ダレン・ドールトン

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ダレン・ドールトン
Darren Daulton
2012 08 10 023 Phillies Darren Daulton.JPG
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カンザス州アーカンソーシティ
生年月日 (1962-01-03) 1962年1月3日
没年月日 (2017-08-06) 2017年8月6日(満55歳没)
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 捕手
プロ入り 1980年 ドラフト25巡目でフィラデルフィア・フィリーズから指名
初出場 1983年9月25日
最終出場 1997年9月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ダレン・ドールトンDarren Arthur Daulton , 1962年1月3日 - 2017年8月6日[1])は、アメリカ合衆国カンザス州アーカンソーシティ出身のプロ野球選手捕手外野手一塁手)。右投左打。

経歴[編集]

1980年ドラフト会議フィラデルフィア・フィリーズから25巡目に指名され、入団。

1983年にメジャー昇格し、9月25日に初出場するが、この年は2試合の出場。

1984年は再びマイナーに戻る。

1985年に再度昇格する。

1988年まではオールスタークラスのキャッチャー、オジー・バージルランス・パリッシュの控え捕手であった。

パリッシュがエンゼルスに移籍した1989年に正捕手となる。

1991年5月7日には、結婚するチームメイトのジョン・クルックの「独身お別れパーティー」に出席し、飲酒したレニー・ダイクストラの運転する車に同乗して、車ごと木に激突。ドールトンは顔面、ダイクストラは肋骨と鎖骨を骨折し、いずれもしばらくチームを離れることとなった。

1992年は同年のオールスター初出場を果たし、最終的に145試合に出場して打率.270、本塁打27、そして109打点をあげて打点王を獲得。四球が88あったため、出塁率は.385であった。シルバースラッガー賞を受賞。オフの日米野球に、チームメイトのデーブ・ホリンズ三塁手と共に来日した。

1993年にも24本塁打、105打点の活躍。この年も打率は.257ながら、四球を117選び、出塁率は.392に及んだ。 チームのワールドシリーズ進出(トロント・ブルージェイズに敗れた)に貢献した。

1994年以後は膝の故障に悩まされて出場機会も減り、1996年には外野手に転向したが、わずか5試合の出場にとどまった。

1997年に復調し、右翼手として出場を続けていたが、シーズン途中に、球団創設5年目にして初のプレーオフ進出を狙うフロリダ・マーリンズにトレードで移籍。マーリンズでは一塁手及び代打として起用され、シーズンを通じて136試合に出場し、打率.263、14本塁打、63打点、68得点を記録。マーリンズはワイルドカードでプレーオフに進出し、ワイルドカードチームとして初めてワールドシリーズに進出。シリーズでもクリーブランド・インディアンスを破り、ワールドチャンピオンに輝いた。この年、カムバック賞を受賞したが、ワールドチャンピオンを花道に現役を引退した。

2017年8月6日、フィリーズ球団公式サイトから脳腫瘍で亡くなったと発表された[2]

人物[編集]

プライベートでは、飲酒運転、及び酒気検査拒否による逮捕歴も数回ある。家庭内暴力でも逮捕されており、2004年には離婚調停に関連して法廷侮辱罪を問われ、2か月収監された。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1983 PHI 2 4 3 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 .333 .500 .333 .833
1985 36 119 103 14 21 3 1 4 38 11 3 0 0 0 16 0 0 37 1 .204 .311 .369 .680
1986 49 181 138 18 31 4 0 8 59 21 2 3 2 2 38 3 1 41 1 .225 .391 .428 .819
1987 53 150 129 10 25 6 0 3 40 13 0 0 4 1 16 1 0 37 0 .194 .281 .310 .591
1988 58 163 144 13 30 6 0 1 39 12 2 1 0 2 17 1 0 26 2 .208 .288 .271 .559
1989 131 424 368 29 74 12 2 8 114 44 2 1 1 1 52 8 2 58 4 .201 .303 .310 .613
1990 143 540 459 62 123 30 1 12 191 57 7 1 3 4 72 9 2 72 6 .268 .367 .416 .783
1991 89 335 285 36 56 12 0 12 104 42 5 0 2 5 41 4 2 66 4 .196 .297 .365 .662
1992 145 585 485 80 131 32 5 27 254 109 11 2 0 6 88 11 6 103 3 .270 .385 .524 .909
1993 147 637 510 90 131 35 4 24 246 105 5 0 0 8 117 12 2 111 2 .257 .392 .482 .874
1994 69 292 257 43 77 17 1 15 141 56 4 1 0 1 33 2 1 43 3 .300 .380 .549 .929
1995 98 404 342 44 85 19 3 9 137 55 3 0 0 2 55 2 5 52 4 .249 .359 .401 .760
1996 5 20 12 3 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 7 0 1 5 1 .167 .500 .167 .667
1997 84 331 269 46 71 13 6 11 129 42 4 0 0 7 54 4 1 57 3 .264 .381 .480 .861
FLA 52 151 126 22 33 8 2 3 54 21 2 1 0 2 22 1 1 17 1 .262 .371 .429 .800
'97計 136 482 395 68 104 21 8 14 183 63 6 1 0 9 76 5 2 74 4 .263 .378 .463 .841
通算:14年 1161 4336 3630 511 891 197 25 137 1549 588 50 10 12 41 629 58 24 726 35 .245 .357 .427 .784
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 29(1983年)
  • 10(1983年 - 1997年)
  • 20(1997年)

脚注[編集]

  1. ^ 元フィリーズ打点王ドールトン氏が脳腫瘍で死去 日刊スポーツ 2017年8月7日
  2. ^ 元打点王が脳腫瘍による闘病の末に死去…球宴3度出場のドールトン氏

関連項目[編集]

外部リンク[編集]