ・リーグはヤクルトの安田猛、パ・リーグは西鉄の加藤初が選出される。

11月[編集]

  • 11月1日 - 阪急はダリル・スペンサー選手兼守備コーチの退団を発表し、自由契約とした。
  • 11月2日 - 阪神は監督兼選手の村山実が現役引退したと発表[57]
  • 11月9日 - パ・リーグ理事会が開かれ、来季より前後期の2シーズン制となり、プレーオフの導入を決める[58]
  • 11月10日 - ロッテの大沢啓二監督が球団と話し合い、大沢の退団が決まる。大沢と球団は75年までの5年契約を結んでおり契約途中の退団であったため球団が残り3年分の年俸を支払う。
  • 11月14日 - 大洋監督にこの年監督代行を務めた青田昇が正式就任。
  • 11月17日 - ロッテは錦糸町のロッテ会館で金田正一の監督就任の会見。
  • 11月18日 - 平和台球場にて西鉄対巨人のオープン戦が行われ、西鉄として最後の試合を行う。
  • 11月22日 - 東京球場のロッテへの買取交渉がこの日までに決裂し、同球場の閉鎖が決定する。
  • 11月22日 - 大洋は横浜市に対し、本拠地を移転する事を申し入れる。
  • 11月30日 - 南海は岡本伊三美二軍監督が一軍監督の野村克也との指導方針の対立から、球団に辞表を提出し受理される。

12月[編集]

  • 12月8日 - この年まで西鉄に在籍していた榎本喜八の任意引退が太平洋より発表。引退に関する榎本の会見やコメントはなく、球団社長は「もはや太平洋に必要などしない」とコメント。
  • 12月11日 - NPBのプロ野球実行委員会はフランチャイズを1球団につき1都道府県とすることに改める。
  • 12月31日 - ピッツバーグ・パイレーツのロベルト・クレメンテが、故国のニカラグアで発生した大地震の救援物資を運ぶ飛行機でニカラグアに向かう途中、飛行機がカリブ海に墜落し死亡

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 日本プロ野球史■ 1月11日〜20日全国野球振興会 日本プロ野球OBクラブ公式サイト
  2. ^ 中日新聞社刊「中日ドラゴンズ70年史」75ページ
  3. ^ 週刊ベースボール2012年4月16日号96ページ
  4. ^ 南海ホークス刊『南海ホークス四十年史』362ページ
  5. ^ 球団のあゆみ 1970年代ヤクルト球団公式サイト
  6. ^ 【4月29日】1972年(昭47) 伝説の右腕と2人だけ 外木場義郎3度目の大記録スポーツニッポン2009年4月11日配信
  7. ^ 毎日新聞1972年5月4日13面「走った!!走った!!福本5盗塁パ・リーグ新」毎日新聞縮刷版1972年5月p93
  8. ^ 毎日新聞1972年5月5日17面「ロッテ西田が千試合」毎日新聞縮刷版1972年5月p129
  9. ^ 毎日新聞1972年5月8日13面「四球気づかず三振」毎日新聞縮刷版1972年5月p181
  10. ^ 毎日新聞1972年5月11日13面「広瀬が盗塁550個目」毎日新聞縮刷版1972年5月p277
  11. ^ 毎日新聞1972年5月14日15面「大杉"超特急"200号 おまけだ201号」毎日新聞縮刷版1972年5月p381
  12. ^ 毎日新聞1972年5月21日15面「おめでとう梶本250勝」毎日新聞縮刷版1972年5月p605
  13. ^ 毎日新聞1972年5月28日15面「安仁屋が奪千三振」毎日新聞縮刷版1972年5月p835
  14. ^ 毎日新聞1972年6月1日13面「"愛妻ホーマー"月産15本のタイ記録」毎日新聞縮刷版1972年6月p13
  15. ^ 毎日新聞1972年6月7に15面「王、通算500号 不振一気に吹っ飛ばす」毎日新聞縮刷版1972年6月p195
  16. ^ 毎日新聞1972年6月10日17面「オレは"100勝"堀内胸張って」毎日新聞1972年6月p293
  17. ^ 毎日新聞1972年6月16日17面「国貞が1000試合」毎日新聞縮刷版1972年6月p473
  18. ^ 毎日新聞1972年6月18日15面「根本監督が"休養" 広島 代理には森永コーチ」毎日新聞縮刷版1972年5月p539
  19. ^ 読売新聞1972年6月23日11面「長島、400号を達成(史上3人目)15年目、高々と18号2ラン」読売新聞縮刷版1972年6月p745
  20. ^ 毎日新聞1972年6月24日17面「巨人"猛攻"の日本タイ 1イニング13点」毎日新聞縮刷版1972年6月p727
  21. ^ 読売新聞1972年6月25日11面「村山(阪神)五百試合登板」読売新聞縮刷版1972年6月p815
  22. ^ 毎日新聞1972年6月26日13面「尾崎クンに拍手 5年ぶり勝利 長く、つらい がまんの道」毎日新聞縮刷版1972年6月p779
  23. ^ 毎日新聞1972年7月2日15面「広瀬がプロ入り二千本安打」毎日新聞縮刷版1972年7月p51
  24. ^ 毎日新聞1972年7月3日15面「白がプロ入り百号」毎日新聞縮刷版1972年7月p71
  25. ^ 毎日新聞1972年7月5日13面「アルトマン8試合連続打点 パのタイ」毎日新聞縮刷版1972年7月p131
  26. ^ 毎日深部1972年7月9日15面「ホームベースがすり切れちゃう? 野村1218得点 山内と並ぶ」毎日新聞1972年7月p277
  27. ^ 毎日新聞1972年7月9日15面「山本浩、連続九安打のセ新」毎日新聞1972年7月p277
  28. ^ 毎日新聞1972年7月21日13面「阪神 阪急 首位で後半戦へ」毎日新聞縮刷版1972年7月p633
  29. ^ 毎日新聞1972年8月2日16面「南海は73試合連続得点(パ・タイ)」毎日新聞縮刷版1972年8月p46
  30. ^ 毎日新聞1972年8月3日12面「1イニング2ホーマー 大島 猛攻の口火と満塁」毎日新聞縮刷版1972年8月p76
  31. ^ 毎日新聞1972年8月5日12面「池辺が通算100号」毎日新聞縮刷版1972年8月p136
  32. ^ 毎日新聞1972年8月9日13面「山本一が150号」毎日新聞縮刷版1972年8月p247
  33. ^ 毎日新聞1972年8月15日13面「外木場が千三振奪取」毎日新聞縮刷版1972年8月p425
  34. ^ 毎日新聞1972年8月20日15面「張本が二千本安打」毎日新聞1972年8月p577
  35. ^ 毎日新聞1972年8月21日15面「王が11年連続30号」毎日新聞1972年8月p597
  36. ^ 毎日新聞1972年8月28日17面「福本 一気に"足の日本新" 3盗塁決め『87』 16年ぶり河野の『85』更新」毎日新聞縮刷版1972年8月p821
  37. ^ 毎日新聞1972年8月30日12面「5死球の新記録」毎日新聞縮刷版1972年8月p884
  38. ^ 毎日新聞1972年8月31日16面「パ・リーグ初の離れ業 代打・満塁・サヨナラ 今井(東映)価値ある1号」毎日新聞縮刷版1972年8月p918
  39. ^ 毎日新聞1972年9月1日14面「別当・大洋監督が休養 優勝の望み消え引責 代行に青田コーチ」毎日新聞1972年9月p14
  40. ^ 毎日新聞1972年9月1日14面「松原が150号」毎日新聞縮刷版1972年9月p14
  41. ^ 毎日新聞1972年9月2日14面「ロッテ・監督さんはクヨクヨせぬが 生まれて初めて9連敗」毎日新聞縮刷版1972年9月p50
  42. ^ 毎日新聞1972年9月8日16面「張本、5人目の350号」毎日新聞縮刷版1972年9月p226
  43. ^ 毎日新聞1972年9月14日17面「柴田が400盗塁 4人目」毎日新聞1972年9月p417
  44. ^ 毎日新聞1972年9月21日17面「有藤が通算100号」毎日新聞縮刷版1972年9月p607
  45. ^ 日本経済新聞1972年9月22日21面「全会一致で二リーグ制維持 パ・オーナー懇談会」日本経済新聞縮刷版1972年9月p747
  46. ^ 毎日新聞1972年9月27日17面「阪急ゴール 2年連続5度目」毎日新聞縮刷版1972年9月p799
  47. ^ 日本経済新聞1972年9月29日21面「野村、550ホーマー達成 対阪急戦水谷から 1号から17年目」日本経済新聞縮刷版1972年9月p987
  48. ^ 毎日新聞1972年10月2日15面「栄光の11人目 クレメンテ3000本安打」毎日新聞縮刷版1972年10月p39
  49. ^ 日外アソシエイツ刊「日本スポーツ事典トピックス1964-2005」102ページ
  50. ^ 毎日新聞1972年10月14日13面「『ライオンズ残して』首筋寒い・・選手陳情」毎日新聞縮刷版10月p413
  51. ^ 毎日新聞1972年10月17面「別当広島監督が正式契約」毎日新聞縮刷版1972年10月p539
  52. ^ 読売新聞1972年10月21日11面「パ・リーグ 6球団制ピンチ 西鉄、解散の非常事態 頼みの買い手 キャンセル」読売新聞縮刷版1972年10月p729
  53. ^ 読売新聞1972年10月21日11面「東映も身売り」読売新聞縮刷版1972年10月p729
  54. ^ 日本経済新聞1972年10月21日夕刊11面「パイオニア、東映買収断る」日本経済新聞縮刷版1972年10月p759
  55. ^ 読売新聞1972年10月29日1面「巨人が八年連続日本一」読売新聞縮刷版1972年10月p1009
  56. ^ 読売新聞1972年10月29日11面「新ライオンズ誕生 稲尾監督、就任を受諾」読売新聞縮刷版1972年10月p1019
  57. ^ 日本経済新聞1972年11月3日20面「『11』を永久欠番に 村山、阪神を正式に退団」日本経済新聞1972年11月p96
  58. ^ 朝日新聞1972年11月10日17面「来季から2シーズン制 パリーグ」縮刷版 p325