チック・ヘイフィー

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チック・ヘイフィー
Chick Hafey
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国 カリフォルニア州バークレー
生年月日 1903年2月12日
没年月日 1973年7月2日(満70歳没)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1923年
初出場 1924年8月28日
最終出場 1937年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1971年
選出方法 ベテランズ委員会選出

チック・ヘイフィー(Charles James "Chick" Hafey, 1903年2月12日 - 1973年7月2日)は、1920年代 - 1930年代に活躍したアメリカメジャーリーグの選手。主なポジションは左翼手カリフォルニア州バークレー生まれ。右投げ右打ち。当時はまだ珍しい眼鏡をかけた強打者だった。

経歴[編集]

1923年にブランチ・リッキーの目にとまったことがきっかけでカージナルスと契約、キャンプでは投手を努めていたが、打撃練習の様子を見ていたリッキーが外野手へ転向させたそうである。1924年にメジャーデビュー。24試合に出場し22打点、.253の成績を挙げた。ヘイフィーは視力があまりよくなく、当時としては珍しく眼鏡をかけてプレーしていた選手だった。性格は非常に内向的だったが、強烈なラインドライブを打つ打撃スタイルだったという。

デビューから4年目の1927年シーズンから打撃面での活躍が目立つようになる、同年は打率.329、18本塁打をマークし、長打率.590はリーグ最高の数字になった。翌年から1932年までの5年間は、いずれもシーズン打率で.333以上をマーク、1928年からの3年間は100打点以上を挙げる活躍をした。また1931年には打率.344で首位打者のタイトルも獲得し、ナショナルリーグの最優秀選手候補にもなっている。

1932年にレッズにトレードされる。1933年にはこの年初めて開かれたオールスターゲームにも出場したが、2年後の1935年以降は副鼻腔の炎症からくる視力の障害に悩まされるようになる。同年は15試合しか出場できず、1936年は丸一年出場しなかった。結局その翌年の1937年に現役を引退したが、その時はまだ34歳だった。

1971年にベテランズ委員会がアメリカ野球殿堂入り選手に選出。[1]1973年カリフォルニア州で死去。

通算成績[編集]

打撃成績[編集]

































O
P
S
1283 4625 1466 341 67 164 777 833 70 477 372 33 83 .317 .526 .372 .898

獲得タイトル・記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 殿堂入り選出にあたっては、当時ベテランズ委員会にいたフランキー・フリッシュの影響力が働いたのではないかとされている。

出典・外部リンク[編集]