アンヘル・ベローア

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アンヘル・ベローア
Angel Berroa
フリーエージェント
001B4430 Ángel Berroa (cropped).jpg
ヤンキース時代
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サントドミンゴ
生年月日 1978年1月27日(37歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
プロ入り 1997年
初出場 2001年9月18日 
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)


アンヘル・ベローアÁngel Maria Berroa Selmo , 1978年1月27日 - )は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身のプロ野球選手遊撃手)。右投右打。現在は、フリーエージェント

経歴[編集]

アスレティックス傘下時代[編集]

1997年8月14日アマチュアFAとしてオークランド・アスレティックスと契約を結んだ[1]。この年と翌1998年の2シーズンは、マイナーリーグでも試合に出場する機会はなかった。

1999年、マイナー組織 (ルーキー級) の1つであるアリゾナリーグAZL・アスレティックスでプロデビューを果たした。ここでは46試合に出場し、打率.290・2本塁打・24打点・11盗塁という成績を残して俊足を発揮した。守備面では拙守を呈し、ショートを守った31試合で15失策 (守備率.903) を犯したほか、9試合のサード守備でも3失策を犯した。後に飛び級でミッドランド・ロックハウンズ (AA級) に昇格したが、4試合で打率.059と不振に苦しんだ。守備のレベルもルーキー級と同レベルで、全4試合でショートを守って2失策・守備率.889という成績に終わった。

2000年は、A + 級のバイサリア・オークス (カリフォルニアリーグ所属) に降格して出直しとなった。オークスではショートのレギュラーに定着し、129試合に出場した。打撃面では打率.277・10本塁打・63打点・11盗塁という成績を記録し、プロ初となる2ケタ本塁打、2年連続で2ケタ盗塁をマークするなど、収穫があった。一方、守備力は相変わらずであり、128試合のショート守備で54失策という、驚異的なペースでエラーを量産した。

ロイヤルズ時代[編集]

2001年カンザスシティ・ロイヤルズに移籍し、同年9月18日の対クリーブランド・インディアンス戦でメジャーデビュー。

2003年には、松井秀喜を抑えてルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いているが、その後は伸び悩んでいる。それでも、ロイヤルズでは2003年から2006年までレギュラー格の遊撃手として試合に出場しており、この間4年連続で規定打席に到達している。

2007年にはアトランタ・ブレーブスから移籍してきたトニー・ペーニャにレギュラーを奪われる形となり、わずか15試合の出場となった。この年、メジャーで初めて遊撃手以外のポジション(二塁手三塁手)でもプレーした。

ロイヤルズ退団後[編集]

2008年6月6日、ロサンゼルス・ドジャースにトレードされ、ラファエル・ファーカルが故障で抜けた遊撃のポジションを守った。

2009年1月6日に年俸60万ドルでニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。4月25日にメジャー昇格。しかし6月24日にコーディ・ランサムが故障から復帰したことに伴って戦力外となり、7月7日にヤンキースから解雇された。7月11日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結ぶと16日にメジャー復帰を果たしたが、8月7日に戦力外となった。

2010年3月22日に解雇された。4月28日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結んだが、6月26日に解雇された。

2011年7月24日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ。

2012年4月4日に、カナディアン・アメリカン・リーグニュージャージー・ジャッカルズと契約を結んだ。7月26日に、球団から野球界から現役引退しサッカーに転向する意志がある事が発表されたが、成績が向上したため撤回した。

メキシカンリーグ時代[編集]

2013年メキシカンリーグユカタン・ライオンズでプレー。

2014年プエブラ・パロッツでプレー。

2015年ラグナ・カウボーイズと契約したが、6月12日に解雇となった。

プレースタイル[編集]

新人王に輝いた2003年には17本塁打を放っており、2005年にも2ケタ本塁打をマークしたことがあるが、パワーは平均レベル[2]。俊足且つコンパクトなスイング技術を持っており[3]、リードオフマンとして起用される機械も多いが、大振りする傾向にあり且つ早打ちで、いつまでもその傾向が治っていない[4]

守備では守備範囲が広く強肩でもあり、球際での強さを生かしたファインプレーも多いが、一方で何でもない送球ミス・捕球ミスが多い[2][5][3][4]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2001 KC 15 56 53 8 16 2 0 0 18 4 2 0 0 0 3 0 0 10 2 .302 .339 .340 .679
2002 20 83 75 8 17 7 1 0 26 5 3 0 0 0 7 1 1 10 1 .227 .301 .347 .648
2003 158 635 567 92 163 28 7 17 256 73 21 5 13 8 29 3 18 100 13 .287 .338 .451 .789
2004 134 554 512 72 134 27 6 8 197 43 14 8 5 2 23 0 12 87 10 .262 .308 .385 .685
2005 159 652 608 68 164 21 5 11 228 55 7 5 10 2 18 3 14 108 13 .270 .305 .375 .680
2006 132 503 474 45 111 18 1 9 158 54 3 1 9 3 14 1 3 88 21 .234 .259 .333 .592
2007 15 13 11 0 1 0 0 0 1 1 0 1 1 0 0 0 1 4 1 .091 .091 .167 .258
2008 LAD 84 256 226 26 52 13 1 1 70 16 0 0 6 0 20 4 4 41 13 .230 .304 .310 .614
2009 NYY 21 24 22 6 3 1 0 0 4 1 0 0 1 0 0 0 1 6 1 .136 .174 .182 .356
NYM 14 31 27 4 4 1 0 0 5 2 0 0 1 0 3 1 0 6 1 .148 .233 .185 .419
'09計 35 55 49 10 7 2 0 0 9 3 0 0 2 0 3 1 1 12 2 .143 .208 .184 .391
通算:9年 746 2807 2575 329 665 118 21 46 963 254 50 20 46 15 117 13 54 460 76 .258 .303 .374 .677
  • 2009年度シーズン終了時

獲得タイトル・記録[編集]

出典[編集]

  1. ^ Angel Berroa Statistics and History - Transactions - Baseball-Reference.com (英語) . 2015年2月6日閲覧。
  2. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2004』 廣済堂出版、2004年、129頁。ISBN 4-331-51040-9
  3. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、165頁。ISBN 4-331-51146-4
  4. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、179頁。ISBN 978-4-331-51213-5
  5. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、155頁。ISBN 4-331-51093-X

外部リンク[編集]