エド・ローシュ

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エド・ローシュ
Edd Roush
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 インディアナ州オークランドシティ
生年月日 1893年5月8日
没年月日 1988年3月21日(満94歳没)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
170 lb =約77.1 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
初出場 1913年8月20日
最終出場 1931年9月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1962年
選出方法 ベテランズ委員会選出

エド・ローシュ(Edd J. Roush、1893年5月8日 - 1988年3月21日)は、1910~1920年代のアメリカメジャーリーグの選手。主なポジションは中堅手インディアナ州オークランドシティ生まれ。左投げ左打ち。1910~20年代のシンシナティ・レッズで活躍した俊足・巧打の外野手。

経歴[編集]

1913年にマイナーのエバンスビル球団から、シカゴ・ホワイトソックスに入団するが、9試合に出場しただけで、翌1914年にはフェデラル・リーグに移籍。インディアナで74試合、ニューアークで145試合に出場する。リーグ解散後の1916年にはニューヨーク・ジャイアンツにトレードされ、その年の半ばにはクリスティ・マシューソンビル・マケシュニーと共にシンシナティ・レッズにトレードと、4年間で5球団を渡り歩く。

レッズに落ち着いた1917年以降は打撃成績も向上し、同年は.341で首位打者を獲得する。また2年後の1919年には2度目の首位打者となり、同年のホワイトソックスとのワールドシリーズも制覇した。ただこの年のワールドシリーズは、後にホワイトソックス側の八百長疑惑(ブラックソックス事件参照)に発展する、いわくつきの対戦でもあった。

レッズには1926年まで10年以上在籍し、その間打率が3割を切ることはなかった。この間は首位打者のほかに、1923年に二塁打数でリーグ最多、1924年には三塁打数でリーグ最多を1度ずつ記録している。1927年にジョージ・ケリーとのトレードで再度ジャイアンツに移籍するが、1930年は年俸交渉がこじれ、まる1年プレーしなかった。1931年に現役を引退する。ローシュは46オンス(約1.3kg)もある重いバットを使っていたが、現役中に一度もそのバットを折ったことがなかったという。通算本塁打は68本だが、うち30本がランニングホームランである。

1960年にレッズ球団の殿堂入り選手に選ばれ、2年後の1962年に、ベテランズ委員会によりアメリカ野球殿堂入り選手に選出された。1970年7月24日には、本拠地クロスリー・フィールドの最後の試合に招かれ、始球式を行っている。

1988年フロリダ州ブレイデントンで94歳で死去。

通算成績[編集]

打撃成績[編集]

































O
P
S
1967 7363 2376 339 182 68 1099 981 268 260 484 53 256 .323 .369 .446 .815

獲得タイトル・記録[編集]

出典・外部リンク[編集]