ハビー・ロペス

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ハビー・ロペス
Javy Lopez
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区ポンセ
生年月日 1970年11月5日(43歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 1987年
初出場 1992年9月18日
最終出場 2006年9月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム Flag of Puerto Rico.svg プエルトリコ
WBC 2006年

ハビー・ロペスJavier Torres "Javy" Lopez1970年11月5日 - )は、MLBアトランタ・ブレーブスなどに所属した捕手プエルトリコポンセ出身。右投げ右打ち。

経歴[編集]

1987年、アトランタ・ブレーブスと契約し入団。プロ5年目の1992年9月18日にメジャーデビューを果たす。1995年チャーリー・オブライエンとのプラトーン起用ながら、初の100試合出場を果たす。1996年は正捕手の座を掴み、当時、同じく台頭し始めていたチッパー・ジョーンズライアン・クレスコ、ベテランのフレッド・マグリフマーキス・グリッソムの影に隠れながら、23本塁打・69打点をマーク。

2003年は、前年オフからマット・ウィリアムズをお手本とした打撃改造やトレーニング・メニューの変更、試合前のフリー打撃を削減するなど練習法の工夫を行い、食事制限をするなど節制を行った[1]。その結果、主砲のチッパー・ジョーンズやアンドリュー・ジョーンズゲーリー・シェフィールドらと共に、今までの絶対的な投手力ではなく、強力な打撃力を売りにした新しいブレーブスを形成する一端となった。そして、43本塁打(代打本塁打1本を含む)を放ち、地区優勝に貢献した。またこの年、トッド・ハンドリーが持っていた捕手のシーズン最多本塁打記録41本を更新し、球界でも貴重な「打てる捕手」として存在をアピールした。同年オフ、初のア・リーグとなるボルチモア・オリオールズFAで移籍した。

2004年は初のア・リーグでのプレーに対応し、打率.316、23本塁打、86打点を記録。ミゲル・テハダラファエル・パルメイロメルビン・モーラの擁護役として存在感を示した。

2006年ワールド・ベースボール・クラシックプエルトリコ代表に選ばれる。前年オフに好守の捕手ラモン・ヘルナンデスがFA移籍してきたため、初めて指名打者としての開幕を迎えた。しかし開幕から打撃不振に陥り、シーズン途中にマイナー選手とのトレードで、怪我で戦線から離れていた正捕手のジェイソン・バリテックの穴を埋める存在としてボストン・レッドソックスに移籍。だが、レッドソックス移籍後も復調することはなく、シーズン終了後に解雇された。

2007年はシーズン前にコロラド・ロッキーズとマイナー契約したが3月12日に解雇され、1シーズンプレーをしなかった。12月に古巣ブレーブスとマイナー契約し、メジャー復帰を試みたが、ロースターには残れず、2008年3月22日に正式に引退した[2]

選手としての特徴[編集]

パワフルな打撃と堅実なキャッチングで黄金時代のブレーブスを支え、一躍ナショナルリーグを代表する捕手となった。守備面では、肩もリードもイマイチと言われているが、アトランタ・ブレーブスの黄金期を支え、グレッグ・マダックストム・グラビンジョン・スモルツら超一流ピッチャーの球を受けるという恩恵を授かってきた。しかし、グレッグ・マダックスとは相性が悪く、マダックス登板時の多くは控えのチャーリー・オブライエン、エデュアルド・ペレスポール・バコヘンリー・ブランコがマダックスの球を受けていた。ボルチモア・オリオールズ時代の2005年に、1試合(2イニング)だけ一塁手としてもプレーしている。

獲得タイトル・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1992 ATL 9 16 16 3 6 2 0 0 8 2 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .375 .375 .500 .875
1993 8 17 16 1 6 1 1 1 12 2 0 0 0 0 0 0 1 2 0 .375 .412 .750 1.162
1994 80 303 277 27 68 9 0 13 116 35 0 2 2 2 17 0 5 61 12 .245 .299 .419 .718
1995 100 352 333 37 105 11 4 14 166 51 0 1 0 3 14 0 2 57 13 .315 .344 .498 .842
1996 138 526 489 56 138 19 1 23 228 69 1 6 1 5 28 5 3 84 17 .282 .322 .466 .788
1997 123 464 414 52 122 28 1 23 221 68 1 1 1 4 40 10 5 82 9 .295 .361 .534 .895
1998 133 534 489 73 139 21 1 34 264 106 5 3 1 8 30 1 6 85 22 .284 .328 .540 .868
1999 65 269 246 34 78 18 1 11 131 45 0 3 0 0 20 2 3 41 6 .317 .375 .533 .908
2000 134 525 481 60 138 21 1 24 233 89 0 0 0 5 35 3 4 80 20 .287 .337 .484 .821
2001 128 482 438 45 117 16 1 17 186 66 1 0 1 5 28 3 10 82 12 .267 .322 .425 .747
2002 109 385 347 31 81 15 0 11 129 52 0 1 0 4 26 8 8 63 15 .233 .299 .372 .671
2003 129 495 457 89 150 29 3 43 314 109 0 1 0 1 33 5 4 90 10 .328 .378 .687 1.065
2004 BAL 150 638 579 83 183 33 3 23 291 86 0 0 0 6 47 4 6 97 16 .316 .370 .503 .873
2005 103 423 395 47 110 24 1 15 181 49 0 1 0 2 19 2 7 68 10 .278 .322 .458 .780
2006 76 299 279 30 74 15 1 8 115 31 0 0 0 0 18 0 2 60 5 .265 .314 .412 .726
BOS 18 65 63 6 12 5 0 0 17 4 0 0 0 0 2 0 0 16 5 .190 .215 .270 .485
'06計 94 364 342 36 86 20 1 8 132 35 0 0 0 0 20 0 2 76 10 .251 .297 .386 .683
通算:15年 1503 5793 5319 674 1527 267 19 260 2612 864 8 19 6 45 357 43 66 969 172 .287 .337 .491 .828

参考資料[編集]

  1. ^ 『月刊スラッガー』2003年12月号、76ページ
  2. ^ Lopez decides to retire instead of attempting comeback with Braves” (英語) (2008年3月22日). 2008年3月23日閲覧。

外部リンク[編集]