テッド・シモンズ

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テッド・シモンズ
Ted Simmons
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州ハイランドパーク
生年月日 1949年8月9日(66歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
193 lb =約87.5 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 捕手
プロ入り 1967年 ドラフト1巡目(全体10位)でセントルイス・カージナルスから指名
初出場 1968年9月21日 ロサンゼルス・ドジャース
最終出場 1988年10月2日 シンシナティ・レッズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

テッド・シモンズTed Lyle Simmons:テッド・ライル・シモンズ 1949年8月9日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州ハイランドパーク出身の元プロ野球選手捕手)。右投両打。

略歴[編集]

1967年6月6日に、ドラフト1巡目でセントルイス・カージナルスから指名を受け、プロ入り。プロ2年目となる1968年9月21日ロサンゼルス・ドジャース戦でメジャーデビューを果たした(デビュー戦には「7番・捕手」で出場。3打席ともクラウディ・オスティーンと対戦。第1打席は三振、第2打席はシングルヒット、第3打席は四球という結果)。しかし、シーズンが終盤に近かった事もあって、シモンズはその後1試合に出場しただけで、3打数1安打打率.333という成績でシーズンを終えた。

1969年も5試合で打率.214と、数字を残す事が出来なかったが、メジャー3年目となる1970年に飛躍。打率.243、3本塁打、24打点と打撃成績こそ平凡以下だったものの、82試合に出場した。1971年には遂にレギュラーの座を手に入れ、1973年まで3年連続で.300以上の打率を記録。その間、MVP投票でもそれぞれ16位、10位、14位にランクインしている。また、1972年と1973年にはオールスターゲームにも出場している。1974年は打率こそ.300を下回ったものの、いずれも自身初となる20本塁打、100打点を記録。3年連続となるオールスター出場、MVP投票で13位にランクインなど充実した1年となった。1975年は打率.332と大爆発。MVP投票では自己最高となる6位にランクインした。1976年こそ今一つの成績に終わったが、1977年から4年連続で20本塁打以上、80打点以上をクリア。オールスターにも4年連続で出場した。

1980年12月12日、シモンズはトレードでミルウォーキー・ブルワーズに放出された(トレードの内訳:シモンズ、ローリー・フィンガーズ投手、ピート・ブコビッチ投手がブルワーズに移籍。シクスト・レスカーノ外野手デビッド・グリーン外野手[1]ラリー・ソレンセン投手がカージナルスに移籍)。ブルワーズ移籍1年目となった1981年はわずか100試合の出場に留まり、打率.216、14本塁打、61打点と大きく期待を裏切る成績に終わったが、5年連続でオールスターには出場している。その後、1982年は23本塁打、97打点、1983年は打率.308、108打点と復活。オールスター出場、MVP投票19位ランクインなど、カージナルス時代の輝きを取り戻し、11月7日にFAとなったが1984年1月16日にブルワーズと再契約を結んだ。しかし、捕手というハードなポジションを続けていた事もあってか、その後は年々成績が低下した。

1986年3月5日にトレードでブレーブスに移籍(トレードの内訳:シモンズがブレーブスに移籍。リック・セロン捕手、マイナーリーガーのデービッド・クレイフラビオ・アルファロがブルワーズに移籍)。しかしその後、ブレーブスでは思うような成績を残す事が出来ず、1988年に引退した。

引退後は、ピッツバーグ・パイレーツGM、ブルワーズとサンディエゴ・パドレスでコーチを歴任し、現在はシアトル・マリナーズのシニアアドバイザーを務める。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1968 STL 2 4 3 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 .333 .500 .333 .833
1969 5 16 14 0 3 0 1 0 5 3 0 0 0 1 1 0 0 1 0 .214 .250 .357 .607
1970 82 324 284 29 69 8 2 3 90 24 2 2 0 1 37 5 2 37 5 .243 .333 .317 .650
1971 133 563 510 64 155 32 4 7 216 77 1 3 4 10 36 3 3 50 20 .304 .347 .424 .771
1972 152 629 594 70 180 36 6 16 276 96 1 3 1 3 29 8 2 57 18 .303 .336 .465 .801
1973 161 690 619 62 192 36 2 13 271 91 2 2 1 7 61 15 2 47 29 .310 .370 .438 .808
1974 152 662 599 66 163 33 6 20 268 103 0 0 1 9 47 8 6 35 22 .272 .327 .447 .774
1975 157 649 581 80 193 32 3 18 285 100 1 3 0 4 63 16 1 35 20 .332 .396 .491 .887
1976 150 625 546 60 159 35 3 5 215 75 0 7 0 6 73 19 0 35 9 .291 .371 .394 .765
1977 150 601 516 82 164 25 3 21 258 95 2 6 0 4 79 25 2 37 20 .318 .408 .500 .908
1978 152 604 516 71 148 40 5 22 264 80 1 1 0 8 77 17 3 39 19 .287 .377 .512 .889
1979 123 521 448 68 127 22 0 26 227 87 0 1 0 8 61 22 4 34 10 .283 .369 .507 .876
1980 145 562 495 84 150 33 2 21 250 98 1 0 0 6 59 13 2 45 13 .303 .375 .505 .880
1981 MIL 100 413 380 45 82 13 3 14 143 61 0 1 1 6 23 2 3 32 10 .216 .262 .376 .638
1982 137 581 539 73 145 29 0 23 243 97 0 0 1 7 32 5 2 40 20 .269 .309 .451 .760
1983 153 650 600 76 185 39 3 13 269 108 4 2 0 7 41 6 2 51 23 .308 .351 .448 .799
1984 132 532 497 44 110 23 2 4 149 52 3 0 1 1 30 3 3 40 23 .221 .269 .300 .569
1985 143 592 528 60 144 28 2 12 212 76 1 1 1 5 57 9 1 32 17 .273 .342 .402 .744
1986 ATL 76 144 127 14 32 5 0 4 49 25 1 0 0 4 12 5 1 14 1 .252 .313 .386 .699
1987 73 200 177 20 49 8 0 4 69 30 1 1 0 2 21 5 0 23 4 .277 .350 .390 .740
1988 78 123 107 6 21 6 0 2 33 11 0 0 0 1 15 2 0 9 4 .196 .293 .308 .601
通算:21年 2456 9685 8680 1074 2472 483 47 248 3793 1389 21 33 11 100 855 188 39 694 287 .285 .348 .437 .785
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

  • オールスターゲーム出場:8回 (1972年 - 1974年、1977年 - 1979年、1981年、1983年)

脚注[編集]

  1. ^ レスカーノは1987年に大洋ホエールズで、グリーンは1986年に近鉄バファローズでプレイした。ただし、レスカーノは開幕前に入団して1か月ほどプレイして引退。グリーンはシーズン途中の来日で、シーズン終了後に解雇となった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]